5‐4 塔との通信
ピピピ、と、何度目かの事務的な機械音が、薄暗く広い空間に幟のように突き立った。
同時に展開された真新しいスクリーン、そこに表示された送り主を確認するや否や、細く短い柔い指が伸びる。ふくふくとした天使のような手が、そぐわぬ無慈悲さでもって生まれたばかりのスクリーンを葬った。
オペレーションシートに腰掛けた人物は、もう一、二時間ほど、同じ動作か、そうでなければコンソールをあてもなく弄る作業を繰り返している。その間世界各所より舞い込んだ通信は数え切れないほどだが、ほぼすべて無視していた。稀に繋げることもあるが、一言聞いた瞬間に遮断してしまう。
「はぁ、つまんないのら」
宙に浮いた足をぶらぶらさせながら、椅子の主は大仰に溜息を吐いた。
見た目だけなら、否、仕草も、幼い子どもそのもののような小柄な人影……【第一魔女】、富良賀湖麻由。その姿だけを見たならば、世界中を恐慌に陥れた人物だなどと誰も思わないだろう。
……いや、確かに彼女は、彼女が作り出した【眷属】は、人類に混乱と、どうしようもない敗北をもたらしはした。一方で、【魔女】側に多大な影響を及ぼし、人類側に形勢を立て直す機会を与え、結果的に一時的な平穏と今日の均衡を作り出した。
人類の味方ではない。十九年前、まさにこの塔を覆い尽くしている“青海波”を生み出して以来、彼女の【眷属】が踏み潰した人命、破壊した都市の数は計り知れない。
一方で、同胞であるはずの【魔女】の味方とも一概にはいえない。【第二魔女】ドロシーが人類絶滅を企てた際は彼女を殺害してこれを阻止し、【第三魔女】閻緑蝶とは幾度となく衝突している。かといって【魔女】間での派閥に属している様子もなく、【第四魔女】と懇意にしていると聞けば、彼女の天敵であるはずの【第六魔女】とも繋がりがあるという。【魔女】間の調停役を買って出ているというわけでもない。
何にも属さず、誰の味方でもなく、強いていうならば己の快楽と欲望に忠実。何の前触れもなく表舞台に現れては事態を掻き回せるだけ引っ掻き回し、飽きるように姿を消す、を繰り返す、そんな印象だ。
いや、常人には判らないだけで、彼女なりの信念や何か長期的な計画のために動いている可能性も否定はできないが……少なくとも志緒には判りかねる。
彼は床に力なく伏している。いまのところ特に危害を加えられてはいない。せいぜい身体の中を擦り抜けられたくらいで、掠り傷一つ、どころか拘束すらされていない。何もできないと思われているのだろうし、事実、もはや何をする気も起きない。志緒が何をしたところで、彼女を傷つけることなどできはしない。
同様に、“青海波”によって建物がすっぽり覆われている以上、【魔女】の許可なく塔から脱出することも不可能となってしまった。文字通り“青海波”の腸の中にいる以上、どこへ逃げようとも【魔女】の掌の上だ。
それに……元より、志緒にこの塔を出る意思はない。この塔を発見して以来……その設立目的を解明して以来。
「……はぁ」
通信が途切れたタイミングで、再びコンソールを操作する。モニターが次々に空中に投影され、塔内部の動力状況や各数値を表示する……が。
「うーん、おかしいのら」
先ほど志緒が見ていたような、塔内部の詳細や、各所のリアルタイム映像が映写されないのである。ぱちぱちとキーボードを叩くが、湖麻由の望む画面は現れない。
「ああもうっ」
八歳児相当の小さな拳で、コンソールをがつんと叩く。一昔前の電化製品じゃあるまいし、それで直るはずがないだろう、そもそもこの塔内部に……監視カメラはおろか、映像機器の類は、一つも置かれていない。
湖麻由は首を傾げ、再びコンソールを叩き、また苛立ったように髪を掻き、ふと後ろを振り返った。
「……」
「……」
長い前髪で半ば隠れてはいるものの、見た目幼女の顔の半分に洞が空いている光景は直視に堪えられるものではない。故に目を瞑っているのだが、どうやら気絶していると思われたらしく、それも放置状態に一役買っていたようだ。だがそろそろ、いい加減ごまかしも利かなくなる頃だろうか。
