#12 “地獄”を買う
嵐が吹き荒れる、メテオシティ湾。
「間もなく到着です。着陸に備えてください」
俺たちは今、イブが自動操縦する大型の輸送ヘリコプターの機内にいる。
彼女はというと…ご丁寧に、メイド服にヘルメットとサングラスをかけたホログラム姿で、操縦席に座っている。
「…パイロット仕様ってこと?自動操縦なのに、わざわざホログラムを投影する必要があるわけ?」
「…気にするな、本人がやりたいだけだろう」
ルナのひっそりとした、しかし鋭い質問に、俺はため息交じりに返すしかなかった。
「それにしても、さすがカイトね。まさか本当にヘルゲート刑務所を買っちゃうなんて…」
「言った通りだろ。“世界一の財力”に、不可能はない」
【アンチ・ジャスティス・ギルド】結成作戦を計画してから数日後─
俺たちは、ヘルゲート刑務所へと向かっている。
俺はあの後、宣言通りにヘルゲート刑務所を買い取った。
…いや、その言い方が正確かどうかはわからないな。
この国では、すべての刑務所の運営は民営化されている。
クライ産業は、ヘルゲート刑務所の“運営権”を買い取ったのだ。
これにより、ヘルゲートはクライ産業の傘下…すなわち、俺の手中に収まったということになる。
こうして俺は、世界一の財力を使って、5000人のスーパーヴィランを手に入れたのだ。
「これより、着陸します」
イブの声が、目的地が近づいたことを知らせてくれる。
サーチライトに照らされて、雨の中に浮かび上がる無機質な漆黒の監獄。
この世の地獄…ヘルゲート刑務所だ。
大型のヘリコプターは操縦が難しいが、イブはヘリポートに揺れひとつなく着陸させた。
相変わらず、見事な腕前だ。
「それでは、行ってらっしゃいませ。カイト様、ルナ様」
◇◇◇◇◇
屋上には、大粒の雨が銃弾のように叩きつけている。
ヘリから降りた俺とルナは、さっそく、とある人物に敬礼と共に出迎えられた。
「ようこそお越しくださいました!」
レインコートの上からでもわかる、筋肉質な体。
髪を短く刈り上げた頭にはヘルゲート職員の制帽をかぶり、肩からは、対囚人用にショットガンを提げている。
「はじめまして、私が看守長のロックです。あなたが新しい“ボス”ですね?」
「どうも、カイト・クライです」
俺は、差し出された手を握り返す。
「そちらの女性は?」
「彼女は…まぁ、私の秘書みたいなものです」
「はじめまして、ルナ・メイトです!」
元気にそう言いつつも、(相棒って言ってよ!)と俺を小突いてくるルナ。
「…」
そんな俺たちのやりとりを、ロックは顔色ひとつ変えずに眺めている。
彼の経歴は、事前に調査済みだ。
元特殊部隊出身、戦闘のエキスパート。
誰よりも正義を愛し、荒くれ者ばかりのヘルゲート刑務所をまとめ上げる、別名【鬼の看守長】。
ここには汚職看守も多いと聞くが、彼なら信頼できそうだ。
「では、さっそくご案内します。どうぞこちらへ」
このまま、雨に打たれ続けているわけにもいかない。
挨拶もそこそこに、俺たちは屋内へ向かって歩き出した。
『本日は豪雨のため、休憩時間の中庭の利用は禁止。繰り返す、本日は…』
スピーカーから、看守のアナウンスが流れてくる。
「休憩時間の運動は、囚人たちにとって貴重な息抜きです。あいつらのフラストレーションがたまらないといいんだが…」
ロックがそう言い終わらないうちに、無線機に通信が入ったようだ。
「こちらロック、どうした?…なに、ファイアアントとエクスターミネーターの喧嘩だと?小学生じゃあるまいし、とっとと黙らせろ!」
彼はそう言うと、乱暴に通信を切った。
【ファイアアント】は、アリのコスチュームを着て火炎放射器を乱射する小物ヴィラン。
対して【エクスターミネーター】は、元害虫駆除業者で、メテオシティ中に危険な殺虫剤をばら撒こうとしたサイコヴィランだ。
ヘルゲートでは囚人同士の喧嘩が絶えないと聞くが、“虫”と“害虫駆除業者”、仲が悪いのは当然だろう。
「…なんだか、苦労してそうね」
ルナが小声で言ってきたが、同感だ。
これからクライ産業がこの刑務所を運営することになるが、福利厚生の一環として、全職員に胃薬を支給するか。
「失礼、お見苦しいところを見せました。ここに収容されている囚人は、はっきり言って、どいつもこいつもガキみたいなものです。粗暴で、分別がつかない」
「そのようですね」
「…しかし、あなたから『囚人を何人か仮釈放したい』と連絡があったときは、正直驚きました。凶悪なヴィラン共を解放するとは、一体どういうつもりですか?」
強くなる雨音に負けじとばかり、大声でロックが聞いてきた。
「“この刑務所の現状を知りたい”というのが理由です。クライ産業は新たにヘルゲートを運営することになりましたが、凶悪なヴィランがこの刑務所で過ごすことで、どのように変化しているのかを、観察させてもらいたいのです。結果によって、設備投資や人員の増加、囚人の更生プログラムの見直しなどを計画しています」
俺も雨にかき消されないように大声で、しかし、理路整然と答えた。
ルナとも話したが、ヒーローとしての俺たちが鉄壁のヘルゲート刑務所からヴィランを連れ出すのは、リスクが高い。
万が一成功したとしても、スキャンダル好きで、スーパーヒーローのネガティブキャンペーンに余念がない【メテオシティ・タイムズ】の一面に、こんな記事が載るかもしれない─
『独占スクープ、ヒーローが凶悪ヴィランをヘルゲートから解放!?ジャスティス・ギルドを追放された恨みか、“悪堕ち”ナイトクロウ!』
だが、今の俺は“クライ産業の社長”という立場を利用し、堂々と、簡単かつ安全に、ヴィランをピックアップできる。
これが俺の“計画”だった。
「なるほど、それはいい」
俺の説明を聞いたロックがうなずく。
「残念ながら、この刑務所の再犯率は、我が国で一番です。恥ずかしいが、私の目の届かないところでは、看守による囚人への暴力行為も横行している。それに、例の更生プログラムも…」
そこまで言って、ロックは口をつぐんだ。
「更生プログラムが、どうかしたんですか?」
「…とにかく、カイト社長。あなたには期待しています。この刑務所の救世主として」
ルナの質問に答える代わりにそう言うと、ロックは刑務所内への扉に手をかけた。
ヘルゲート刑務所のロゴマーク─燃え盛る門と、それを守る死神のような“地獄の門番”が描かれている。
そして、そこに書かれているある標語。
“この門をくぐる者は、一切の望みを捨てよ”
ヘルゲートに護送されてきた囚人が、一番最初に通るのがこの扉だ。
そう考えると、なんとも感慨深い光景だな。
「お二人とも、覚悟はいいですか?」
勢いよく扉が開かれる。
「それでは…ようこそ、地獄へ」
世界一の財力に不可能はない!
※アメリカなどでは刑務所は民営化されてます。
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