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already dark, however still blue ‐血鎖絶ち斬れ不退の純青‐  作者: 浮城燈往
エピソード3 魔女の鳥籠
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*第4章* 4‐1 予定調和

 コールタールのように黒く、くろく、どこまでもひたすら黒い闇。

 黒クレヨンで均一に塗り潰したとしてもまだ味のあるような、面白みの一切ない、変わり映えのしない景色にくるまれた電車はがたごとと一定の速度で進んでいる。車内はがらんと広く、飾り気のない照明に照らされて床にはびっしりとコンテナが並んでいた。

 その一つに腰掛けて、時幸は端末を開いていた。

『……と、いうわけで、早梛嬢は捕まってしまったんだよ』

 末端とはいえ部下が人質に取られたとは思えない、いまいち緊張感の欠ける調子で通信の相手が告げる。仁藤の何を考えているか判らない顔を、時幸は無感動に見つめていた。

『まあ、最善ではないけど、想定内ではある。プランBってやつだ』

 早梛が凶悪なテロリストの虜になったというのに、事の他凪いでいた。動揺を露わにし、心震わせるかと思っていたが。存外落ち着いている。

「想定内、ですか。……計算通り、ではなく?」

 ただ――胸の奥が、さぁ……と急速に冷たくなっていくのを、自分で感じた。

『いやいや、まさかそんな』

 呑気さを貼りつけた笑みの中、《機関》総帥の瞳は銀に褪せている。

『……二人に与えた任務はそもそも、「小里川志緒の拘束」だ』

 仁藤は笑みを消し、手元のカップからコーヒーを一口啜った。

『その上で彼自身に生体認証を解除させることができれば上々。本当にメリサでないと解けないとしても、場合によっては装置を欺ける可能性はあった。早梛嬢には五年前、政府に引き渡す前に採取したメリサの生体データのサンプルを渡してたわけだし。それも使えなくても、志緒を無力化させておけば、君が本人を連れていくのにも危険性が少なくなる目算だった』

 時幸はちらりと、斜向かいに目を向けた。窮屈に積まれたコンテナの上、朝日メリサがちんまりと座っている。俯き、目を瞑っていて、仁藤とは違った意味で何を考えているのか計り知れない。

 監獄に到着したヘリには、記録上は確かにメリサが乗っていた。監獄側が設定したシステムを使ったことで、一時期日本政府でさえメリサは監獄から連れ出されたと勘違いし、《機関》に抗議を行なった。しかし《機関》側は位置情報書き換えの真相を明かし、「メリサはまだ監獄にいる」と説明。テロリストを解放した件でバッシングしようとしていた政府は梯子を外され、いまは沈黙している。

 メリサが既に別ルートで脱獄していると、気づかれるのはまだ先だろう。

 陽動を兼ねてヘリを飛ばすと同時に、《機関》は海上から武装船で監獄に向かっていた。メリサを連れ出した時幸はそれに乗って島を脱出。近郊に分布する《ディヴィジョン》の習性から、船での連続移動はリスクが高いと判断されたため、陸に上がると同時に近隣の地下施設――以前夏来が七型の【魔女細胞】が詰められた箱を研究していたような、都市外に建設された《機関》の実験施設の一つ――に身を潜めた。そしてそこから地下鉄に乗り、移動しているところである。

 主に研究のためのサンプルや兵装を輸送する、《機関》専用の地下路線。都市外の複数の施設から本部を経由し、兵器開発の最先端である東海区、さらには西日本一区までを繋いでいる。時間はかかるし荷物用なので人が乗るには適していないが、比較的安全に都市間を移動できる手段の一つである。運用に時間が掛かるので、ついでに東海区宛の荷物も多々積まれている……というより、むしろ急遽時幸達が相乗りさせてもらっている立場なのだが。

『でも、そんなうまくいくなんて考えてなかった。志緒の目的が相方の奪還である以上、どこかのタイミングで向こうから接触してくるのは明らかだったし、その際にエージェントとは分断する可能性も、生体認証を解除させるつもりがないのも織り込み済みだった。むしろ初見の状態で切り札であるメリサを奪われるのは相当リスクが高い。だから早梛嬢には申し訳ないけど、これでいろいろと道が開けたのもホントだ』

 生体認証解除前にメリサを奪われれば、《機関》は窮地に立たされる。奪還した時点で、志緒の目的は果たされてしまい、《機関》に憂慮する必要も、そもそも相手にする理由さえ失くしてしまうからだ。

『当初の予定通り、君はこのまま東海区入りして、待機しているエージェントと合流の後、メリサを施設まで運んでほしい。できるだけ多くの人数で志緒を締め上げる。なんとしてでも「不破の時計塔」の真実を解明するんだ』

 半分は自分に言い聞かせるように、仁藤は告げた。

 彼にとって仁藤要は研究者としての先輩であり、身内として尻拭いをしなくてはならない相手でもある。施設の制圧と奪取は彼にとっては譲れないことなのだろう。その心情は、時幸にも多少理解できた。彼の命令でいまこの瞬間も早梛が危険に晒されているのは遺憾ではあるが、それよりも、自分がもどかしい。