「……起きてるのら?」
「……さっきから」
寝ているのにも飽きて、遂に答えてしまった。
「思ってたんだけど。随分騒がしいね。発達障害なの?」
「むぅ。ひどいのら。あんまりなのら」
愛らしく頬を膨らませるが、志緒の眼には映っていない。
「じゃあ更年期障害?」
「……わたし、まだ四十二だけど」
「なら、年齢に見合った落ち着きを持ったらどう? 見た目に合わせるの、痛々しいんだけど」
志緒は経験上、これまで多くの要人と接触してきた。この一見幼子のように振る舞う女が、実は年相応に……いや、並大抵の四十路の女よりも強かなことも、見抜いている。
はあぁ……と大仰に溜息を吐いて、湖麻由は椅子ごと向き直った。
「……そういうあなたこそ。人と話すときは目を見て話しなさいって、お母さんに教わらなかったの?」
「さあ。忘れた」
言いつつ、薄目を開ける。
「母親とか、記憶ないし。ボクにとって重要なのはメリサだけだよ」
「メリサ?」
「そう。ボクの女神。理想の女性」
「へえ。素敵ね。この広い世界、限りある生涯で、そんな人と巡り合えるなんて」
「巡り合ったんじゃない。ボクが作ったんだ」
湖麻由は一つしかない目を瞬かせた。小首を傾げ、志緒の次の言葉を待っている。
「ボク好みの女になるように、手をかけ、愛を注ぎ、丹精込めていまの形に完成させたんだ。ピグマリオンにとってのガラテアのようにね」
「……」
「あれ。あんたは軽蔑しないの? 大体の奴はこういうと、汚物でも見るように蔑んできたんだけど」
「ああ、うん、そうね……。引いてるのは確かなのら。ぶっちゃけお友達にはなりたくないタイプなのら。でも、もっといろいろやばい奴を知ってるし、拒絶はしても批判はしない……できない」
「? できない、って」
「似たようなこと、しちゃったから。わたしも、ミネットも」
「あれだけ嫌っていた要と同じことを。よりによって、要の夢を砕くために」
言うと、相手はつ……と、目を細めた。
「ここに来るまでに、たくさん人を殺した。わたしをこんな身体にした人。わたしを怖れた人。命令で殺しに来た人。奪おうとした人。でも、間違った殺人だと思ったのは、あれが初めてだった」
幼い子どもの顏に、人生の辛酸を舐めさせられ尽くした女の後悔とやりきれなさが、垣間見えた気がした。
「自分の身を、我が子を守るためじゃない。尊厳の回復だとか憎しみの捌け口ってわけでもない。気まぐれでさえなくて……ただ単に『この人に、生きていてほしくない』って思った。どれだけ無駄で無意味でも、手にかけることでわたし自身が穢れると判っていても……殺さずにはいられなかった」
ゆるゆると首を振る。どこまでが演技でどこまでが本心なのか。人の心を散々弄り尽くし、翻弄した志緒でさえも境界が曖昧に見えるほど、いまの彼女は不安定に己の内を晒そうとしていた。一抹の興味を覚え、さらに言葉を投げかける。
「仁藤要……この塔を占拠したのも、その夢とやらを砕くために?」
「ええ。だから、この塔の中枢を一刻も早く押さえたいの。協力してもらえる?」
お願い、と手を合わせ、かわいらしく頼み込む。だがそこに、一秒前までの葛藤ややり場のない諦めはなく、子どもの化けの皮に再び覆われている。そして、見抜いている以上、引っかかりはしない。つ、と顔ごと目を背けた。
「言っただろ。ボクの行動の根拠はメリサだ。彼女が絡まないなら、どんな行為にも意味はない。つまりはめんどくさい。ボクの労力はメリサのためにある」
「むう」
つまりは、協力するつもりはない、と言われ。湖麻由は呆れ、膨れ、少し上方に目を向けて。そして、ふ、と息を吐いた。
「……でもそれ、ちょっといいことだと思うの。彼女を形作ったのはあなたでも、支配しているのは彼女の方なのね。あなたは彼女の虜であっても、彼女はあなたの所有物ではない」
