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already dark, however still blue ‐血鎖絶ち斬れ不退の純青‐  作者: 浮城燈往
エピソード3 魔女の鳥籠
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*第9章* 9‐1 利用される者、抗う者

 地面に投げつけられた卵のように、ぐしゃぐしゃになっているのではないか。

 そうなっていないのが逆におかしく思えるほど、頭が重い。

 本日二度も打ったせいか、靄のように頭部全体に被さる鈍い痛みが、或いは、こめかみを貫くような疼きが、思考を阻む。会話の間に少しは和らぐかと思ったが、あまり芳しくない。よりにもよって一瞬たりとも気の抜けないこの状況で、まともに働かない自分の身体が歯痒い。

 身を起こすことさえほんとは億劫だったものの、心配する時幸の顔を見て、「へいき」とやせ我慢して答える。そうでなくてもいっぱいいっぱいの彼に、これ以上負担は掛けられない。掛けたくない。重荷になることは、早梛自身が許せない。天敵の的となることを厭う野生の小鳥のように、不調を隠し、笑ってみせた。

 複雑怪奇な地上部分とは打って変わり、地下にはフロアを丸ごと用いた一部屋しかなかった。目的地まで僅か数メートル。扉は閉ざされているものの、既に視認できる距離だ。だが、その数歩が、いまの早梛にはひどく遠い。時幸に察せられないよう彼の背後を、一歩一歩踏みしめながらついて行く。が、

「あ……」

 眩暈とともに、脚が縺れて、堪えきれない。

 倒れ込んだ彼女は、温かな背中に迎えられた。

「あっ、ご、ごめ……」

 とっさに離れようと、身を起こしかけてまた立ち眩みかける。

 だが時幸にさして反応はない。

「早梛さん。あれを」

 彼は早梛が倒れ込むより先に立ち止まっていた。故に、ぶつかったのも不調のせいだと気づかなかったらしい。

 示された方を窺い見る。

 鈍色の艶やかな、固く閉ざされた扉。ただ然るべき人間が入るためだけの、それ以外の者の侵入は断固として許さない。そんな確固とした理念のもとに設計されたのだと、無言で宣言するような、飾り気のない、近寄りがたい雰囲気の。色も大きさも造りも異なるにも関わらず、その佇まいはどこか仁藤の執務室の扉を思い起こさせた。

 その中央に設置された電子錠が、何やらちかちかと瞬いている。

「……?」

 目を凝らすと、錠がというより、それに取りついているものが忙しなく動いているせいだ。

 針金細工のように華奢な造りの、多足状の、白銀の体。肢の少ない蜘蛛のような見た目。

 そいつが、嘴のように尖った先端部を機械の隙間に刺し込み、キュルキュルと音を鳴らしている。無駄のない形状と洗練された外見、それに同居する、ゾウムシが木肌を突き破り侵入するような行為への嫌悪。ルネ・ラリックのキメラのように、美しくも悍ましさを感じさせた。

 チュルン、という音とともに、何かを吸い出していたような、もしくは注入していたような動作が不意に停止する。そいつは足を動かして今度は別の側面から、再び錠内部に侵入した。

 時幸が扉に、そいつに近づいた。貼りついたままの背中を捕まえて、早梛も後からついて行く。歩くのが少しだけ楽になった。杖代わりにするのは申し訳ないが、時幸はそれを、未知の何か、さもなくばこれから待ち受けるものへの不安と受け取ったらしく、

「俺の後ろに」

 と、振り返って頷いた。

「う、うん」

「それほど危険には見えませんが……ロボットでしょうか」

 金属製の蜘蛛は、何度か電子錠を弄ると、満足したのか、刺し込んでいた突起を引っ込める。途端に、ぼろぼろと錠が解けた。

「⁉」

 からん、からんと、錠を構成していた部品が一気に瓦解し、床に散らばって乾いた音を立てる。その反響を待つことなく、金属の虫は扉を這って今度は角へと向かう。

「……なるほど」

 床に転がる用を成さなくなった残骸を見下ろして、得心がいったように時幸は頷いた。

「コレも“籠の中の鳥”でしょう。メリサはこうやって建物を破壊しているわけですね」

「えっと……」

 言われた意味を理解しようとするが、頭痛が邪魔をする。

「この塔は巨大ですが、突き詰めていえば数多くの部品を組み合わせて造ったものです。部品を外せば、『元の形』を乱すことなく、崩壊させられる。“選別”の性質によって“不可侵”と化した建物は、叩いて壊すことも、形を変えることもできません。しかし、分解であれば、“青海波”の影響を受けていてもこの塔に干渉が行える。もっとも、長野のように完全に“断絶”させた場所ではそれも通用しないでしょうが」

