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already dark, however still blue ‐血鎖絶ち斬れ不退の純青‐  作者: 浮城燈往
エピソード3 魔女の鳥籠
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*第6章* 6‐1 監察部部長

 嫌だなぁ、とおどけながら、それでいて無為な時間を過ごすことに心の底から塞ぎ込みつつも、幹部会に出席するべく《機関》総帥は回線から離脱した。

 本来なら続岩も幹部会に出席するべきなのだが、今回はパスさせてもらった。彼の出欠で何かが変わるような話し合いでもない。それよりも、いまは……。

 熱田も外れて二人きりになった回線の向こう、繋がったままのウィンドウ越しに少年を見た。

 時幸は車椅子に座らされ、東海区の研究者数名に囲まれながら運ばれている。四肢はバンドで縛められ、身体の自由が利かないようにされて。表情からは不服の欠片も見当たらない。このような扱いに慣れているから、というのは、少し違う。いまはむしろ、自分はこうなるべきだと納得しているような。或いは罰を与えられたがっているように、見受けられた。

「……」

 掛ける言葉に迷う。

『……わかっています』

 何も言わない続岩に察したのか、言い捨てるように呟いた。

 ゆるゆると首を振る。

 ――交渉事では感情を表に出してはいけない。たとえ恋人の仇だろうと、努めて平静に相対しなければならない。自分の態度一つで優位も情報も、それどころか組織や死者の面子さえ奪われる。

 一期が常日頃から心掛けていた言葉であり、実際彼はどんな駆け引きでも成立させてきた。それこそ恋人の仇である……そしてある意味で、親友の仇でもあるあの女相手だろうと。

 師の教えを全うするどころか、忘れるほどに頭に血が上っていたこと。それを誰よりも、時幸自身が恥じていた。そしてそれ以上に……悔しく思っていた。

 一期の死の真相をちらつかされて、冷静さを保つことができなかったのは事実だ。依然として早梛の身が遠く離れた場所で連絡もつかず、焦れているのも本当。であるにもかかわらず予期せぬ足止めを喰らい、気が弱っているのもある。だが、何よりも……それらすべての根底にあるのが、あの女への情だということ。

 恐怖にしろ、警戒にしろ、或いは愛憎であっても。

 時幸の心は、あの女の息子であるという事実を、拭い去ることができていなかった。

 先に自分を捨てたのは母親だと、だから自分も縁を切ったと、周囲にも自分にも言い聞かせてきたくせに。蓋を開ければ結局、いまでも時幸はあの女に囚われている。いや、あの女にそのつもりがなかったとしても、時幸の方から寄りかかっている。いまでも、……いまさら、捨てられることを怖れている。

 それが――みっともなくて、悔しくて、仕方がない。

 少年にその自覚があると判っている以上、続岩に彼を叱ることなどできはしなかった。その資格もない。本来なら、たとえ時幸がどれだけ落ち込んでいようと、あと一押しで打ちのめされることになろうと、彼を諫めなくてはならない立場にある人物は、先ほどの通信の最中、なぜか離脱してその後の連絡がない。

 なので、時幸のケアは彼一人に預けられている状況である。が、やはり、何よりも自身の言動で傷つけられた少年に、掛ける言葉が見つからない。

「……ごめんな」

 さんざん悩み抜いた果てに出たのは、そんな陳腐な言の葉一つ。

『どうして、あなたが謝るんです?』

 動かないように固定された少年は、通信ウィンドウを見上げて軽く笑った。おそらく自分はひどい顔をしているのだろう。

「おまえに、何もしてやれない。俺の方が大人なのに、何もできない。いまだって、おまえがもう一つひどい目に遭おうとしてるっていうのに、止めてやることもできない。信じてやれって訴えることも、代わってやることもできない。それどころか、嫌なこと押しつけて、命令する立場だ」

『なに、言ってるんですか』

 無力さについ弱音を吐いた。そんな彼を、いまもまた大変な目に遭っている途中だというのに、年下の幼馴染は気遣った。

『いまここに、知ってる人がいる、話してくれてるってだけでも、だいぶ気が楽になりますよ。それに、あなただって随分理不尽な目に遭ってるじゃないですか。あの仁藤さんの秘書なんて、いくら積まれたって俺だったら御免です』

 総帥秘書は吹き出す。

『人間椅子とか、糖尿病不可避コーヒー強要とか、ほんと、あの人、秘書の人権なんて考えてないですよ。山本さんが辞めたのも大方あの人のパワハラが原因でしょ』

 さらにくすくすと笑う。心なしか、時幸の表情も柔らかくなった。

「本人はやりたいことがあるって言ってたけどね」

『そうでしたっけ。でも、ほんとに偉いですよ。秘書だけじゃなくて監察部の仕事もこなしてて。琴羽さんも「あいつは仕事が早い」って褒めてましたよ』

「ほんとに? 言われたことないけど」

『あの人は滅多に本人には言いません。早梛さんにだって……』

 そこで、彼女がいまどういう状況なのか思い出したのか、時幸は言葉を切った。ほぼ同時に、続岩の回線に新しいウィンドウが浮かぶ。

「お、いまちょうど本人から連絡が来たぞ。んー……」

 時幸も、琴羽が通信から離脱したのは不穏に思っていたのだろう。そこからでは見えるはずもないのに、首を伸ばして覗き込もうとする。

「噂をすれば影、だな」

『?』

 続岩は感情を表に出さない術に、時幸より遥かに優れていた。そうでなければ総帥秘書と監察部部長を兼任などできはしない。

「さっきの通信の途中から、神橋さんと回線が繋がったらしい」

『‼ ほんとですかっ』

 身を乗り出しかけ、椅子の拘束に遮られた。

 頬を上気させた少年に、判りやすいな、と微笑む。

「いますぐ話すか?」

『はい、お願いします』

 回線を開けてやる。塔内部との通信状況はオールグリーンだ。どうやら【魔女】はまだ他組織と話すつもりらしい。

 入れ替わるように自身は回線を離脱した。笑みは浮かべたままだった。

 ウィンドウが完全に閉じたのを確認した瞬間には、仕事人の顏になっている。

「監察部権限を行使、《機関》本部第九管理システム“喜びの歌”起動。同時に、回線記録の開示を開始」

 琴羽から送られてきたメッセージ。早梛と連絡がついたという報せの後に記された、怪訝な依頼。

 組織内部の通話履歴の一覧を呼び出すと、手慣れた様子でプロテクトを解除し、余計な情報を剪定していく。洗い出しは五分ほどで完了した。

 浮かび上がってきた人物名を琴羽に送信する。

「なんで、常務部部長が……?」


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