「偶像との健全な関係だよ」
心底彼女に惚れている。そう言わんばかりの充足感に満ちた表情を、こんなときだというのに志緒は浮かべた。否、こんなとき……自分の命が他人に握られているときだからこそ、たとえどんなことがあろうとも、推しへの愛を貫こうと考えたのかもしれない。
「……ふぅん」
何か思うところがあったのか、陶器人形のように幾重ものフリルに覆われた繊細な胸元に、【魔女】はそっと手を遣った。
「……訊いてもいいかな」
「なに?」
志緒は、殺されると判っているため、覚悟が決まったというか、ある意味怖いものなしになっていた。冥途の土産のつもりで、この女から少しでも話を聞き出してみたい、という欲求もあった。
「この塔ってさ、あんたが利用するために作られたの? それとも……あんたを利用するために、作られたの?」
男の問いかけに、【魔女】はふりふりした幼女服に包まれた華奢な肩を揺らした。
「利用、ねえ……」
愛らしいショートボブの頭をこてん、と傾げる。
「……あなた、」
しかし。
言いかけたところで、再びの機械音が鳴り響く。
【魔女】は振り返った。発信元を一瞥しただけで、どの組織からか容易に判別はつく。だが、申告制の通信者の欄に目を留めて……彼女は、志緒の前で初めての感情を晒した。
動揺。懐古。畏怖。躊躇い。愛憎。戸惑い。そして――僅かな怒り。
志緒のことを脅威と思っていないせいか、それまでの人生で学んだ処世術なのかは知らないが、幼児の振る舞いの中にも、湖麻由は彼女自身の本心をたいして隠してはいなかった。だが、それでもここまで様々な心の内を剥き出すとは想定していなかった。興味を惹かれ、画面に目を遣る。短い記号の連なりが表記されているだけだ。
『……I・Rの「キ」から「ハク」へ』
一つしかない瞳を揺らしていた彼女は、やがて、短い指をウィンドウに滑らした。回線が繋がれたことを示す緑色のランプが点灯する。
『…………』
「…………」
通信が繋がったのは確かだが、何のやりとりも開始されない。湖麻由もだが、相手も、通信を送ったはいいが、いざ繋がると言葉を交わすのに逡巡しているらしかった。
『……まずは、感謝を。通信要請を受理して頂き、ありがとうございます』
濡れた木の葉を破かないように捲るような、慎重な響きが、薄暗い部屋にもたらされた。
若い男の……青年にはなりきっていない、未成熟の声。
「確かに、あのコードを使われたら、わたしに拒否する権利はない。そういう約定だったから。……でも、本人以外が使った場合も有効とは言ってない。その可能性も一緒に教わらなかったのら?」
対する湖麻由の声音もまた、先ほどまでの弾む調子はなく、相手を試しているような響きを帯びていた。
『ええ』
音声だけのやりとりだというのに、通信の相手の様子には蛇に睨みつけられたような緊張感が漂っている。
『ですが実際、こうして対話に応じてくれているでしょう?』
「……まあ、一応、義理は通さないと。でもいつ切るかはわたしの思うがままなの」
何者かは判然としないが、仮に通信士が声のとおりの若者だとするなら、その齢にしてはなかなか食いついている方ではあるだろう。
『待って。どうか話を聞いてほしい……です』
「よろしい」
だがそれでも、老獪で危険にして気まぐれな四十二歳の女に敵う相手ではない。
『……確かに、いまの俺に、あのコード以外にあなたの興味を引けるような交渉材料は用意できないかもしれない。けど逆に、あのコード自体があなたへの切り札である、とも言える』
「ふうん」
床には降り立たず、足の長さの合わない椅子に腰掛け直す。
「アレがどういう意味を持つのか、そこまで教わってるの。で、どうする? わたしを脅そうとでも? 別にアレがばれたって、わたしに失うものは何もないの」