 そこまで言って、時幸はふと、視線を横に投げた。

「……あの人にとってここは……ここ自体は、それほど重要ではない、ということでしょうか。なら、やはり洗脳のノウハウだけ奪った後は“青海波”を分離させてまた雲隠れする気でしょうね」

 ずきり、ずきりと、頭が痛む。

「……行きましょう。あの人が追いつく前に」

「……うん」

 鍵の外れた扉を力任せに蹴り上げずらし、侵入する。

 先ほど「視せられた」のと、寸分違わぬ光景が広がっていた。

 天井は高いが、思っていたよりも面積はない。広く見えていたのは、物が少ないからだ。室内には、「視た」もの以外には何もなく、必要最低限設置された程度の量の機械類が、ただ静かに稼働するのみだった。

 その中でもとりわけ目を引くのが、中央に鎮座するボトルだ。

 床から天井までを支える柱のようなそれは、大の大人が二、三人両腕を広げて囲めるほどの太さだろうか。時幸の臍ほどの高さでぐるりとコンソールが一周しており、いまでも細々と機能し続けている。中身を取り出すためのハッチなどは見当たらない。

 てっきり大規模洗脳を成し遂げるための中枢……スパコンなり何なりが設置されているものと考察していた時幸は、他にそれらしいものはないかと辺りを見回した。だが部屋の中は非常にシンプルなものだった。

 ひっ、と、小さな悲鳴が上がる。

「あ、あれ……」

 彼の背後から、こわごわと伸ばされた腕が、中央のボトルを指した。

 正確には、その中身を。

 ボトルの中には薄らと蛍光を放つ淡碧色の液体が満たされており、経年で濁ったらしきそれの中には、藻のようなものに覆われた何かの影が窺えた。

「……っ⁉」

 その正体に思い当たった瞬間、ひどい嫌悪が胸に充満する。

「ぅ……」

 先んじて、早梛が時幸の背中に手を置いたまま、俯く気配がした。

 初めにその形状と大きさを見て、なぜその可能性に思い至らなかったのか。いままで、そんな目に遭わされてきたものに、散々遭遇してきたというのに。――戦場ではなく、研究室で。

「これ、は……」

 水槽の中に収められていたのは……人、だった。

 藻に見えたのは、伸び放題になった髪の毛だ。それが水槽中に広がりながら、頭頂から胸元まで纏わりついている。胸元まで、だ。そこから下は存在しない。脊髄と一部の臓器以外、取り払われている。

 残った部位の僅かな膨らみや円みから辛うじて女性だとわかる、その程度しかない身体には、余すことなく管や機械が取り付けられ、それを通じてちかちかと電気信号が行き来する。時折、泡が沸き起こった。

(ホルマリン漬け? いや、でも……)

 ある予感が脳裏を掠め、水槽を囲むコンソールに近づく。長期間放置されていたにもかかわらず、設備に綻びは見られず、稼働を続けている。計器の数値を流し見た時幸は、むかつきがさらに増すのを感じた。

「……Блядь.」

 こんなときだというのに幼い頃の躾の成果は多大なもので、日本語の罵倒が出てこない。

「早梛さん。信じられ、いえ、信じたくないことですが……」

 自分を落ち着かせるために、一度、深く呼吸する。

「……生きています」

「ぇ……」

 嗄れ声が、小さく漏れた。

「生命活動、いえ、延命活動が継続しています。この人は、まだ……生かされている」

「……ぅ」

 背中を掴む力が少し増した。

 吐き戻さなかったのは単純に、耐性があったからというだけで、時幸も同じ気持ちだ。許される状況であったのなら目を背けたいし、可能であれば逃げ出したい。

 生きている。……まだ、生かされている。

 身体の暈を半分以下にされても、なお。水中環境で、数年間。

 罪人を水槽保存して体力や身体機能を奪い、脱獄や出所後の再犯を困難にする特殊監獄が、ロシアにはあるという。だがそこに収監されるのは、国際指名手配犯の中でも特に身体的・精神的に再起不能にすべきと判じられた者に限られる。それに、四肢を落とすことはあっても、生涯生命維持装置が外せない状況にまで追い込むことは、さすがに禁じられている。そもそもここは日本だ。

 もしも彼女が公にされていない政治犯であったとしても、このような惨たらしい状態で放置されていい謂れはない。

「くっ……」

 移動中、スリープモードにしていた端末を起動させる。だが……応えはない。

「?」

 通信が切れてしまったのかと、回線を繋ぎ直す。だが変わりはない。仁藤からの応答はなかった。総帥秘書の端末にも、業務用とプライベート用、両方に通話を試みるも、やはり繋がらない。

「そんな……」

 さすがに頭を抱える。まさかこんなものを見せつけられるとは思っていなかったため、対応がわからない。仁藤か、せめて準じる専門家に判断を仰ぎたかった。

 当初の目的を顧みるも、他に洗脳装置の中枢らしきものは見当たらないし、彼女がこんな状態にされながらも生かされ続けている意味も見出せないし……そこまで考えて、はた、と思い至る。

