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already dark, however still blue ‐血鎖絶ち斬れ不退の純青‐  作者: 浮城燈往
エピソード3 魔女の鳥籠
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10‐4 あなたがここにいる

 そして、早梛は目を覚ました。

 つ、と、眼の端を涙が伝う。

 とても素敵な……同じくらい寂しい夢を、見ていた気がした。目覚めると同時に、砂絵のように儚く掻き消えてしまって、思い出せない。

 ぐしぐしと顔を拭い、頭を切り替える。意識はまだ少しぼんやりしているが、ものを考えられないほど不調でもない。

 身を起こして、そこでようやく、自分がまったく知らない場所にいることに気がついた。清潔なパーテーションで仕切られたスペースに、彼女が寝かされていたベッドが一つ。医務室のように見える。非道な実験の跡など見られない、ごく一般的な医務室だ。

 明け方なのか、紗のカーテンを透かす光は浅葱に冴えている。どれくらい眠っていたのか。纏っている寝間着に見覚えはないので、意識を失っている間に着替えさせられたのだろう。

 と、がらがらと引き戸を開ける音が響いた。間髪入れずにパーテーションが捲られて、

「「あ……」」

 顔を見合わせる。

「……よかった」

 先に相好を崩したのは、時幸の方だった。

「気がつかれたんですね。具合はどうですか。痛いところとか、どこか違和感は」

「あ、うーん……ない」

 寝起きのせいか、とても間の抜けた返事しかできなかった。ばつが悪くなって、頬を掻く。

「……そう、ですか」

 ほっとしたように、時幸は息を吐いた。ベッドの傍らの椅子を引き寄せ、腰掛ける。

「……ずっと目を覚まさなかったので、心配してたんです」

 どうやら目覚めを待つ間、随分気を揉ませてしまったらしい。心配かけてごめん、と謝ると、いえ、と返した。

「ええっと……ここ、どこかな」

「東海区支部です。あの後一度基地に戻ってから、ここに」

 その一言で、一気に思い出した。

「そうだ! 任務は……」

 思わず身を乗り出しかけた早梛を、時幸は制す。

「落ち着いてください。まだ、急に動いたら……」

「へ?」

 頭に手を当てる。ぐっすり眠ったせいか、体調はかなりいい。……そのせいか、自分が一時死にかけていたことを失念していた。あれほどがんがん付きまとっていた頭痛と気持ちの悪さは、きれいさっぱり消えている。

「本当に、大丈夫なんですか?」

「うん。っていうか、この服は」

 訊くべきことはそこじゃないのだろうが、つい気になったことから口にしてしまった。

「ああ、それは琴羽さんが」

「えっ、じゃあ、琴羽さんもいるんだ。無事……なんだよね?」

「はい」

「あっ、っていうか」

「はい?」

 不意打ちに近い形だったので、どうにもできなかった。気がついたときには、ぱしっと、手を握られていた。

「へっ、って、さ、早梛さん⁉」

 持ち上げた時幸の右手を、目線の高さまで持ち上げる。

「傷が治ってる……あなた、まさか」

「あ、えっ、あ! いえ……死んではいません。今回は、その」

 握られた手越しに、彼女の震えが伝わってくる。

「……大丈夫なの? 時幸くんこそ」

 青がかった黒の瞳が、不安げに向けられる。

 時幸は薄く笑った。カーテン越しの光が、彼の面を半分だけ照らして、半分影をつくる。

「俺は、平気です」

 早梛は握ったままの手を見て、もう一度顏を、それから、彼の胸の辺りに視線を遣った。

「……ごめん、私、何があったのか、何も憶えてない」

「……無理もありませんよ。俺もまだちょっと混乱してます」

 そうして、時幸は話しだした。

 任務については、当初の目的は達成されたため、事後処理は他の人間に既に引継ぎ済み。報告も早梛が寝ている間に完了させた、とのことだった。

「一応は……メリサの暴走、ということで。後味は悪いですが、責任とか諸々、都合の悪いものはすべて死者に背負わせる形になりそうです」

「うん……」

 これから背景を調査することもあるだろうが、“檻姫”の二人の評価が大きく変わることはないだろう。悪党とはいえ、すぐ近くで人が亡くなったのは多少ショックだった。

 だが、一方で、あの瞬間。あの、僅かばかりの空白の時間。心なしか、メリサは達成感を得ていたように見えた。そして志緒にもまた、どこかであの結末を望んでいたような、そのために駒を進めたような、満足げな空気が横たわっていたように思えた。

 頭を振り払う。早梛自身、意識が朦朧としていたのに、何を考えているのだろう。結局二人は、早梛には救えない人達だった。“檻姫”については、もうそれで終いにしよう。

「塔の様子と、遺留物その他については現在調査中ですが、それについては、その……」

 時幸は、一度、目を逸らした。

「……なんとですねえ、仁藤さん、総帥自ら現場に出張ってきてるんですよ、いま。全権を寺坂さんに丸投げして」

「ええ?」

「驚きましたよ。まさか直接来るとは思いませんでした」

「それは……」

「はい。……前々からフットワーク軽めというか、師匠に負けず劣らずの自由人って感じなところはありましたけど。ちょっと、こう、少しは御自分の立場というものを弁えてほしいですね」