『……確かに。あなたと彼の関係を暴露することは、日本の一部界隈を騒がせることはあっても、あなたにはたいして痛くも痒くもないかもしれない。むしろ俺の組織にとっても、俺個人にとっても好ましくない事態になりうる。じゃあ、折角もたらされた情報をどう活かすべきか。……俺なりにそれを、ずっと考えていた』
通信の向こう側で、緊迫した空気が固まっていくのを感じる。
先ほどとは違う。【魔女】と話す重圧ではなく、次の言葉を接ぐことによって決定的に生まれる変化に怯えている。おそらくはその事実を知って壊れてしまった何かを、それでも大事にしてきた一縷の希望を。他でもない自分が台無しにすることへの忌避と、覚悟が、ひしひしと少年の胸を責めている。
判っているのだ。言わないといけない言葉がある。
判っていたことだ。その問題から目を逸らし続ける限り、どれだけの交渉をこなそうと、組織内で地位を上げようと。彼は結局、一歩も前に進むことはできない。
意を決し、軽く息を吸い込んだとき……。
『初めまして! コマユ、だっけ? 奇妙な語感よね』
第三の声が割り込んだ。
弾かれたように、通信を聞いていたすべての者がその主に集中する。
だが最も狼狽えたのは……他でもない、傍らの若者だった。
『ぶぐぉっ……っ、ぁ、……はぁ、っ、っ、ぜ、』
吸い込みかけた息をうまく処理できず、思わず噎せ返る。
彼が話せない隙に、乱入した彼女はさらに言葉を繋げていく。
『日本人の名前って本当に難しいのね。響きもそうだけど、字にも意味があるんだっけ? 本を読んでるとけっこう出てくるよね。ミステリーとか』
『ちょ……おい⁉』
ようやく回復した彼が、咳を繰り返しつつも、彼女に迫った。
『何勝手にしゃしゃり出てるんだ、自分が何したのかわかってるのか、クローディア‼』
通信中だということも念頭にないのか、少年は乱入した女に怒鳴っている。映像までは届いていないが、掴みかかっているかもしれない。
『……クローディア。そう、あなたが……』
*
突然響き渡った声に、少年は我に返る。
「私のこと、知ってるみたいね。誰から聞いたの? “継接の彼女”? それとも……お仲間から?」
その言葉に、彼女なりに覚悟を決めて交渉の場に介入したことを悟り、少年は口を閉ざす。
『ふふっ、パッチワークちゃん……かあいいのら。今度会ったらそう呼んでみようかしら。でも……彼女達については、一方的に一括りに扱われてるだけで、わたしは仲間だとは思ってないのら。フィアールカはお友達だけどね』
「いいね、友達。私、いないから。……アクセルもね」
「おい……」
急に引き合いに出され、少年は抗議するように低く唸った。
「それで、えーと、なんだったっけ。あ、そうそう、その施設を占拠してたテロリストについてなんだけど」
『テロリスト?』
回線の向こうで、怪訝な声を上げたのが判る。
『ええと、テロリストって、溜息が出るくらい美しい歴史と叡智の限りを尽くした伝統の町を「っしゃ、間に合った! やった、一番乗りだぜ☆おれの手で壊す日を待ちわびてたんだ!」とかいって五分足らずで瓦礫の山にする輩のことなのら? あんなんそこらへんにごろごろいたら困るのら』
「あれは奴が異常なだけだ……」
もう、どこから突っ込んだらいいのか判らない。
ただ、悔しくもあるものの、相方のお陰で重苦しい空気が晴れたのは確かだ。……緊張感もなくなったが。
「まあ、それは置いておいて。そのおっさんが施設に仕掛けたいたずらのせいで、私達いろいろ困ってるんだよね」
『あなたが? なぜ?』
ずばり本質を穿つ問いかけに、少女……クローディアは、肩を竦めた。
「……確かに、私には組織への忠誠心なんてものはない。翁達が困ろうと、私には関係ないし、助ける義理もない」
あまりにも清々しい暴露に、少年は頭を抱えた。この通信は当然、《薪の塔》上層部会の面々も聴取している。彼女もその場にいたのだから、知らないわけではあるまいに。
「でも、いまばらされるのはちょっと嫌。やりにくくなる」
