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already dark, however still blue ‐血鎖絶ち斬れ不退の純青‐  作者: 浮城燈往
エピソード3 魔女の鳥籠
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7‐4 サクリファイス

 一目見て初めに連想したのは、博物館や図書館の音声案内だった。

 成人の腰ほどの高さの台で、上面は斜めに傾いている。表面にボタンが幾つかあって、押すと展示品や年表などの説明が音声で再生される。子どもの頃、おもしろがってぱちぱち押しては、やんわりと一期から窘められた。

 任務、訓練、そして自主的な調べ事など、多忙を極める一期が、たまの休みに連れて行ってくれたのが近隣の博物館や美術館だった。世間を知らない時幸に社会経験をさせようという、彼なりの配慮だったのだろう。

 少し考えればもっと年頃の子どもが喜びそうな場所はたくさんあった。だが、当然子育ての経験などあるはずもなく、また一期自身、いささか特殊な環境で育ったため、彼にしては珍しく、そこまで頭が回らなかったらしい。

 それでも、世界中を旅していたとはいえ、滞在先では殆ど隠れ住むようにしていた、母親が出掛けている間与えられた一昔前の特撮のビデオを観るのが唯一の娯楽だった時幸にとって、師匠が貴重な休みの時間を割いて連れて行ってくれる施設巡りはなかなかに刺激的だった。

 時幸が過去に思いを馳せている間にも、メリサはすたすたと装置に近づき、淡々と作業を開始していた。この小ぶりなコンソールで間違いないらしい。

 手を翳すと、平べったい装置の表面から一枚一枚捲れるようにホログラムディスプレイが浮き上がり、彼女を取り囲む。

 我に返ると、そっと腰からJ・Rの一つを取り外し、先端を少しだけ抜き放った。認証解除のため、メリサの手の拘束具は外してある。装置を正常に停止させた後、すぐに再拘束を施せるよう備える。

「……完了」

「えっ、もう」

 たった三十秒ほど装置の前に立っただけで、メリサはくるん、と身を翻した。イレギュラーが起きたとはいえ、あれだけ入念に支度したにしては、拍子抜けするほど呆気なかった。

 俄かには信じられず、思わず一歩、装置へ踏み出しかける。

 その、刹那。

 不可視、そして不可避の刃が、四方八方から少年目がけて舞い上がる。寸前に。


 ――“花に風・一切散花”!


 きいぃぃぃん、と甲高い音が谺した。

 時幸を中心とした空間を蕊とするように大輪の花が咲き誇る。否、花を描くような軌道で高速の線が乱れ飛び、その衝撃で彼に迫りくる攻撃を相殺した。

 同時に、巧妙な擬態によって施設の壁や柱に取りついていた“籠の中の小鳥”・クイーン、二十機弱が、力なく落下する。カシャン、と軽い音を立てて床に落ちた。敵に攻め立てられ、もはや亡びを待つしかない国の君主が思わず玉座に頽れるように。

 メリサは停止したドローンを一瞥した。中央、ほんの僅かに突起している制御系が、等しく破壊されている。

 中心に佇む少年は、左手に円盤状のものを持っていた。右手には手袋を嵌め、奇妙な形に指を曲げている。さながら、弦楽器を爪弾くように。……いや。

 正確には、時幸は右手で何かを掴んでいた。脅威が去ったことを察し、手を放す。再び鋭い音が甲走った。

「……鋼線?」

「正確には、《機関》が独自開発した次世代型強化繊維、“フェイルノート”です」

 軽く左手の、J・R本体を振ってみせる。針同士を擦り合わせるようなしゃらしゃらという音とともに、少年の足元で、光の粒が瞬いた。よく目を凝らすと、数本のワイヤーが垂れ落ちている。

「…………」

 かつて一期が、彼女を捕らえる際に使用したと思われるものの正体を、五年越しに知ったメリサが時幸を見た。照明の光の加減なのか、虹彩は膜のような白い光に覆われていて、視線の向きも感情も伺えない。しかしそれでも……僅かに、心の揺れがあったように、時幸には見えた。

「……壁の罠だけでエージェントを始末できると、小里川志緒が考えるとは思えませんでしたからね。装置を解除した直後が一番無防備で、仕留めやすいでしょうし」

 手の中で転がすリール部分には、管楽器のような突起が幾つかある。その一つを軽く弾くと、ワイヤーのうち一つが、狙撃された野鳥の断末魔のような音を立てながら円盤内部に帰っていく。同じように他のワイヤーも、順を違えぬように気を遣いながらしまっていった。

 一応まだ周囲を警戒しつつ、装置に近寄る。メリサの言うように生体認証が解除されているのを確認し、ようやく一息吐いた。

「……早梛さん」

 出入口付近に彼女の姿はなかった。ならここで待っていると思っていたが見当たらない。

 部屋の中央には太く屹立する柱があり、その表面にはモニターが嵌め込まれている。生体認証装置の横に備えつけのキーボードがあったので、軽く弄った。鈍い音とともに電源が入り、モニターに施設内部の様子が表示される。

 監視カメラの映像でもないかと見回したところで、各部屋の用途を表示するテロップに気がついた。期せずして正確なこの施設の情報を得た時幸は、思わず目を瞠る。

「は……」

 一瞬、呆けた。が、我に返ると、憑かれたようにキーボードを叩く。各所の名称を拡大し、装置の運用状況を一瞥し、それらが正常に稼働可能であると確認すると、「……くっ」と、拳を打ちつけた。