「精神、感応……? まさか、そんな」

「そう」

 天から降ってきた声に、思わず顔を上げた。

 天井から、エナメルの靴に覆われた小さな足が生え、その先からたっぷりのフリルに覆われた腰と腕、無造作に掴まれた玉状のものが、次いで、レースに飾られた薄い胸が現れる。

 最後に、薄桃色の短い髪を靡かせて、カチューシャを嵌めた頭部までが完全に姿を見せた。「彼女こそが、この塔の中枢。正確には、彼女の脳が、だけど」

 【魔女】は憮然とした表情のまま、その位置で止まった。

 震えているのは、少年か、それとも、建物全体か。

「……精神感応、いわゆる超能力者の脳を、大規模洗脳装置の中枢、生きた部品としてそのまま組み込んだ、わけですね。行なったのは……」

「もちろん、仁藤要。この人もまた、仁藤家と同じく、呪わしき『旧い血族』の一員なの。だから見つかって、捕まって、こんなところに押し込められた」

 浮かぶ女の横顔を、憐みと同情の眼差しで一瞥し、湖麻由は呟いた。

 史俊(ふみとし)の異能や、続岩の呪詛と同じ、まだ科学では説明できない超常の力の持ち主。【魔女】の権能さえ通さない、世界に残されたブラックボックス。それそのものが、この塔の機構。

 確かにそれなら、これまで大掛かりな装置を秘密裏に開発できたとしてもおかしくないかもしれない。“青海波”が支配するこの空間で、湖麻由が指名した以外の回線が繋がったのも、得心がいく。志緒が各組織に電波を発信するだけでなく、《機関》側の動向を探れたことにも、理由が……いや、探れた理由がないことに、説明がつけられなくもない。

「でも、それは……」

 個人の脳を操って、世界中の人々の脳に干渉する。さすがに、荒唐無稽な話だ。

「仁藤要は、やると決めたらやる人間なの。自分の目的のためなら、人一人どころか、百人二百人使い潰すことを厭わない、どころか、嬉々として廃人にしてきたわ」

 似たような状態になった志緒の頭部を弄びながら、さらりと湖麻由は言った。

「……見せたくなかったの。あなたがこれ以上、仁藤家の外道共のせいで苦しむ必要なんて、なかったのに」

 動揺を隠せない時幸に憐憫を込めた慈愛を向け、湖麻由はやや高度を下げた。

 水槽の中の、死ぬことのできない女に並ぶ。

 天井から現れたときと同じように。

 身体の一部が、いとも容易く擦り抜けた。まるで空気がそのまま続いているように、壁などないように。

 左手で志緒の残骸を抱えたまま、湖麻由の右手は別の頭部を掴み上げる。そのまま引き寄せ、引きずり出した。水槽に侵入したときと同じくらい造作もない動きで、手が壁の外に出る。

 粘り気と臭みのある液体がコンソールに降り注いだ。

「う……」

 目の前の臭気と、上方で繰り広げられる光景に、さすがに口元と鼻を覆う。

「んっ……」

 大きさがだいぶ減っているとはいえ、人二人を抱えるのはさすがに、八歳相当の湖麻由の身体では無理があったらしい。意図したものかそうでないのか、どちらにしろ、高度がますます下がる。釣られて、身体全体の丈や暈より髪の毛の方が多そうな女が近づいた。

 水槽内部に満ちていた薬液の影響か、ふやけた人体にはさして損傷はない。水槽の外に出たのはいったいいつぶりだろうか。その感慨を伺い知ることはできそうにない。依然多くの管に繋がれた女は、水槽の中でそうであったように、固く目と口を閉じている。脳の一部の機能は確実に生きているだろうが、それ以外の、人格や記憶に関わる部分が果たして無事なのか。おそらく否。身体のパーツといい、最低限の生命維持機能しか残されていないだろう。

 おかげで、憐れに思いはしたが、余計な悲痛を抱えずには済んだ。

「ふう、」

 湖麻由は床に降り立つと、一度、両手に持った者を放した。解放されてもぴくりともしない二人は、見たとおりの生首と大して変わりない。生かされているとはいえ、骨と皮ばかりの、もはや人とはいえないカタチ。ポケットから、花柄で縁にはレースをあしらったハンカチを取り出して、両手を拭う。

 心の揺れは収まらないものの、ここに来た目的は憶えている。洗脳装置の破壊。まさか人間だったとは思わなかったものの、少なくとも、それを湖麻由に渡してはいけない、という思いが鋭く脳裏に閃いた。

