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already dark, however still blue ‐血鎖絶ち斬れ不退の純青‐  作者: 浮城燈往
エピソード3 魔女の鳥籠
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3‐3 捕縛

 男はほぼ無から現れた。

 白い肌と髪、筋肉の少ない身体。顔立ちにはこれといって特徴がなく、ある一点を除けば、ふとした瞬間に消えてしまいそうなほどに影が薄く、病弱な印象さえ抱かせるような優男だった。だがその一点……瞳に、一度見たら忘れられないような特徴がある。通路の灯の位置や形にかかわらず、反射する光がまるで花火のような線を描いていた。まるで、眼球そのものに溝が彫られているかのように。

 突然降ってきた壁に気圧されていたのは確かだ。だがけして周囲の警戒を怠っていたわけではない。にもかかわらず、完全に不意打ちの形でその気配は出現した。

「『待たせたね』」

 頭上からの声と、男の口元から発せられるそれが重なる。

「……うん、知っていたさ」

 男が、その容姿同様細い声で呟いた。わざとらしく肩を竦めてみせる。

「でも、一つだけ、想定外のことがあってね」

 そして、目の前の……全身を覆われた、か細い女に向けて、言葉を放った。

「キミ、誰?」


「確かに、時間がない中では善処した方なんじゃないかな。いや、ほんとに褒めてるんだよ? キミに付けられている位置情報のマーキングは、監獄側で採用しているメリサ固有のセキュリティコードだ。それが移動してたら日本政府でさえもメリサはヘリに乗ったって誤認する。実際、この施設の計器でさえも『メリサはここにいる』ってことになってたよ。計器だけだけど。しかも体格の近い子を選んで、その上全身に仕組んだ装置で五年前のメリサの身体情報をよく再現してたね。歩き方もぎごちなくて、いかにも『牢獄暮らしで筋肉衰えてます』感が出ててさ。そのまま生体認証もごまかせる想定だったのかな?」

 火花が飛び散る瞳で、眼前の人物を上から下まで舐めるように観察した。

 フードに隠された口元が、僅かに動く。声は出さなかった。ただ、微かに喉を鳴らす音がした。

「でも……無意味だったんだよ。全部無意味だったんだ」

 男……小里川志緒は、口元をにっと広げて、新しい笑みを形作った。一目見て悪党と判る、こちらを小馬鹿にした笑みだ。

「キミ……っていうか梅島琴羽も仁藤周も馬鹿じゃないんだし、本物のメリサじゃないってばれることも想定内だったと思うけどさ。でも、はなから騙せる可能性なんて万に一つもなかったんだよ。だって……」

 一度言葉を切り、壁を、正確にはその向こうで聞いているであろう琴羽を見遣った。それから、目を瞑り、片方だけ上げて斜め上を仰ぎ見る。その視線の先には、くすんだ照明と薄青緑色の天井があるのみだ。

「メリサは……監獄からは出てるけど(・・・・・・・・・・)。いまやっと、茨城辺りの(・・・・・)地下施設に(・・・・・)いる(・・)ところだ(・・・・)

「「!」」

 視えた。それまで緊張に強張りつつも、落ち着きを保っていた人物が、一瞬だが心を揺らした。それまでの会話で気を逸らしつつ周囲に浸透させていたドローンが、その隙を一気に突く。

 眼前の人物の反応速度はなかなかのものだった。一瞬で拘束具を脱ぎ捨てると、それを盾に一射を防ぎ、続く連撃を身を低く速く駆け抜けて躱しつつ一気に志緒との距離を詰める。がちがちに拘束されているように見せかけているだけで着脱のしやすいように仕掛けが施されていたのだろう。まさしく一陣の風の如く、爽快感さえ抱かせる素早さで化けの皮が剥けた。青の軌跡が低空を奔る。

「ははっ」

 無防備な男に足払いを掛ける……と思いきや、寸前で片脚を軸に半回転。斜め下から顔面を狙う――!

 瞬間。硝子の欠片のような無数の光が、眼前に降り注いだ。

 眼球を守るべくとっさに瞼が下がり、同時に腕の動きが僅かに鈍れる。

 万華鏡がその彩を変化させるように光の破片が形状を細く尖らせ、結束しながら広がった。実体のある網状の光が少女の周囲を囲い込み、拡散するのと同じ速度で今度は収束していく。

「っ!」

 仄明るい光の縄が、少女の肢体を縛り上げていた。それでも跳ね上げようとした右手を、先んじて志緒に掴まれる。ひょろっこく見えても志緒は成人男性であり、早梛は非力な女子だ。骨を軋ませる力に、少女の顏が顰められる。

「サナ!」

 部下の危機を察した琴羽の声が周囲を貫いた。

「別に、怒ってるわけじゃないさ」

 笑みを崩さず、少女の手首を締め上げつつ、もう片方の手で二の腕に触れる。

「キミ達こそ、急拵えとはいえボクを出し抜くために凝らした仕掛けが無駄だったんだから、がっかりしてもおかしくないよなあ」

 元より小柄な早梛の腕は、鍛えていても華奢な分類に入る。その腕を下から掬うように男の手は掴んだ。

「だから、ペナルティは設けない。《機関》の機密も世界の内緒事も、いまは特にばらさない。けどね、」

 そのまま……力任せに、引いた。

「ひぐっ」

 ぐぎり、と歪な音がした。

 次いで、堪えきれず漏れた少女の苦悶。

 無理やり関節を外された少女は、嗚咽を洩らしはしたが、悲鳴は上げなかった。憎しみとも悔しさとも、或いは虚勢とも挑発ともとれる眼差しで、きっ、と志緒を睨めつけている。

 志緒は僅かに目を細めた。ぐにり、と、瞳の中で光が勾玉のような曲線を形作る。

「サナっ、おい、志緒! 私の部下に何をした!」

 ドンドンと壁が叩かれるも、揺らぐことすらしない。

「初めに言ったとおりだ、梅島琴羽。今度こそ本物のメリサを連れてこい。地下鉄で(・・・・)向かってる(・・・・・)んだろ(・・・)? 彼女が生体認証を解除しない限り、情報拡散は止めようがない。中止も延期もない。この子はそれまで預かっておくよ」

 早梛の声が徐々に小さくなる。否、遠くなる。

 大仰な音とともに、金属板が引き上げられた。落ちたときの三分の一ほどの速さしかないその動作に苛立ち、通れるだけの高さが現れると同時に琴羽は身を滑らせた。

 だが、通路の向こうには既に誰もいない。

「サナっ!」

 おそらくは周囲に隠し通路の類があるはずだ。再度J・Rを手に持ち、引き抜きかけて。

『あ、そこは危ないよ』

 間延びした志緒の声。もはや加工も施されていないそれは、彼女の様子をすぐ傍で見張っているかのように近く、されど姿はやはり見えなくて。思わず意識が持っていかれた、僅か数秒の、それでも致命的なロスだった。

 四方八方から伸びた閃光が、琴羽の四肢を貫いた。


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