だがクローディアは、眉根を下げ、やはり残念そうにそれを乞うた。少しだけ、ほんの少しだけだが、見直さなくもない。
『そう……やっぱり、そう』
【魔女】は、気がついた。クローディアの目的を察した。声はいとけない幼子のようだが、伊達に【魔女】として生きてはいない。
「理解しなくていいよ。あなたにも娘がいるんでしょう。その子はいま、どこにいるわけ?」
『……いないわ』
少年は黙ったまま、その答えを反芻する。質問の答えになっていない。
だが、十数年前に【第一魔女】が子どもを連れていたというのは確かだ。。消去法で実子の可能性が高いということも把握している。いまは手元にいない、という屁理屈だろう。
「そう。私達もあまり気にしてないけどね。……それで、さっきの話に戻るけど。その塔の仕掛け、解きたいけど、ミュンヘンからはちょっと遠いのよね。できれば既に内側にいるあなたが解除してくれないかな」
口は通信機に向けつつも、視線は確認するようにこちらへ寄こした。頷きを返す。
『やなのら』
返答は簡潔だった。
『わたし、ルスランと違って機械関係はほんと駄目なのら。それに……わたしがそんなことをする、理由が?』
「あるよ」
クローディアは決然と言い切った。
「あなたはそれを知らないと、きっと後悔する」
それだけ言って、少女は身を引く。
意を汲み取った若者が、代わって通信機の前に立つ。
「我々は……いや、俺は、あなたにも価値のある情報を持っている」
『……あなた、誰?』
一人称の故意の変化に、【魔女】は微かだが心動いたらしい。低いトーンで、問いかける。
先ほどまで言葉を交わしていた相手に、初めてその個人に、興味を持った。
若者は固唾を飲み込み、努めて平然と、されど厳かに自らの名前を告げる。
「……アクセル。《薪の塔》の《クラブのエース》だ」
『そう……あなたが』
合点がいったようで、【魔女】は小さく嘆息を零す。
「ああ。あなたも知りたいはずだ」
アクセルは一度、視線を床に向けた。
そして、ゆっくりと顔を上げ、正面を見据える。
そこにあるのは何もない。ただ短く表記の浮かぶスクリーンだけ。だが、その向こう……遠くとおく離れた場所にいる、彼女に向けて、言い放った。
「アラヤ・イチゴの、死に関する情報を」
少し、間が空いた。
微かな吐息が、だが、【魔女】の興味が失せていないことを、アクセルの握る情報に惹かれていることを物語っている。
『……ええ』
遂に【魔女】は、口にした。
確かな肯定。現夜一期が生前何を追い求め、何を知ってしまったが故に命を落としたのか、その内容を欲しがった。
未だ緊張の糸を引き結びつつも、確かな手応えに、思わず口角が持ち上がる。
「では、こちらの要求は」
『あ、待って』
唐突に、制止が入った。尻込みしたふうではない。何か、第三者から横槍でも入れられたのか。
『割り込み通信が、んもう、いまいいとこなの、ら……? え?』
それは、何か。
【魔女】の様子が一転した。声だけでも、様々な感情の渦巻きが感じ取れる。
『ごめんなさいなの』
昂揚、歓喜、戸惑い、そして、はしゃぎずぎたことを脳そのものが自覚したような、奇妙な落ち着き。
『こっちの通信を優先するの。続きはまた後でね』
そして、唐突に回線が遮断された。
「……え……えええ~~」
上流階級出身なだけあって、普段、アクセルは品位を忘れない(クローディア曰く「偉ぶってる」)のだが、さすがに間の抜けた声を上げてしまう。次いで、見事な赤髪を右手だけでがしがしと掻き毟った。
「……クローディアのせいだ」
「はあぁ? なんでそうなるわけ」
「勝手に乱入したじゃないか。ってか、また後でって……向こうから通信を繋ぐってことか? 俺はいつまでここにいればいいんだ」
「知らないよ、そんなの」
八つ当たりされたのがよっぽど気に食わなかったのか、クローディアは通信室の戸を乱暴に開けると、つん、と顔を上げて出ていってしまった。
長い黒髪をたなびかせながら。