 乗っている者がいくら気を揉ませようが、電車は一定の速度でしか走らない。元々貨物運搬用のためか、それほどスピードは速くない。

『ただ、この時点で誤算が二つある』

 仁藤はコーヒーに口をつけた。甘味は過剰に入れるがミルクを含まない、緩く透き通った黒が反射し、男の瞳を同じ色に染め上げる。

『一つ目に、小里川志緒が知りようのないはずの情報を知っていたこと。替え玉に気づかれるのは想定内だったけど、本物のメリサの現在位置を正しく把握した上でとなると事情が変わってくる。彼女の身体に発信機の類がないことは確認済みなんだよね?』

「ええ。収監時に皮膚や内臓も含めて施されていた細工はすべて解除されています。位置情報が判るのは監獄側から割り振られた固有コードのみのはずです。監獄内部の監視カメラの映像も偽造しましたし」

『うん。倉木(くらき)からも報告が上がってる。岐阜に居ながらにして得られるはずの情報は、すべて差し替え済みだ。にもかかわらず、小里川志緒はそれらすべてがダミーだと()()()()()()()ようだった。それだけじゃない。メリサがどの駅から地下鉄に乗ったのかも言い当てた。存在を公にしていない、監視カメラも通信網もない《機関》の施設を、だよ?』

「はい。どうしてでしょうね。《ディヴィジョン》が往来する土地にドローンなんか飛ばせないでしょうし。最初のハッキングの際に、俺達の端末に何か仕掛けられたんでしょうか?」

『いや、それにしたって、君がメリサと同行すると判ってないと意味ないでしょ。任務自体は前々からやらせてたけどさ、君、最近正職員として登録されたばっかじゃん。エージェントは他にもいるし、ほんとに不明なんだよね~』

 仁藤は頭を抱えた。眉を八の字、口をへの字、目をしょんぼりさせて困ると、齢不相応の顏がますます幼げに見える。

「と、いうことは……」

 考えられるのは――内通者の存在。それも、この作戦行動に深くかかわる人物の。

 仁藤もそれは可能性の一つとして念頭に置いているだろう。困ったような顔のまま、コーヒーをぐるぐる掻き回している。

『まあ、それはいまはどうしようもないから置いとくとして。二つ目は、梅島の負傷。これはなかなか痛い』

 新たな氷が胸に差し込まれた。

「……ご無事なんですか」

『レーザーで手足を四方八方から撃たれた。穴だらけで志緒の追跡は断念したって。でも、自力で脱出はできたみたいだよ。君が到着する頃には治療も終わってるだろう。でも、万全のパフォーマンスというわけにもいかないだろうね』

 ちびちびとコーヒーを舐めながら、仁藤がちらりと、何もない後方に目を遣った。

『いくら部下が痛めつけられて攫われたばかりだからって、初見じゃない罠の存在が頭から抜け落ちるなんて彼女らしくない。ま、そもそもメリサ奪還後に同行していたエージェントを始末する用の仕掛けだったんだろうし、生きていただけもっけものかな』

 おそらく彼女の恋人は、時幸と同じ胸の冷えを感じているだろうな、と思った。

『でも彼女は、自分の仕事はきちんとやってくれた。生体認証装置まで、罠はもう多分ない。さっきも言ったとおり道は開けているよ。もし仮に志緒が同じ手でメリサを連れ去ったとしても、こちらには早梛嬢を奪い返すという、留まり続ける理由がある。捕まったときの備えとして、予備の通信手段と拘束解除の道具は予め持たせてあるから、うまくいけば挟み撃ちにできるだろう』

「……ええ」

 早梛の身が心配なのは抑えようもないが、同時に、あの早梛が人質に甘んじるとも思っていない。時幸は、相棒を信頼している。

『失礼します』

 ガチャ、と向こうでドアが開く音とともに、総帥秘書が画面に割り込んできた。

『総帥宛に通信が入っています。発信源は、神橋早梛の端末から』

「‼」

 時幸と仁藤が同時に、弾かれたように顔を上げる。

『繋げ。トッキーにも共有で』

『はい』

 転瞬、新たなウィンドウがポップアップした。画面越しに、仁藤の前にも同じものが表示されたのが窺えた。目配せし合う。

 最初、ウィンドウには青い線が細かく走っていたが、徐々に鮮明化されていく。画質は荒いが、薄暗い部屋の中が映し出されていた。正面の壁に、粗末な資料棚が吊られていて、その下で、何かが蹲っている。呼吸のたびに生じる僅かな身じろぎが、これが動画であることを知らせている。ひらりと、見知った青が揺れた。

「‼ ……」

 思わず、奥歯をぎり、と噛み締めた。

『落ち着け』

 言われるまでもない。判っている。だが、冷静さを取り戻すのに些かかかった。

 早梛は目を動かしてこちらを……いや、端末側にいる誰かを睨み据えた。そして視線を下ろし、自身の現状を確認した。両手足を縛られ、口には猿轡が噛まされている。彼女の全身が映っているということは端末は没収されているのだろうが、目立った傷や衣服の乱れは見受けられない。一旦は安堵するものの、すぐに不安が頭を過った。