「待って。……外道と知っていても、仁藤要に加担するつもりですか」

「は」

 呆れたというより呆気にとられた、というような声を上げ、【魔女】は振り向いた。

「加担? 要に? 要なんかに? ……わたしが?」

 ユキちゃん、何言って、と、言いかけて。

「……ああ」

 諦め混じりの怒気が、吐息に紛れた。

「そう。仁藤周に、そう吹き込まれているのね。……揃いも揃って」

 一つしかない瞳に嫌悪を込めて、湖麻由は吐き捨てる。

「……ユキちゃん。誤解なの。わたしは要に加担するつもりはないのら」

「誤解」

「なの」

 むしろ、と、空になった水槽を小さな拳でこんこんと叩いた。

「わたしは、要の遺志を根絶させるために行動してるの」

「……っ」

 【第一魔女】富良賀湖麻由が、自身の目的を語った。多くの組織が多分こうだろう、と予測してきはしたが、彼女の口からそれが語られたのは初めてのことだ。

 同時に、この塔の一件だけではない、いままで行なってきた不可解な行動の数々に、意味が添えられた瞬間でもあった。……時幸がずっと、知りたかったことにも。

 心臓が高鳴るのを感じる。恐ろしいものの扉を開けようとしている自覚はあった。

 だが、恐怖よりも、訊きたいという欲求が勝る。否。知りたい、というより――時幸は、知らなければいけない。

「……それは、何ですか?」

「……気に入らないから」

 【魔女】は、明かさなかった、それだけしか。

 死してなお蔓延る、仁藤要の計画。それがどういうもの(・・・・・・)だから否定したいのか。その具体性ではなく。

 どういう感情で否定したいのか、を、答えた。

「っ……」

 時幸の心境を故意に無視して、【魔女】は淡々と続ける。

「わたしや一部の人間が『それは正しくない』と断じても、長期的に見れば、人類全体の発展に繋がるのかもしれない。そのためにこの人や、その他大勢が犠牲として組み込まれていたとしても、歴史として振り返ったときに、必要な投資だったといわれるような偉業なのかもしれない。止めようとしてるわたしの方が非難されるような事柄かもしれない。【眷属】、所謂ディヴィジョンを根絶することが事実上不可能な不可逆の世界では、それこそが最適解なのかもしれない」

 それでも、と、自らの薄い胸に、手を置いた。

「……要という個人、或いは一握りの人間の思惑にこの世界の命運が寡占されているのは、わたしは、いいえ、わたしが気に食わない。寡占されている状況が、じゃなくて、要であるということが」

 湖麻由は目を伏せ、誰とも目を合わせない場所を見据える。

「……別に恨みはないの。それは本当。わたしの人生は、《REIMEI》に捕まる前から踏んだり蹴ったりだったもの。自分で選びとれた、と言い切れるものの方が少ない。幸福も理不尽も、殆どが|与えられた(押しつけられた)ものばかりだった」

 そうして、少女の顏に。容姿だけではなく、事実その程度の年齢のときで止まった部分が、彼女にはあると、思わせるあどけなさで。ここが痛い、とでも言いたげな表情を浮かべて、胸を掻き毟った。

「だから……だからっ、押しつけられるばかりじゃない。人類には抗う余地が与えられるべきだし、わたしにもそれを強いる権利だってある。要にもわたしにも逆らってノーを叩きつけられるように、何より……」

 ぎゅ、と目を瞑って。小さな己が身体を、細い腕で精一杯掻き抱いて。

「……それに気づかないようじゃ、人類に救う価値なんてないでしょうね。……ええ。わたしは人類も要も恨んではいないけど、見限るくらいには絶望してるんだと思う」

 初めて、共に過ごした八年にも、語られてこなかった彼女の胸の内に、しばし怒りも忘れて聞き入った。だが湖麻由は、ふと目を開くと、話し過ぎたことを恥じるように頭を振って、己の過去に強引に蓋をした。

「……とにかく、個人的な私怨じゃなく、人間性を鑑みた評価として、要の計画はいけ好かないの。だから邪魔もする。この塔の無力化もその一工程。わたし側の準備を整える必要もあるけど、その前に、要の計画を整えさせないための。既に蒔かれた布石の数々に比べれば微々たるものかもしれないけど、削ぐことには意味があるの。それに、」