 仁藤要の遺産であり、【魔女】研究にも無関係でないと思しき施設とはいえ、いまや仁藤周は一研究者ではなく《機関》の長だ。ただでさえ一挙手一投足が注目される立場である。

 まして、今回の件は既に国際的に大々的な騒ぎになっている。迂闊に動いて、国際関係や政府との連携に亀裂を走らせることにならないといいのだが。

「まあ、来ちゃったものはしょうがないですし、いっそ調べられるだけ調べて、責任問題もぜーんぶ引き受けてほしいところではありますね」

「なんか、時幸くん、ちょっとキャラ変わってない?」

「あの人に振り回されるのはしょっちゅうですから」

 俺はまだましな方ですけど、と、肩を竦める。

「うん……」

 仁藤とは付き合いが長くて遠慮がない、それはあるのだろう。だがそれ以外にも、早梛は少しの違和感を抱いていた。時幸が無理して明るく振る舞っているような、取り繕っているような。

「ねえ、時幸くん」

 それまで握ったまんまだった手を、改めて、両手で包み込む。

「早梛さん?」

 訊き出したいと思った。何があったのか、何がそんなに閊えているのか。

 それでも、訊くのは憚られた。訊き方を間違えたらそこで、時幸が消えてしまうようで。ありえるはずもない、でも掻き消せない、どうしようもない不安があったから。目醒める前に見た、思い出せない寂しい夢のせいかもしれない。

 だから、黙ったまま……腰を折り曲げた。

「……え? ……え? え、早梛、さん⁉」

 持ち上げかけた時幸の右手に、頬を押しつける。

 驚いたものの、危害を加えられたわけでもなく、時幸は許してしまう。

 その優しさに甘えていると知りつつ、早梛は時幸に触れ続けた。

「……早梛さん」

「うん」

「……無事で、よかった」

「あなたも」

「……俺は、平気ですよ。あなたの方がずっと、危なかった」

 でも。

「助かって、よかった。……ほんとうに、よかった」

「ごめんね」

「謝ることなんてなにもないですよ」

 早梛は顔を上げた。

 時幸はすっきりと、頬笑んでいた。

 晴れ晴れとはいえなくて、その笑みにはまだ陰があるけれど、それもいまは、ぞくりとするほど魅惑的だ。

 するりと、手を解かれた。

 その手が今度は、早梛の顔に触れる。突然の体温に、少女は金縛りにあったように動けない。

 くい、と、僅かに傾けられる。ゆっくりと時幸が、近づいてくる。ちょっと拗ねたような顔で、真っ直ぐ早梛を見つめながら。

「とき、ゆき、くん……?」

 怯えるように、けれど待ち望むように、ぎゅ、ときつく、目を瞑る。

 そして……。


 ぎゅう、と、そのまま右手が、頬を抓った。


「……はぇ」

「……」

 無言で、頬を引っ張り続ける。

「! いひゃい、やめっ」

「……お返しです。いつもいきなり触られるので」

「ほ、ほめん、ほめんってば!」

「冗談です」

 ぱ、と手を放された。くすくすと笑う時幸を、恨みがましい目で見つめる。

「……いじわる」

 非難がましく呟くと、少年はますます笑った。

 早梛も少しだけ笑う。

「それじゃあ、俺はこれで。呼び出されてますので」

「うん。あ……」

 出ていきかけた時幸が、振り返る。

 不意に、またあの、時幸がどこかへ行ってしまうような不安に襲われた。けどそれを口に出すのはあまりにも突拍子がなくて、子どもじみていて。

 言葉に詰まる早梛に代わって、時幸は静かに優しい声音で告げる。

「回復しましたら、一緒にご飯にしましょう」

「! う、うん」

「それから、任務が大変だった分たくさんお休みも頂けたので、本部に戻ったら思いっきり寛ぎましょう」

「そうだね。約束だもん」

「ええ、約束ですから」

 お互いに微笑みを交わす。

 そして時幸は、今度こそ部屋を出ていった。


「……びっくりしたぁ」

 両手で頬を包み込むと、仄かに熱を帯びていた。

 あんなふうに時幸が、早梛に、それも顔に、熱烈に触ったことなどいままでなかった。早梛が触れることはあっても。

 でもそれは、時幸が、しっかりしているようで悩み多き年頃の少年で、親のこととか復讐とか、普通の人よりもずっとずっと多くのものを背負っていて、弟のような存在で、ほっとけないとか、つい可愛がりたくなるというか、どちらかというとそういう感情に依る行為……の、はずだ。

 あの時幸の触れ方は、そういう類のスキンシップではなかった。最終的に抓られはしたものの。

 それで、だから、早梛の方も、意識してしまった。大きさも、指も、筋も、色も、体温も、彼女のものとはまるで違う手の感触に。

「って、なに考えてるの、私……」

 時幸が近づいてきたとき、何をされると思ったのか。……いったい何を、期待してたのか。

「うぅ~~~~」

 ぽかぽかと頭を叩くものの、頬の火照りはまだ引きそうになかった。


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