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already dark, however still blue ‐血鎖絶ち斬れ不退の純青‐  作者: 浮城燈往
エピソード3 魔女の鳥籠
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7‐5 悔悟

『いい加減にしろ。もう待てない』

 苛立った青年の声に、湖麻由は振り返った。

「あら」

 通信状況を表す波が、ウィンドウに浮かんでいる。そういえば中断したまま、

「すっかり忘れてたの」

『……~~っ』

 声は聞こえないが、やりきれなさが伝わってきた。

 勇気を振り絞って話しかけようとしていた早梛は、出鼻を挫かれ、呆然とする。

「あの子はどうしたの?」

『離脱した。後で命令違反として、コーラとイチジクを混ぜて飲ませる予定だ』

「ふふっ」

「……?」

 響きからなんとなくドイツ語かな、とは思うものの、早梛には話の内容までは理解できない。

『……話の内容まで忘れてるつもりか』

「そんなことはないの。ちゃんと憶えてるのら」

 【魔女】はスカートをぽんぽんと叩き、身を整えた。

「……それで? 新情報とはなんなのら?」

『……あの人が、俺達に遺した最後の依頼について。日本での極秘作戦のことだ』

「そう。それは確かに、わたしは知らない」

『……いまそこに誰がいる?』

「わたしと、あと二人」

『あなただけが聞くことはできるか?』

「一人はともかく、もう一人を移動させるには時間が掛かる。“青海波”の中だから、うまく選別もできないのら」

『そうか……後日改めて通信は可能?』

「今日中にはここを放棄する予定なの。他にも理由があるから、一所に留まるつもりはない。悔しいけど、テロリストの坊やよりも先にここを見つけていれば、こんな目立つことをする必要もなかった。どちらにしろ、あなた達とこれ以上慣れ合うつもりはない。ウッラと仲良くするつもりはないけど、余計な衝突は避けたいから」

『そうか。……《機関》にも一応記録されてるだろうけど……』

「さすがに二度目の潜伏は骨が折れるのら」

『そうか、なら……詳しいことは、××に訊くといい』

 湖麻由が、ぴくり、と肩を揺らした。

「……わたしに×はいない」

『言葉が悪かった。イチゴの××に、だ』

 相変わらず内容は判らない。だが……イチゴ。唯一聞き取れたその単語に、とっさに端末の録音装置を起動させた。ここで早梛が死んだとしても、記録が残るように。

「……ああ。……素直に話すとは思えないの。会いたくもないし。他に知っていそうな人は?」

『さあ。いや……もしかしたら、アベリツェフなら』

「似たり寄ったりなのら。……でも、まだましなの。他に情報は?」

『いや……』

 本当にネタ切れなのか、それとも、出し渋っているのか。湖麻由は肩を竦めた。

「……悪いけど、それだけじゃ取引になんてならないのら」

『そんなっ……』

「じゃあ一つだけ教えてあげる。二年以内に×××が起こるわ」

『……⁉ 確かなのかっ』

 相手の声に、焦るような響きが混じった。

「ええ。どの××が、かは内緒だけど」

 それで通話は終わってしまった。

 と。不意に、湖麻由が振り返った。とっさに身構える。

「――わたしだって」

 そこで、初めて見せる顔をした。

 唇を噛み締め、片方しかない眼で床を睨みつける。

 自分の無力を嘆く、一人の人間のように。

「……できれば、自分の子どもには自分の人生を歩んでほしいと、願っていた。わたしみたいに振り回されることのない、わたしの都合も、他の誰かの都合も関係ない、幸福な生涯を」

 胸を打たれた。目の前の人物には、先ほどまでの不気味さも、軽蔑も感じない。

 見た目通りの、非力な少女の顔で。

 精神通りの、人生に疲れた女の貌で。

「いまだってそう思っている。その気持ちに嘘はない。あの子の生き方を制限するつもりはない。でも……あの子じゃないといけないから。他の誰でもない、誰にでもできない」

 本当は言いたくない、認めたくないのに。絞り出すようにして、口に出した。

「なんでわたしが、わたしの子がって、思いもしたわ。いっそ全部放り出してしまおうかって思ったこともあった。けどやっぱり、それはできない、してはいけないの。わたし達が諦めたところで関係がない。地の果てまで行っても、どこにも逃げる場所なんてない」

 得体の知れない、触れられない、隔絶したはずの人物の。

 剥き出しの、ほんとうの感情が、このときばかりは、垣間見えたように思われた。

 だがそれは、すぐに掻き消されて、再び仮面の奥へと沈んでしまう。

「……眼を与えたのも、わたしの元で育てなかったのも、あなたにはわからない理由があってのことなの。そしてわたしは、それを教える気はないわ。赤の他人に(・・・・・)

 話し過ぎた、と恥じている様子だった。これ以上の干渉を拒むためか、最後の一言には、どうしようもない断絶が込められていた。

 それが、彼女だけでなく。早梛と時幸の間にも線を引くようで。

 悲しいとか、腹立たしいとか。何よりも。

 悔しくて、食い下がらずにはいられない。

「それ、って……」

「もう話は終わりなのら。わたし忙しいから」

 ふい、と、顔を背けようとする。

「待って」

 思わず、早梛は踏み出しかけた。

 【魔女】はきっと睨みつけ、聞き分けのない他人の子どもを叱るように、吐き捨てた。

「……これ以上邪魔する気なら、わたしも容赦しないけど」

 空気が重くなる。彼女の【眷属】が主の感情に呼応しているかのように。実際、湖麻由は苛立っていた。それまでの、どうでもいい、目の前の小娘など生死を含めてどうなろうと構わない、という様子をかなぐり捨てた。

 【魔女】としての権能を振りかざし、早梛に明確な敵意を向けていた。

 やろうと思えばそれこそ、あっさりと殺されるだろう、という予感はある。怖いとも思うし、死にたくないとも思って、謝りたくなる。

 けど、目を逸らせない。逸らしたくない。

 逃げてたまるか、という意地がある。時幸と相棒でいるために、この人との対峙は避けて通れないという、確固たる意志が芯のように、彼女をいまこの場に立たせている。

 その一方で……触れられたくない、近寄らないで、と、むしろ湖麻由の方が怯えているようにも、思われた。

 そっとしておきたい、と、早梛自身の希望も含めた逡巡が過る。同時に、それ以上に。

 放っておけない、という、目の前の相手に対する……自分を殺すかもしれない相手に対して、ある種の心配のような気持ちが芽生えていた。

 一触即発。ほんの僅かな弾みで、少女の命は花のように摘み取られる。そんな、凍えたプレッシャーに。

 罅を入れたのは、同じく凍てついた声だった。

「動かないで」

 同時に、撃鉄を起こす、微かな音。

「早梛さんに、近づかないでください」

 冬湖のように揺らぐことのない瞳と銃口を、自らの母親に向けて。

 時幸が、そこにいた。


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