 再び、右手で掴んだ女に目を向ける。

「この中枢は有用なの。残りのピースを埋めるために」

「……そのピースとやらに、俺も組み込まれているわけですね」

「……」

 湖麻由は時幸を見て、水槽から引っ張り出した女を一瞥し、そしてどこでもない場所に目を遣った。

 結局、時幸に要の計画を明かすことはなかった。彼自身が生まれた理由を、やはり、また、教えられなかった。

 何を言われようと、どういうふうに、慈しまれようと。

 結局のところ、一番大事なところで。

 彼女は、時幸を突き放すのだ。

「なにそれ」

 と、それまで黙っていた、声が咲いた。

「わからないでもないよ。理解、できる。誰かのエゴが気に入らないから、邪魔したい。それは許せる。こんなものなくなってしまえって、私も思う」

 けど、と、声は裂く。

「自分の都合で、その人達を利用するのは、結局、あなたが嫌ってる人と一緒じゃない」

 依然として痛みと、何者へ向けたものなのか、激しい嫌悪と怒りで頭が熱い。だが一方で、彼方から徐々に押し寄せた冷たさが、凍えるほどに心を冴え渡らせる。

「そうね。それは否定しないのら」

 開き直った口調で、湖麻由は吐いた。

「だから何なの?」

「気に入らない、私も」

 同じく吐き捨てるように、少女は言った。

「あなたが正しいことをしてるとか、要って人が間違ってるとか、そんなことはどうだっていい。ただ――好かない」

 凛然と。神橋早梛は、富良賀湖麻由を、睨めつける。

「その身勝手に時幸くんを利用すること、許せない」


「だって彼は、あなたとは(・・・・・)何の(・・)かかわりも(・・・・・)ない(・・)んだから」


 湖麻由に向けた言葉だったが、とんっ、と、時幸の胸を打った。

 突き放されたことこそ解放のような、救いを得たような心地がした。

「付き合うかはどうかは、時幸くんが決めること、だから。ちゃんとわけを話して、その上で彼が協力したいっていうなら、口出しはしない。.ただ、気に入らないなら手出しはする。私も同じ。大義だの、高尚な理想だのを、妨害する理由なんて――『私は嫌だ』の、ただ一言で事足りる」

 母のことは、好き。

 ――でもその行いには協力しない。

 母のことが、憎い。

 ――でもその大義には協賛する。

 どちらでもいいのだ。好きか嫌いかで決めていい。

 好きでも嫌いでも、やりたいかやりたくないかで決めたっていい。


 時幸は――生きて(・・・)いるんだから(・・・・・・)


「あっそう」

 当の相手は、だが、何も響かない、という様子で作業に移ろうとしていた。

「待っ……」

 とっさに踏み出しかけた、早梛が、だが……。

 くらり、と、傾いだ。

「早梛、さん……?」

 しゃがみこみそうになるぎりぎりで、辛うじて片膝を立てる。だが、俯き、片手で顔の下半分を押さえた。

 駆け寄って覗き込むが、普段の精彩が欠けている。蒼褪めた顏に険しい皺を寄せ、苦しげに片目を瞑っていた。

「んっ……」

 息が苦しいのか、そろそろ、というように口から手を放す。どろりと粘ついたものが、手にこびりついた。胃液、だけではない。赤いものが混じっている。

「はぁ……はぁ……はぁ……うぅ」

 緊迫の刻まれた美しい貌に、たらりと鼻血の朱が映えた。

「……⁉ ど、どうされたんですかっ」

 尋常でない様子に一瞬、呆気にとられたものの、弾かれたように肩を抱いた。あまり揺らさない方がいいだろうか、と、困惑で左右に視線を泳がせる。

「脳震盪じゃないの?」

 と、背後からの声に、顏半分だけ振り向いた。

「え、な、なに……早梛さんに、何したんですか⁉」

「何も。家具が落ちてきて、頭ぶつけてるところを見ただけなの。さっき……っていっても、もう数時間前だけど」

「なに言って……」

 頭をぶつけたのは数分前のはずだ。だが……彼女が頭部を強打したのは、あれが今日初めてではなかった。それからずっと、頭痛や吐き気の症状が続いていたのだとしたら……。

「っ……!」

 ――セカンドインパクト・シンドローム。

 一回目の脳震盪から回復していないうちにもう一度脳震盪を起こすことで、最悪死に至る。

 そもそも冷却剤は何のために貼られていた? 何が原因で気を失っていたのかに、どうしてもっと気を配らなかった?

 自責と心配で唇を噛む時幸の傍ら、

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

 獣のような咆哮に、意識が持って行かれる。

 銀閃一射。

 投げつけられた“革命のエチュード”は、へろへろと弱々しい弧を描いて、装置のコンソールの合間に挟まるように突き刺さった。大げさなわりに呆気ない一撃に、まったく掠りもしなかった【魔女】は肩を竦める。

 だが、その眼が、次の瞬間見開かれた。

 ナイフの突き立った場所から、コンソールが崩壊を始めている。

 外装が割れた、とか、刃がたまたま機械の接続を切って火花を散らしている、わけではない。強力な酸をかけられたように、ぼこぼこと高温の泡を弾けさせながら、どろどろと融解を始めている。