「なんなんです……なんなんです、これ」

「瞭然。見れば判る」

 メリサが衰えた、されど手慣れた指で操作し、その事実を次々裏付けしては時幸に叩きつけた。

「否定。『不破の時計塔』の本来の用途は通信管制塔ではない」

 世界中の電波乗っ取りなど、一端に過ぎない。

 この塔の設計目的は、波を飛ばすこと。エネルギー源さえ確保できれば、世界中、どんなところにでも、どれだけの範囲にも、自由自在にばら撒くことができる。理論上は超音波でも衝撃波でも、他国を侵略できるあらゆる攻撃を仕掛けられる軍事基地になりうる。

 だが設計者は、仁藤要は、それを目論んでこの施設を建てたわけではなかった。ここから全世界に送信することを想定していたのは、電波でも音波でもない。

「解析。『不破の時計塔』は、然るべき時期に然るべき対象によって、特殊な脳波(・・)を送信するために作られた」

 モニターに表示された真実を、メリサは淡々と読み上げる。

「本来の機能、その神髄は全人類を対象とした、大規模洗脳装置(・・・・・・・)である」

 毟り取るように端末を取り出した。普段の彼とは大違いの乱暴な手つきで、されどそれを自覚する暇もなく、焦燥そのままに相棒の端末を呼び出した。しかし、待機中のランプが虚しく点滅するだけで、一向に繋がらない。

「くっ……早梛さん」

 誰に向けたわけでもない苛立ちだけが募っていく。

 一刻も早く早梛と合流しなくてはならない。その上で彼女を逃がし、速やかにこの施設を破壊し尽くさなくては。国際社会の均衡や《機関》の隠し事などどうなっても構わない。たとえ“青海波”を殺すのに時幸の血を費やしてでも、その結果失血死しようとも、何としてでもあの女の目論見を砕かなくてはならない。義務や義憤ではなく、恐怖に突き動かされていた。

 悔しいが、早梛との連絡が絶たれている、という事実は飲み込まざるをえない。使いものにならない端末を、布地が破れるのではないかというほど乱雑にポケットに突っ込むと、再びキーボードに齧りついた。

 不意に、ぱっと、地図上に複数のランプが点灯した。赤い点が二つ、現在地で振動している。一念が通じたのか、施設内部の生体情報が表示されるようになったようだ。

 ほっと安堵しかけたのも束の間、時幸は目を疑った。

「なっ……どうして」

 赤い点が一つ、階上へと上がっている。三階に辿り着くと、迷うように左右に揺れながら、中央へと向かっている。その先には赤い点が二つ。うち一つには、マーカーで「被験体63番(Komayu・F)」と記されていた。

「~~っ」

 心臓を押さえる。頭を振る。動揺も不安も、疑問も焦燥も掻き立てられるが、焦っているときほどクールになれ、としつこいくらい教え込まれた。落ち着けるか、と心の中だけで悪態を吐きつつ、深く深く、息を吐き出す。

 部屋には来た道とは別に、施設各所への連絡通路が通っている。冷静に操作すれば、扉の施錠は楽々と解除できた。道が開けるや否や、転がるように通路に飛び込むと、昇り階段目指して駆けだした。

 置き去りにされたメリサは、首を傾げると、自らの両手に目を遣った。確かめるように、軽く握って、開く。焦りで周りが見えなくなっていた時幸は、テロリストに再拘束を施すのを失念していた。あまつさえ、置き去りにした。

 自分が自由の身であることを確認すると、メリサは目を瞑り、肩を竦めた。不用心な少年に呆れるように。

 一歩、踏み出す。萎えてはいるが、脚は自在に動く。くるり、とその場でターンした。飾り気のない拘束着の裾が、僅かにはためいた。ぴたりと止まると、低い声に、少女のような甘い響きを乗せて、口に出した。

「コード・サクリファイス」

 刹那。

 中枢を破壊され、停止したはずのクイーンが、ぶるり、と震えた。次いで、酔歩のように大振りに、左右に揺れる。

 束の間の、沈黙。

 五秒後。

 一斉に爆発した。そういうふうに、見受けられた。

 クイーンの外装が一挙に剥がれ落ち、旧い殻を辺り一面に弾き飛ばした。ばらばらと金属片の散らばる音がそこら中に転がる。

 余計な外身のなくなったドローンの中には、ガラクタが詰まっていた。釘や螺子や板らしきものが、千切られた臓物のように力なく床にのたうっている。

 派手なわりに威力のない自爆。その装置の仕組みを知らぬ者からすれば、落胆を禁じえない眺めだろう。だがメリサは、次に起こることを知っている。

 果たして、木端の山は独りでに蠢きだした。磁石に誘導される砂鉄のように一続きになり、ゆらりゆらりと持ち上がる。ある種の蟲めいたグロテスクな動き。そのまま捻れ、固まり、薄く広がり、まったく違う機能と様相を象った。

 “籠の中の小鳥”・キング。

 その姿を見たことのある者はあまりいない。クイーンが破壊されることを前提に、内部に詰め込まれたナノマシンが反応し、再形成することでしか誕生しない、“檻姫”の最終兵器。

 凶悪かつ繊細な形態と化したドローン兵が、羽繕いを終えた鳥のように次々に飛び上がり、女の周りに集結する。

 メリサは――。

 ――そこで、艶めくような笑みを浮かべた。


 かつて、女は言った。自分は人形だと。誰かが使い、道を示さない限り、動かないと。そしてそれは、確かにそうだった。このときまでは。

 五年ぶりに動かしたドローンとともに、彼女の中で何かが切り替わっていく。

 そこに、それまでの生気のなさはなかった。

 かつて、一期の前での彼女は、風雅と優雅を重んじる観賞用のアンティークだった。

 幽閉されている間は、飽きられて作りかけの状態で放置されたカスタムドールのように無気力だった。

 ならば、いまの彼女は何と形容すべきか。

 殺戮人形。

 一切合切を抹消する、心のないマシーンだろう。


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