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already dark, however still blue ‐血鎖絶ち斬れ不退の純青‐  作者: 浮城燈往
エピソード3 魔女の鳥籠
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4‐2 予定不調和

 突然聞こえた、聞こえないはずの声に、小里川志緒は反射的に振り返った。

「誰だ⁉」

 部屋の隅に転がされた少女のものではない。早梛は口を封じられているし、それに、聞こえた声は、もっと高く柔らかかった。だが、それ以外の姿はない。

 背後に警戒しつつ、正面に目を向ける。施設内部に、彼と人質以外の生体反応はない。赤外線センサーから送られてくる信号も、それ以外の(・・・・・)方法で(・・・)入手(・・)している(・・・・)情報も、何の異常も変化も伝えてはいない。

 それでも、長年テロリストとして暗躍してきた経験が、警鐘を鳴らしていた。

「……オーバーロード、起動」

 呟きとともに、志緒の身体が淡い光に包まれる。

 この五年間に秘密裏に開発した、流動マイクロマシン型ドローン。その正体は極小の機械の集合体で、状況に応じて志緒の身を守る甲冑にも、敵を迎撃する剣にも変じ、さらには拘束の縄にもなる。

 と、背後の闇が揺れた。

「‼」

 とっさにそちらへと向き直る。が、闇の中から進み出てきたのは……あまりにも予想外の相手だった。

「……子ども?」

 見た目、七、八歳ほどだろうか。レースで飾られたブラウスの上から薄手のカーディガンを羽織り、たっぷりのフリルをあしらったスカートを身に纏い、ポーチを斜め掛けした姿は、一見すると迷子の幼女のようだ。顔はまだ闇に沈んでいるせいでよく見えない。

「……要らない・持たない・夢も見ない、フリーな状態、それもいい、けど~♪」

 子ども特有の透き通る高い声で、場違いなアップテンポの、されど一抹の切なさを含んだ歌を口ずさみ始めた。

 予期せぬ事態に、志緒は目の前の幼女と、何もない左右を見比べる。突然現れた彼女は囮か何かで、本命はまだ背後の闇に潜んでいるのでは、と探るように。或いは、彼自身、そう思いたいのかもしれない。

「運命は君、放っとかない、結局―は、すすむしか~ない~♪」

 志緒の動向や心情など一切慮ることなく、幼女は自由だ。うきうきと握った拳を振り振り、歌に合わせるようにくるくると楽しそうに回っている。スカートのフリルがはたはたと捲れ、小枝のように細く頼りない脚が露わになる。服装によく似合ったショートボブは、藤色と桃色の中間のような淡い色。

 突然現れた闖入者に、早梛も目を瞬かせている。彼女の……《機関》の仕込みではない。

 我に返り、志緒は振り返った。モニターに目を走らせる。

 こんなにも近くにいるにもかかわらず、相変わらず施設内部に幼女の反応はない。いや、そもそも……この幼女は、いつ部屋に入ってきた? 長らく整備されていなかったためか、この「不破の時計塔」内部の扉はどれも錆びつき、開閉時には必ず引き摺るように音を立てなくてはならない。誰かが入ってくればすぐに判るはずだ。

 しかも、この施設の周囲は《ディヴィジョン》が闊歩する危険地帯。地雷原を走って抜けろというようなものである。《機関》のエージェントでさえ、都市との間に護衛を伴う中間基地を建設し、武装ヘリや装甲車で警戒しながら進むような場所を、まして年端もいかない幼女が掻い潜れるとは到底思えなかった。

 つまり……目の前にいるのは、ただの幼女ではない。

 人間の女の子のふりをした、ナニカだ。

 その事実に気がつき、正体に思い当たった瞬間。手裏剣状に変化させた流動マイクロマシンの輝きが、幼女の形をした怪物に向けて襲いかかった。

 歌に夢中なその胸板に、鋭い欠片が吸い込まれる。心臓に直撃。

「だーいじょうぶ、あっした、は、いつだって、ブラ~ンク」

 だが、歌声は止まない。

 カツン、と、歌詞の間に、僅かに異音が混じった。

 その後も剣、槍、弾丸などに変形した光の破片は、小さな体躯の急所に命中していく。だが、当たっただけだ。彼女の身体を、確かに抉っていく。されど、傷つけはしない。

 志緒の放った光弾はすべて、背後の壁にめり込んでいる。

 幼女の身体を――貫通している。

 幼女の身体を――擦り抜けている。

 幼女は、化け物は……攻撃を透かして(・・・・)いる(・・)