 瞬く間に察した彼女は、一気に沸騰した。

「なんて……ことを‼」

 小さな全身を震わせ、怒りの漲る声そのままを戦慄く唇から叩きつけた。

「こんな、あまりにも、これじゃあまるで、そんなっ……」

 頭を抱えて振り乱し、おぼつかない動きで空を彷徨う。

 そして、きっ、と、少女を睨みつけた。その瞳には明確な敵意と、透き通った涙が浮かんでいた。

「……なによ、なんなの。結局、あなたもユキちゃんを利用していることに変わりないのら。それも、こんな形で。やったのは仁藤周? 研究者の連中? それとも皆で寄って集って⁉ ひどい、許さない。こんな、家畜以下の扱いを、わたしの息子に、よくも‼」

「散々な言われようですね……そして何様のつもりですかね……」

 取り乱す湖麻由の様相に、当事者であるはずの時幸の方が却って冷めていた。

「……うん。わかってる」

 本来狙った場所から大きく逸れたであろうナイフを見て、否、既に瞳は焦点が合っていなかった。それでも早梛は、噛み締めるように言葉を継いだ。

「私はいつか、このナイフを揮ったことも含めて、きっと、罰を受けるんだと思う。それでいい。そうじゃなきゃ、いけないの。たとえ時幸くんが、私を、許しても……」

 時幸を消費していることを自覚して、それに罪悪感を抱き、その事実から目を背けない。

「私は、私が歩いた道の、先にいる、から。歩かされたんじゃない。私の罰は、私のものだ」

 ――世界とぶつかるのが痛いのなら、私が代わりに世界とぶつかる。時幸くんが自分を犠牲にし続けるのなら、それを世界が求めるのなら、私も身体を張ってあなたを守る。

 ――何にもならなくたって『でもやる』ならやればいいよ。誰にだって止める権利はない。

 ――できるか、じゃないよ。それは私の役目でしょ。

 時幸だけ(・・)を傷つけさせない、という有言実行。

 彼女自身が言ったことの体現。

 そして、己を貫くこと、時幸に己を貫かせること、その覚悟を見せて、魅せた。

 まるで、世界をくるりとひっくり返すような言葉だった。

 そして、とても平凡な、いつも彼女が言っている詞だった。

 いくら弱っていても、非常事態でも、神橋早梛は神橋早梛であることを辞めない。

 たとえいま、この場所この瞬間で死ぬとしても。死んだ後でも早梛は、早梛のままだ。

 射貫くような目線を受けてもなお。

 いつかくる審判を語ってもむしろ。

 勝気に、どこか誇らしげに、早梛は笑った。笑って、時幸を見た。

「……~~っ」

 溢れて止まらぬこの想いを、伝える手段がけれどなくて。結局、一度だけ頷いた。

 それを満足そうに見遣って……そのまま、早梛は頽れた。

「っ早梛さん‼」

 受け身もとれずぐしゃりと床に倒れ込んだ彼女の身体をすんでのところで受け止める。小さな身体の全体重が少年の両腕に圧し掛かった。

 いままで立って、自分の足でここまで来れたことの方が不思議なほどだ。気力でどうにかしていたのだろう。湖麻由に会ったら突きつけたい言葉があったから。時幸に聞いてもらいたかったから。それを言い切ったことで、いままで張りつめていた糸が切れてしまった。

「無理せず休んでください。後は俺が」

 頭を最後に下ろすようにして床に横たえる。

 建物の崩落まで、或いは時幸に仕込まれた爆弾は、あとどれほどの猶予が残されているのだろう。そして早梛は、すぐにでも医者に診せなくてはならない。

 少年は意を決して立ち上がった。

「……はぁ」

 蒸気を立てながら溶けだしていく機材を一瞥して、【魔女】は溜息を吐いた。

「……まあ、もうすぐ切り離す予定だったし、その後はどうとでもなれ、なの。わたしの目的は、最初からコレの脳だから」

 こともなげに。幼女の形をした怪物は、腕を持ち上げた。

 その腕を、伸ばしかけて……ふと、躊躇うように拱かせて。

「……お母さんのこと、軽蔑する?」

 少女の言葉が、さすがに幾ばくか胸に響いたのだろうか。

 ぽつりと、恥じるように、自らの行いを問うた。

「……」

「そうね」

 時幸の返答を待たず、或いは、聞くのを怖気づいたように。

「それでも……どれだけ非道と誹られようと、“よりよい未来”を繋げるなら、どれだけ泥を被ったって、構わない。たとえ、一番大事な相手に嫌われたって」

 一つだけになった瞳を、時幸に向ける。くすんだその眼には、青いが清々しい早梛が眩しく映ったのかもしれなかった。

「いまさら止めたら、それこそ……あなたにした仕打ちに、意味がなくなってしまうもの」

 そう述べた彼女は、【魔女】なんていう得体の知れない存在ではなく。

 ただの、一人の母親だった。

「別に」

 湖麻由の肩がびくりと揺れた。受けたくないけれど受けなくてはいけない叱責に、怯えて。

「やめたいならやめればいいじゃないですか。俺は気にしません。それでもやめないのは、結局『やりたいから』でしょう」

 だが、相対する息子の反応は、彼女の苦悩や迷いに比べて、存外さばさばしたものだった。

「確かに、利用しようとしてるものに愛着が湧いてしまう、そのせいで苦悩したり、当初の目的を諦める、そういう中途半端で優しい人々も見てきましたけど。あなたがそうじゃないからといって、責めたりしません。話せないけど、わけがあるんでしょう? なら、好きにすればいい」

