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already dark, however still blue ‐血鎖絶ち斬れ不退の純青‐  作者: 浮城燈往
エピソード3 魔女の鳥籠
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10‐2 二人のこれから

 夜闇を切り取ったような、真っ黒い廊下の端で。

 時計がなくてよかったと、ふとそう思った。きっとカチコチという音が、煩わしく感じられただろうから。

 世界中に巻き起こった喧騒と混乱は、丸二日経ったいまも収まる気配はなく、上層部はこの瞬間も対応に追われている。そんな中で、やれることがなくなったとはいえ、しばし静寂の時間をもらえたことは、本来ありがたいことなのだろう。だがそれが、却って歯痒い。

 周りが皆働いているのに、何もできない苛立ちではなく。

 相方の容態を案じるしかない、自分が惨めで。

 どれくらいの時間が経ったのだろう。時計がないから、具体的にどれだけの間、気を揉んでいたのか定かではない。不意に目の前の、処置室の扉が開いて、弾かれたように顔を上げた。

 処置を担当した者の一人が無言で、顎をしゃくる。促されるまま入室した。

 部屋の中は廊下同様静謐に満ちていて、中央に鎮座した寝台を囲むように白衣の研究者が並ぶ様は、厳かな儀式でも執り行なっているかのようだ。そう、それはまるで……葬式のような。手の施しようがなかったと、諦めるような雰囲気を振り払うように、つかつかと寝台に近づいた。

 きれいな顔だった。眉目の整った少女だということは知っていたが、それだけではない。ひたすらに静かに穏やかに、ただ回復することだけに一生懸命だったのだろう(おもて)は、疲れ果てていて、けれど満足げで、安らかだった。心なしか、誇らしくも見えた。

 目を瞑り、あどけなく口元を解かせた顔は、眠っているようにしか見えない。さながら茨姫のように。いまさら、時計を持ってこなかったことを後悔した。永遠に秒針が止まっているのだと、言われれば信じてしまいそうなほど、彼女は完璧だった。

「……死人みたいな顔だ」

 途端に、一気に力が抜けた。ふやける身体を精一杯繋ぎ止め、何かうまい返しを探す。

「……それは、お互い様」

 言われて、彼女は横たわったまま、自分の顏に手を添えた。確かに参っているようだが、思っていたよりも軽傷で済んだらしい。

「まあ、とりあえず、お疲れ様」

「……ありがと」

 きょと、と目を瞬かせる。

「……なんだよ」

「意外。アクセルが素直にお礼言うなんて」

 よっぽど疲れてるんだね、と、身を起こしながらにやけた。

「……まあ、そうかもな。どこもかしこもてんやわんやだ。翁達はいまも対応に追われてる。そのくせ、うちは完全に出遅れた」

「そっか」

「一応、確認だけど」

「うん」

 手で払って研究者を退かせ、少女は寝台から降り立った。少しどよめきが上がるものの、無視して部屋の隅、カーテンで仕切られたスペースに引っ込む。

「いま支配下に置いてる個体は全部、何らかの反応を示したよ。あの映像は作りものじゃない」

「……こっちで観測されてる各国の上位【眷属】にも、同じように動揺が見られた。相手が相手だから、いまのところ大きな騒ぎにはなってないみたいだけど。飽くまでいまのところは、な」

 “天災”。討伐不可。現人類の持ちうるすべての武装・兵器を以てしても対抗できないとされていた《ディヴィジョン》の内の一体である“青海波”の、唐突な消滅。空前絶後の大事件に、世界各地で動揺が奔っている。人類の組織・国家に限らず、《ディヴィジョン》もまた、この異常を感じ取っていた。

 それはクローディアが管理下に置いていた五型‐クラスⅠも例外ではなく。一斉に興奮したそれらの制御が一時期難しくなった彼女は昏倒して、いまようやく回復したところだ。

 それでも、制御を手放した個体は目下存在しない。問題は、《薪の塔》が監督下に置いていない個体……延いては【魔女】の手下としての【眷属】達と、【魔女】そのものの動向だ。なまじ【第一魔女】富良賀湖麻由が【魔女】の中でも特殊な立ち位置で、予測のつかない女なだけに、他の【魔女】がどう出るかも推し量れない、頭の痛い状況となっている。

 そんななか、当事者であった《機関》の対応は迅速だった。この件に関しての一切の調査権を独占。塔周辺を立入禁止区域として設定。日本政府ですら許可なく干渉できない状況を、半ばどころかほとんど強引に作り上げてしまった。もちろん抗議の声はこれからいくらでも上がるだろうが、各国政府・調査機関は完全に出遅れる形となった。

 一方で、《機関》は“青海波”の消失を、独自開発していた対一型兵器の使用によるものだと主張。これについても混乱が起きてはいるものの、少なくとも「原因不明」によって起こるパニックは収束しつつある。「【魔女】、それもいままで沈黙を保ってきた【第一魔女】による何らかの仕込み」と考える者もいるし、《機関》が事実上どんな《ディヴィジョン》でも倒せる兵器開発に成功したという事実が真だとすると、純粋に脅威だと捉える者もいるが。

「早いね」

 カーテンの向こうのシルエットが、長い髪を掻き上げたのが見えた。

「ああ。さすがに早すぎる」

 《機関》が全世界に声明を発表したのは、“青海波”が未だ半溶解状態であるのが確認された時点。つまり【眷属】も【魔女】も健在であったにもかかわらず、仁藤周は“青海波”討伐を宣言した。

「まるで……すぐ近くで見てるみたいな対応の早さだったって」

「あはっ、ないない。ニドーって、人類の宝みたいな人なんでしょ? そんな危ない現場に乗り込むとかないって」

「ん、それもそうだな」

「お偉いさんにとって、同業者は【魔女】より怖いものなんじゃない。迷ってる間にうちらとか他の組織が日本に行くかもじゃん。未だに、御上の連中はいまからでも日本に行くべきだーって主張してるんでしょ、どうせ」

「……そのとおりだ」

 それで、と、影の動きが一度止まる。

「どうせ、送り込まれるのは……ってことでしょ?」

「ああ。どっちにしろ、頃合いかもしれない」

 くしゃりと、自らの前髪を掻き上げた。鮮やかな赤色が、磨き抜かれた黒石の壁に映って踊る。

「……あの人の遺言を、やっと果たすときが来たな」


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