「うああああああああああああああ!」

 半狂乱になりながら、光弾を連射する。幼女は小首を傾げ、自身の身体を通り抜ける光を無感動に眺めた。そのいずれもが、直撃しているにもかかわらず、虚像でも撃ち抜いているかのように手応えがない。

「……じぶ、んの、価値は自分で、きーめーるーのっさ~♪」

 もうすぐそこまで、近づいている。

 攻撃に当てられるドローンをすべて使い尽くしても、幼女に傷一つつけられていない。呆けたように顔を上げ……いつの間にか、闇から躍り出てきた彼女の顔が、照明の下明らかになっていることにようやく気がつく。

「……そのこ・ころがっ、熱くなるものっ、みーたさーれるものっを、探して~♪」

 服装に合わせた鮮やかな色のカチューシャ。その下にある左眼は……燃えるような緑色に染まっていた。

 銅による炎色反応のように、自然界には存在しない彩。その中に宿る狂気は、十年も生きていないだろうと思わせる外見とは乖離した、艶めかしさと老獪さを湛えていた。

 そして、その眩いばかりの緑の対には――


 ――何も、なかった。


 本来右眼がある位置には、ぽっかりとした空の眼窩が、どんな闇よりも濃い深淵を覗かせている。

「あああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

 侵入経路も攻撃を透過した不可思議ももはや頭の片隅にすらなかった。その外見がもたらす圧倒的恐怖によって、志緒の思考は塗り潰される。

 テロリストとして台頭してから初めて、相方が拘束されたと知ったときですらこれほど動揺することはなかった。恐慌と嫌悪感に身を任せたまま、志緒は幼女に殴りかかる。その顔面の異常を丸ごと否定したいとばかりに殴りつけた。

「……本気、出して、戦う、の、ならー♪」

 果たして、彼の拳は幼女の顔面に命中した。

 ――そのわりには、何の手応えもなかった。

「……まーける気、し・ない・はず~!」

 男の腕は、幼女の顔に吸い込まれるようにして……貫通していた。

 血も肉も、何の感触もなく、紙を破るよりもあっけなく。

「うあ、あ、ああああああああああああああああ‼」

「……にきっ」

 顔面から腕を生やしたまま、歌い終わった幼女は奇妙な声を上げた。殴られたことへの苦痛からくるものではないだろう。だって、彼女は何も感じてなど、いないのだから。

「にきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにきにき!」

 そのまま、幼女は前進する。

 呆けたようにその場に固まった男の肩に、胸に、腹に触れ……その身体を通り過ぎた。

 最低限の防御のために残した、随分薄くなったアーマーさえ、無意味だった。

 何事もなかったかのように背中から出てきた幼女は、椅子によじ登り、画面に向き直る。

 いまいる場所……「不破の時計塔」に、青く透き通る巨大なものが覆い被さる光景が、全面に映し出されていた。

 早梛は目を瞠った。

 一連の様子を、縛られたままの彼女は、ただ見ているしかなかった。

 突如部屋の中に出現した謎の幼女。先ほどまで《機関》のエージェントに対して余裕を振り撒いていた志緒の変貌。狂ったように繰り返された攻撃と、だが、それを透かす侵入者。どこからか幼女の映像が投影されているのでは、と部屋の中を見渡しかけて。頭上に揺れるものを見咎めた。

「……ぅ」

 見上げると、壁に括りつけられた棚が傾いでいる。志緒の放った光弾の幾つかが壁に当たり、元々老朽化していて不安定だったそれが外れかけているのだ。見ている間に、金具が外れて板ごと落下する。真下にいた少女はとっさに身を捩ったが、間に合わなかった。

 両手を力いっぱいピアノの鍵盤に叩きつけたような不協和音が鳴り響いた。

「ぅぐっ!」

 落ちた棚は運悪く、少女の頭頂に命中した。呻き声を上げ、小柄な肢体が倒れ込む。

 幼女がとっさに、そちらへと振り向いた。

 碧い、一つしかない瞳と、一瞬だけ目が合った。


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