 人質の様子を映すということは、これから彼女を痛めつける算段かもしれない。

『見えてるかーい』

 弾むような声とともに、映像が回転し、早梛の姿が見えなくなる。ニューロンのような突起のある形が、画面いっぱいに広がった。

 思わず気圧されたが、それがすっ、とだんだん引いていき、星のような光の浮かぶ現実味のない眼と目が合う。さらに遠ざかり、なまっちろい男の顏が映し出された。

「……小里川、志緒」

 とっさに端末を抱え込むようにして壁際に身を寄せた。メリサに背を向けて、隠すように。同時に、向こうからこちらが見えているのかまだ判らないが、彼女の姿が入らないように。

『やあやあやあ、《機関》の君子諸君。初めまして。ああ、いや、これさっきも言ったばかりだったねえ。すまないすまない』

 てへ、と舌を出す優男。

『ご覧いただいたとおり、お嬢さんは無事だ。ここまで連れてくるのに抵抗したから縛らせてもらったけど、それ以外に手荒な真似はしてないから安心してほしい。まったく、片腕脱臼してるっていうのに元気なものだよね~』

 のほほんと宣う志緒に、時幸はますます苛立ちを深めていく。

『……それで? ()()()()()()()()()()()

 氷点下の声が、彼方と此方を割いた。

 冷淡なほどに冷徹な仁藤の声音に、時幸は裏切られたような失望と恐怖を覚えた。反転、志緒の声音はますます愉悦を含む。

『へえ。部下の一人や二人嬲り殺されようと痛くも痒くもありません、って? さすが、大勢の犠牲を積み重ねてきた《機関》の総帥様は無慈悲でいらっしゃる』

『うん、僕は無慈悲だ。だって、悪党を何匹壊そうと、まったく心が痛まない。……直々に僕を指名して通信してきたってことは、そのへん覚悟し(わかっ)てるってことだよね。小里川志緒』

『お噂はかねがね聞いているさ。“脳揺らし”の仁藤周』

 通信越しに、睨み合うような沈黙が、しばし二者を分かつ。

『……しかたない』

 先に折れたのは仁藤だった。総帥専用の革張りの椅子の背凭れに、どっと倒れ込む。

 いまは志緒に勝てない。早梛の身を押さえられているというのもある。メリサ共々然るべき対処をしない限り、政府や他組織からのバッシングは避けられないという弱みもある。だが、仁藤としてはそれよりも。

『わかってくれて嬉しいよ、仁藤周。ご褒美に、キミが知りたがってる情報をすこうしだけ教えてあげよう』

 スターサファイアを思い起こさせる瞳が、愉しげに輝いた。

『ボクの目的は、メリサとの再会だ。やろうと思えばいくらでも手はあった。ボクは《同盟》と手を組んでたし、《機関》のセキュリティだって全部じゃないけど突破していた。それこそ、キミ達がこれは絶対に外部に漏れることはないだろうって自惚れていたようなことまで突き止めている』

 時幸も秘書も、もちろん仁藤も顔に出しはしなかった。しかし、少なくとも時幸は、内心苦り切った。この終始不真面目という態度が透けて見える神経を逆撫でする愉快犯は、いったい何をどこまで暴いているというのか。

『ボクからメリサに会いに行って、そのまま連れ出すこともできた。現夜一期や《機関》に復讐したいなら、もっとキミ達が困りそうなことは百個も千個も思いつく。さて、そんなボクが、どうしてわざわざ、岐阜の片田舎に打ち捨てられていたところをたまたま見つけた施設にメリサを届けさせるのか。気になってたんじゃないかな』

『さっさと言え。無職の君じゃあ通信料も請求できない』

 仁藤がさして興味なさげな様子を装って、手を払った。

『……ヒナンのためだよ』

 二、三秒の沈黙。時幸には最初、施設に立て籠もる理由とその言葉が結びつかなかった。

『……つまり、少なくとも彼女がいた監獄を含めた広範囲が、近々大きな危険に晒されることになる、と。その塔はシェルターというわけだ』

 仁藤の言葉に、やっと「避難」だと理解する。

 つまり、朝日メリサを時計塔に収容することで、彼女を何がしかの危険から遠ざける腹積もりであったということか。だがそれなら、「不破の時計塔」である必要はないし、先ほど言っていたように志緒自身が脱獄の手引きをしてもよかったはずだ。と、いうことは。考えられるのは。

『当たらずとも遠からずってところかな。だって……』

 志緒はなんてことのないように、しかし声は楽し気に弾ませて、宣告した。

『その大きな危険、ていうのを引き起こすのは、ボクだから』

『ああ、やっぱりそういうつもりなの』

「『『『⁉』』』」

 志緒が立て籠もっている施設の設備を用いて大掛かりなことをしようとしている、という宣告に対する危惧や焦燥は、割り込んだ声によって掻き消される。

 そしてそれは、仁藤でも時幸でも志緒のものでもなかった。

 次の瞬間、


「……ぅあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 耳を劈く絶叫が、射干玉の闇、その奥の奥にまで反響した。


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