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already dark, however still blue ‐血鎖絶ち斬れ不退の純青‐  作者: 浮城燈往
エピソード3 魔女の鳥籠
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5‐7 湖麻由の思惑

「ユキちゃんが~会いに来る~テンションフォルティッシモなのらぁ♪」

 幼い子どもそのもののようにぴょんこぴょんこと飛び跳ねて、全身で喜びを表す。

 でもこのおばさん四十二歳なんだよな、と志緒は冷めた目で見つめていた。

 ひとまずメリサはこの施設に来るらしい。だが当初の予定とは大幅に狂ってしまった。この化け物が巣食っている以上、彼女の身の安全は保障されない。おそらく志緒も殺されるだろう。この女が、おそらくはまだ隠し通したいであろう情報を隠さなかったということは、つまり、そういうことだ。

 ふ、と失笑を洩らす。その事実に思い至ったことが、却って志緒を冷静に、同時に無謀にさせた。

「おばさん、おばさん」

「むう」

 喜びの舞を中断されたためか、おばさん呼ばわりされたせいか、やや不機嫌そうに湖麻由は振り返った。その拍子に、まだ踊りの余韻を残した前髪がはためいて、彼女の顏の欠損を晒す。

「さっきの話だけど」

「ああ。途中だったのら」

 先ほどまで志緒が座っていたメインオペレーションシートによじ登った。

「……何の話だったかしら」

「このイカレた塔の由来だよ。あんたは利用するつもりが、利用されるんじゃないの」

「ああ、そんな話だったのら」

 前屈みになって両膝にそれぞれ肘を乗せ、指と指を突き合わせた上に顎を乗せる。

「あなた、この世界の中心が自分だと思ったことはある?」

 質問の答えになっていないどころか、逆に問いかけられた。

「いや……ないけど」

「そう。まあ、犯罪者なんてままならないって、ルスランも言ってたのら」

「あんたはどうなの?」

「ないのら」

 【魔女】はぴしゃりと言い捨てた。

「誰だって、この世界どころか、自分の世界の主ですらないもの」

 椅子からひらりと飛び降りた。見た目通りの、万能感に溢れる年頃の少女のごとく。

 ふわりとスカートが捲れ上がり、幾重にも重なったレースのパニエが綿の海のように広がった。そのまま、その場で停止する。床までの距離、二十五センチ。

 一型の性質は“選別”。触れたいものを自在に、一方的に選び取ることができる。

 言い換えれば、常人には触れられないものにだって、彼女は触れられる。

 空気を“選別”した湖麻由は、空中で静止したまま、ふぅ、と乙女のような溜息を吐いた。

「……なんてことない」

 とんとん、と、エナメルの輝く靴で、何もない足場を蹴りつける。

「なんてことないの。こんなことができようと、ままならない。……昔からね、自分に何かできると思ったことはないの。孤児院を卒業したときも、【魔女】として目覚めた後も、自分が大した奴だ、なんて思ったことはない。むしろこんな程度かって、何度も何度も絶望した。いままで知らなかったこと、できることが増えれば増えるほど、制限も増えて、そのうち限界はあっという間に目の前に来た」

 こつん、と、一歩足を踏み出した。

「全部どうでもいいと思ったことも何度もあるの。何も責任なんてない、投げ出しちゃえって。でも、そうしたところで、不愉快の種類が変わるだけ」

 空中を踏みつけて歩きながら、女は徐々に下降する。硝子の階段を降りるように。

「……何が言いたい」

「つまりね」

 息を吐く。

「利用する、されるという考え方そのものが無駄なの。だってこの世界に、利用する側の人間なんて、ただの一人もいないのら」

 女は、【魔女】は、湖麻由は、薄らと笑った。いまにも泣き出しそうなのに無理に笑みを浮かべるような、歳月を重ねた大人にしかできない表情を、幼い少女の顏で。

「そうじゃなきゃいけないの」

「……だから、キミは」

 その、何とも痛ましげな、悲痛な顔を見て。

 志緒は、後などない、終わりゆく男は、何を思ったのか。

「だから、子どもを産んだのか。自分にできないことを、成し遂げさせるために」

 泣きそうな顔が、驚きと、感嘆にとって代わる。

「……ええ。……そうね」

 切なげな眼差しはそのままに、それでもどこか、嬉しさのような、やはり寂しさのような。

「自分が大したことをした、と思ったことはない、けど、あのときばかりは」

 仄かな希望の滲む顔で。

「嬉しかったわ。嬉しかったし、誇らしかった。それまでの人生すべてが帳消しになるくらい」

 幾度となく人類に傷つけられ、世界に裏切られ。落胆し、失望し。自分自身さえ打ち捨てた女が。

 このときばかりは、僅かに。ほんの少しだけ。掬った雪が融けるまでの間のような、微かな刻だけだが、それでも確かに。

 微笑んだ。

 本心を隠すためのふざけた笑みではない。泣くのを堪えて形作る笑みでもない。けして幸福とはいえなかった人生で、それでもあった穏やかな時間を思い起こして。

「……そしてやっぱり、絶望したわ。あの子にじゃない。あの子を取り巻く環境に」

 女は、顔面に漂っていた寂しさの翳りを濃くさせた。

「できることなら、汚いこととも悲しいこととも無縁な、安らかで幸福な人生を歩んでほしかった。……でも、それは叶わないの。そのために、あの子は生まれたのだから。他の誰でもない、ユキちゃんにしかできない」

「……何を、させるつもりだ?」

「――決まってる」

 女は床に降り立った。

「英雄が生まれてくる理由なんて、いつの時代も同じなのら」


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