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already dark, however still blue ‐血鎖絶ち斬れ不退の純青‐  作者: 浮城燈往
エピソード3 魔女の鳥籠
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4‐3 悪党交代

「き、緊急事態発生―‼」

 この数か月で何度目かの緊急事態宣言。だが、いつもなら状況報告を繰り返す通信班のメンバーが、皆一様に絶句している。

 テロリストが立て籠もっていると目される「不破の時計塔」。その監視を行なっていた五室はいま、水を打ったように静まり返り、ただただ眼前の巨大モニターに映し出された存在に見入っていた。

 《機関》の他の部署も同様に。それどころか、全世界がその光景を凝視しているだろう。

 それは、約十メートルある「不破の時計塔」を軽々と飲み込むほどの大きさを誇る。

 それは生き物だ。いまも脈動しながら、腰掛けるように位置を直している。

 恐怖を通り越してもはや笑ってしまうほどに荒唐無稽な光景だ。見せられているのは怪獣映画で、映像はすべて加工されている、といまにもテロップが出てきそうな。

 されど、それは紛れもない現実だった。

 これと同じものを、何名かは確かに憶えている。

「……“青海波”」

 十九年前、あの惨劇の痛みとともに。

 灼けつくような激痛が走り、時幸は右眼を押さえる。姿勢を保つことさえできず、座っていたのを含めた幾つかのコンテナを巻き込んで床に落下した。

 連鎖してメリサの乗っていた貨物も崩れる。拘束されているせいでまともに受け身も取れなかった女は、床に転がされて露骨に眉を顰めたが、時幸はそれどころではなく、なおも転がり回って悶絶している。

『ユキ、おいっ、どうした、おい!』

 熱い。比喩でなく目が疼く。眼球がバーナーで焙られているかのようだ。右眼を抉り取ってしまいたくなるような鮮烈な痛み、痛み、痛み。いまここに夏来がいたならば、後先考えずに頼むから摘出してくれと懇願したことだろう。

『ユキ、返事しろ、ユキ! くっ、メリサ! ユキに何した⁉』

「ぐ……ち、違う……こ、れは」

 眼球が融け落ちるような熱と痛み。だが、苦痛には訓練や検査で慣れている。そして、これほどきついのは稀だが、この痛みにも、箇所にも、覚えがある。

 気力だけで、どうにか膝をつき、上体を起こす。積まれていたアクリル製のコンテナに目を向けた。

『おまっ、それ……』

 続岩に見えているものが、反射して見返していた。

 煌々と燃ゆる……緑の光。

 少年の眼球には炎が宿っている。

「うっ……」

 右眼がうまく開かない。連動して左眼も閉じかかっている。神経が繋がっているためか、ずきずきと頭痛までしてきた。平衡感覚が狂い、視界が回る。

「う……あうっ……」

 嫌々する子どものように頭を振り、紛らわそうとするも、じくじくとした痛みは一向に引かない。いっそ気絶したくなるような苦痛の中、しかしまだ倒れるわけにはいかなかった。空中に表示された、もう一つのスクリーンを睨みつける。

 時幸が床に倒れ込んでいる間に、端末の視点は移り変わり、何もない天井を映し出していた。故意にではなく、撮影者にトラブルが起こり、端末を持っていられなくなったように。

 そして自身の悲鳴の合間に聞こえた、揉めるような声と叫び。そして……僅かに混じった、幼い子どもの歌声。声に聞き覚えはないが、歌詞はよく知っていた。

『総帥!』

 画面が自動で切り替わり、再び総帥執務室が映される。仁藤に届いた通信ごと、音声が流れ出た。

『わかってる、何番目だ』

 いまにも再び床に這いつくばりそうな時幸の蒼い顔を見つめながら、仁藤が鋭い声で問う。

『え……』

『わかってる、何番目だ』

 仁藤は繰り返す。判っている。何が起こったのか、察していた。そのことに通信士も気づき、端的な情報のみを伝えた。

『……一番目です。【一型‐クラスⅠ‐α】、識別名“青海波”』

『そうか』

 時幸の身に起きたことも踏まえて浮上した、最悪のシナリオ。そしてそれは、現実になる。

 数時間前に小里川志緒が行なったように、突如、仁藤の執務室、そして時幸の端末上にも、幾つもの着信表示がポップアップされる。一方的に通信が繋がり、勝手に映像を浮かび上がらせる。全世界中で……「不破の時計塔」を使って小里川志緒が繋げた組織中で同じことが起こっているなど、このときはまだ知る由もなかった。

 ノイズだらけの画面越しに、大きな……何か大きな、青がかったものが蹲っている。

『Good evening, world of twilight!』

 意味不明な挨拶が、第一声で響き渡った。

『晩上好! Добрый вечер! Guten Abend! Bonsoir! सुसंध्या! 終末の世界にごきげんよう‼』

 始まりはテロリストと同じく、ふざけたような調子だった。

 しかし先ほど聞こえた小里川志緒の声ではない。変声加工を施していないように聞こえるそれには、子ども特有の甲高い響きがある。それに合わせるように、テロリスト以上にハイテンションな、世界を嘲笑うというよりも本当に、楽しくてはしゃいでいるような真正の怪物の様子で、わけのわからない口上を述べている。

『ううん、もうちょっとたくさんの人向けにご挨拶したいところだけど……まあいいのら! ええっと、突然びっくりさせてごめんなさい。あと、もっとびっくりさせるようなことをいまから発表するのら。心して聞いてほしいのら』

 舌足らずな喋りで続ける、正体不明の声。突然の事態に仁藤と時幸以外、皆混乱していた。だが、次の言葉を聞いた瞬間、凍りついた。

『じゃじゃーん、発表! いまこの時点をもって、「不破の時計塔」はこのわたしが占拠させてもらったのら! にーきにきにき!』

 テロリスト“檻姫”によって握られていた施設を、この子どものような声の持ち主が、分捕った。信じがたい話に、続岩は目を見開き、メリサですら伏せていた目を瞬かせた。

 だが、時幸の身体には既に力が漲っている。というより、強張っている。

『んーと、実はわたし、この施設にはちょっとした縁というか、まあ目的があって、密かに探してたのら。で、どこかの誰かさんが探し当てたって聞いて、悪いけど横取っちゃった、にき♪あ、その坊やはそこで寝ちゃってるのら。ちょっと悪いことしちゃったかしら……でも、よくないいたずらに使うみたいだったし、結果オーライなのら』

 子どものような口調と声だが、子どもではない。得体の知れない何かが、一時世界を震撼させたテロリストを手玉に取ったと豪語している。

『うちの子が閉じちゃったから、この場所はもう出入り不可なのら。でもでも、わたしも鬼じゃないし、お話くらいならいいのら。けど暇じゃないから、お話しする価値のない人とは話さな~いのらっ。あっ、そういえば、まだ名乗ってなかったのら!』

 最後までテンションたっぷりのまま、占拠者は正体を明かす。全世界にその存在を誇示してみせる。


富良賀(ふらが)湖麻由(こまゆ)。我こそはザ・ファースト・ウィッチ! 泣く子も黙る【第一魔女】なのら~‼』


 かつて、その気まぐれによって同族を狩り、人類を間引き、思うがままに世界の形を変えた、始まりの【魔女】。

 この数年間沈黙を貫いていた女が、遂に表舞台に返り咲いた瞬間だった。


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