「ユキちゃん……」

 意外そうに、拍子抜けしたような瞬きの後、束の間、幼女のようなその頬に喜色が浮かぶ。

 だが、

「責めませんけど――俺も、好きにしますから」

 少年は笑顔のまま、銃口を構えた。

 そして間髪入れずに発砲した。

「‼」

 狙うは【魔女】ではなく、足元に転がる二つの頭。

 とっさに足で蹴飛ばして逸らす。その衝撃で、痛みではなく反射で薄い肉体が痙攣した。

「“青海波”!」

 【魔女】の呼びかけに応えるように、建物と重なっていた複数の襞が、捲れるように薄青の眩きを放ちながら盾のように立ち塞がる。

 そのときには既に、時幸は走りだしている。

 三歩ほどの助走の後、流れるように上体を沈めた。ぶちまけられた薬液の粘り気を利用して床を滑走。膝まで掛かるべたべたとした感触が体液を浴びるようで気持ち悪い。だが、止まらない。

 花弁のように折り重なっていく“青海波”の鰭の、その一瞬一瞬の隙を掻い潜る。自分でも御しきれない速度と遠心力に敢えて身を任せ、両の眼の神経を総動員して動きを視、脳をフル稼働して先読みし、触れられるぎりぎりで躱すというより、まだ鰭のない空間に身を押し込むようにして。湖麻由に接近すると同時に、さらに半瞬の隙を見つけて発砲を繰り返す。キュイィ……と鋭い音が、狭い空間に谺した。

 “青海波”に銃弾を防がせはするものの、極力時幸を傷つけたくない、という手加減から、湖麻由は攻勢に転じてこない。その躊躇いが無意識に“青海波”の鰭の間隙を広げてしまっている。その間を縫うように移動しつつ、さりげなく右側から回り込むように距離を詰める。湖麻由もそれには気づいているものの、視力のない右から、しかも子どもの背丈では、どうしても対応に遅れが出てしまう。

 それでも【魔女】は、“青海波”の鰭を総動員して防御、妨害に当たらせることで、洗脳中枢と志緒を守らせた。その認識の甘さに、知らず笑みを零して、時幸は跳躍する。

 滑った勢いそのままに、棒高跳びのように半分背を向けて高く、上空からJ・Rを引き出して放った。

「“月に叢雲”!」

 分厚い襞の向こう、花芯のように無防備な湖麻由に向けて。

「‼」

 湖麻由は避けもしなかった。幼女のすべすべした脛を貫通し、鎖は明後日の方向に突き抜ける。一転して、空中で身動きのできない時幸に向けて、“青海波”の触手が一斉に迫り来る。

 自身が標的とされたことに多少動揺しつつも、攻撃ではなく拘束を狙ってのものだったことに、やはり【魔女】は時幸への信頼をまだ失しない。少年を囲む“青海波”の襞は向こうに捲れ、掌のように少年を受け止めようとする。

 その一秒前に、時幸は天井を蹴った。同時に、J・Rのスイッチを押した。

「っ!」

 ぐいぃ……と腕が、否、身体全体が引っ張られる。振り回されるような無茶な負荷をいっぱいに受けつつも、少年の身体は“青海波”に捕まるより僅かに早く包囲網を抜けた。

 先ほど湖麻由を貫通した鎖の先は、手頃な柱に巻きついていた。激突する寸前で身体を捻って向きを変え、それを蹴って勢いを殺し、安全なスピードで落下する。

 湖麻由はほっと息を吐いた。息子の身が無事であることに。まだ利用価値のある中枢が破壊されなかったことに。そして、再び両者の間に距離が空いたことに。

「ユキちゃん、もう諦めて。お母さん、あなたを傷つけたくないの」

 散々走り回って、徒に銃弾と労力を消費するだけに留まったことを、時幸も判っているだろう。敢えて優しく、諭すように呼びかける。

 だというのに。彼は。

「はっ」

 見覚えのあるあの、不敵な笑みを浮かべた。

 かつてその口先三寸と、魔術と見まごう確かな手腕で世界中を巻き込み、湖麻由を含む八人の【魔女】さえ翻弄した、人類最後の秩序の番人(キーパーオブオーダー)にして特異点(トリックスター)

