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already dark, however still blue ‐血鎖絶ち斬れ不退の純青‐  作者: 浮城燈往
エピソード3 魔女の鳥籠
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8‐5 隠し玉

「ふわわわわ! な、なに、なんなの⁉」

 備わっている権能はあらゆる攻撃を無効化するが、それでも弱いものがいくつかある。

 特に特殊な眼を持ち、視覚に頼ることの多い彼女にとって、閃光弾は抜群の効果を発揮する。仁藤周の入れ知恵だろう。相も変わらず食えない男だ。

 ようやく目が利くようになり安堵したのも束の間、部屋の四方を揺るがすような衝撃につんのめった。床に四つん這いになり、怯えたように周囲を見回す。その姿は災害を怖がる幼女のように無防備で、とても人間を辞めた超越者には見えなかった。

 揺れが収まり、こわごわと立ち上がる。よしんば建物がぺしゃんこになったとしても無傷だろうに、驚くのは、人間だった頃の名残だろうか。

「ああん、ぐしゃぐしゃ」

 乱れた髪から一度カチューシャを外し、手櫛で整える。

「はあ、なんだったのら」

 既に、時幸の血の散らばった箇所は切り離してあるものの、小刻みな震えは収まらない。どうやら原因は“青海波”ではなく、建物側にあるようだ。

 胸を押さえる。

「……大丈夫かしら」

 ユキちゃん――時幸。

 大事な息子は戦地に出て、仁藤周や現夜一期の命令で危険なことを行い、怪我までしてしまっている。《機関》に預けた時点である程度覚悟していたこととはいえ、やはり間近で目撃すると、気が気でない。

「あんなに、血が出て。痛そうなのら。早く、何とかしてあげないと」

 ぱちぱちと、数回瞬きした後……薄ら開いたときには、その虹彩は緑に瞬いている。

「……見つけたのら」

 すぐにでも息子の元へ馳せ参じたかったが、先ほど半端に会話を打ち切られてしまった。いま彼女が現れたとしても、却って興奮させ、また無茶をさせてしまうかもしれない。

 幸い、彼はいま一人ではない。信頼できるお友達が傍にいるのなら、少し放っておいても大丈夫だろう。男の子なんだから。こんな危険な場所に、時幸だけでなく、あんな小さな女の子を寄こした仁藤には、やはり良い感情は抱けないけど。

 瞳をさらに加速させる。連動して時幸の右眼も翔けているだろう。まだ覚醒していない彼には辛いだろうが、痛みが何度も訪れるよりかは、一度で済ませてしまった方が負担は少なくて済む。果たして、目当てのものは見つかった。

「ふうん」

 地下か。どうりで上がって来るまでに見当たらなかったわけだ。

 時幸に辛い思いをさせたくない、そして《機関》、延いては仁藤周にこの塔の仕組みを開示してしまう危険性から、ぎりぎりまで眼を使わなかったことを、少しだけ後悔した。こうもあっさり見つかるのなら、わざわざ回りくどい方法を使わなくてよかったものを。徒労感に肩を落とす。

 だが休んでいる暇はない。「視た」ところ、時幸達も地下へと向かっている。あのような悍ましいもの、できれば息子には、見せたくない。

 あと一人、見覚えのない女も向かっている。どうやらこの揺れの原因はこいつらしい。なるほど、破壊ではなく分解……塔本来の機能として組み込まれた手段を用いたのか。複雑な建造物であれば必ずあるその弱点によって、“青海波”の不可侵性を突破するとは驚きだ。

 だが、些末な問題だ。だって湖麻由自身が、この塔は(・・・・)最終的に(・・・・)完膚なき(・・・・)までに(・・・)壊す予定(・・・・)だった(・・・)のだから。それまでに目的が達成できさえすれば、壊す役は誰でもいい。

「……ん」

 閃光弾の光で目が眩んでいたとき、落とさないようとっさに握り込んだ掌を広げる。

 透き通った薄青い目玉が、無言で見つめ返してきた。

 その眼差しは鋭い、比喩でなく。スターサファイアのように、虹彩を横切る線が奔っている。

「んー……こう、なの?」

 視神経乳頭に当たる部位を、指で押す。特に変化は見受けられ……否。放射状に刻まれた瞳の奥が、僅かに揺れ動いた。目を細めて覗き込む。

 狭い覗き穴の向こうには、まさに万華鏡のような景色が広がっていた。

 階段、通路、各部屋……彼女の眼が通過した場所の様子が、同時に映し出されていた。本来、彼女の頭の中にしかないはずの映像が。

「すごいのね、これ。あなたが作ったの?」

 返事はない。

人間(・・)辞め(・・)させられた(・・・・・)一期や、文句のつけようのない化け物のルスランと違って、よくもまあ、人の形を保ったままここまでの領域に至れたものね……あら」

 志緒を振り返り、目を瞬いて小首を傾げ、苦笑した。

「ごめんなさい、もう人の形じゃなかったのら」

 そう言うと、遊びに飽きた小学生が置き去りにしたボールのように打ち捨てられていた男の頭部を、小さな手で鷲掴んだ。頭蓋も脳も詰まったままのヒトの頭部はボーリングの球ほどの重さがあり、八歳児程度の力しかない湖麻由の手には少し余る。ぶちぶちと、頭皮ごと頭髪の剥がれる音がした。

「さ、あなたにはもう一仕事してもらう予定なのら」

 何の前触れもなく。

 湖麻由の靴と、それに覆われていた小さな足が、消失する。

 ゆっくりと、床に沈み込んでいく。底なし沼に嵌る人のように、膝、腰、胸と、順々に。

 数十メートルの高さも、崩壊の揺れも、彼女には関係がない。直線距離そのままに、地下へと潜っていった。


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