 一見親しげな、顔じゅうを歪めるくしゃりとした笑み。その実ぴりりと痺れる毒を孕んだ、危険な貌。そう、それはまさしく。


 とっておきのいたずらが炸裂したときの、現夜一期の破顔だった。


「……俺のことより、自分の心配をしたらいかがです?」

「へ?」

 笑みに気を取られた湖麻由は、瞳を揺らす。視界の左隅で、僅かに揺れるものを感じた。

 振り返ったときにはとうに、仕込みは済んでいる。

「なっ……」

 まるで繊細なレースのように空間に模様を描くのは、無数の透明なワイヤー。それが所狭しと張り巡らされ、湖麻由を包囲していた。

「――歌え、“フェイルノート”」

 左手に隠し持っていた円盤を、銃身に打ちつけた。空間が軋みを上げる。否、それは急速に巻き戻されるテグスの奏でる悲鳴だった。

「きゃあ!」

 高音と周囲を席巻する線の暴力に、さすがの湖麻由も思わず竦み上がる。物理的な攻撃などもはや何でもないが、閃光弾同様、感覚器への刺激には常人と同じように反応した。その隙に、“フェイルノート”は駆け巡る。

 奔る。

 一気に収束する。

 中心に。

 棒立ちになった女に向けて。

「‼」

 順序を無視してめちゃくちゃに巻き戻した“フェイルノート”は、糸巻きのように湖麻由を雁字搦めにしていた。

「んっ……な、」

 湖麻由はとっさに透過しようとして……透過(・・)しようとした(・・・・・・)

 自らの肉体に対して能動的に“選別”を行うことに、その違和感に、彼女は思いきり目を瞠る。

 拘束も攻撃も、オートモードで無効化される。敢えて捕まろう、傷つけられようとしない限り、湖麻由の身体は万物を擦り抜けるのだ。彼女が意図せぬ拘束など、もう十年以上されたためしはない。そもそも、彼女を縛れる物質など、この世に存在するはずが……。

 まさか、弾かれたように顔を上げる。

 正面に立つのは、強い眼をした一人の少年。先ほどまでの笑みは片鱗もなく、まさしくぴんと張られた糸のような緊張感を纏う、精悍な面差し。されどその、真剣な眼差しは、真一文字に引き結ばれた唇は、そして油断なく銃と糸を構える指先は、やはり一期を踏襲したもの。

 円盤から伸びるは、空気に透ける細く強靭な糸。爪弾くように摘まんだ手の隙間から、一筋の雫が垂れ落ちた。白磁の肌に、鮮やかな赤が映える。

 とろりとした血液が、少年の腕から伸びた糸に、そのまま伝わる。もちろん、湖麻由の服に巻きついたワイヤーにも。

 実用化に至った装備・装置に音楽関連の用語をつける《機関》の法則に乗っ取り、与えられた名は“フェイルノート”。由来は、アーサー王伝説において騎士トリスタンが用いたとされる弓。楽器の弦と一体化していたというそれは別名“無駄のない弓”。狙った獲物は一撃で仕留める、必中の装備。

 わざと大振りな動きで接近したのも、銃弾を大盤振る舞いしたのも、右側に意識を向けさせたのも、すべてはこのための布石。意識を分散させ、本当の狙いに気づかせないため。

 常人には掴めぬ【魔女】を、時幸は遂に、捕まえた。

「……っ」

 鋭利なワイヤーを素手で掴んだ代償として、左掌はずたずたになったが。それを加味しても、多大な成果だ。【魔女】にとって、【魔女の息子】の血液は天敵。少し肌に触れただけでも、たちまち溶解を起こしかねない。たとえ、産みの親であったとしても。

 湖麻由は自らの身体を見下ろした。ワイヤーはすべてカーディガンの上から縛っている。伝う血液が布地に僅かに浸み込んでいるが、肌着にまでは達していない。

「動かないで」

 【魔女】の意図を先回りした時幸が、銃口を向けた。

「何かしようとしたら、死にますよ?」

 【魔女】の瞳が、少女のように大きく見開かれる。次いで、それが悲痛な形に歪み、潤み始めた。

 湖麻由とてさすがに、あれだけのことをしでかした息子に無条件に愛されるなんて無邪気に信じられるほどお花畑ではない。故に、銃を向けられる道理は、悲しいという感情は別にしても、弁えている。

 だが、これはさすがに許せない。こんなこと、あってはならない。

「……よしなさい」

 それまでの柔らかさの籠った、どこか真剣さに欠けた声音とは違う。シャレにならない、といった様子の、鋭い口調で【魔女】は命じた。

「それは、あなた次第ですね」

 撃鉄に指を添えた時幸は、頬に汗を伝わらせ、それでもにへらと笑った。

 銃口を、己が眼球に向けたまま。

 何かしようとしたら、死にますよ? ――俺が。


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