2‐4 監視の眼
円錐を縦に分割したような形の部屋の中。底辺のすべてを仰ぎ見れる位置に一つの椅子が設けられ、男が一人座っていた。
扇状に広がる壁面いっぱいに、様々なホログラムが展開している。地図、設計図、数値を表したグラフ。そして、人を映したもの。狭苦しい画面の中で動き回り、入れ替わっていることを鑑みるに、写真ではなく動画のようだ。
ウィンドウのなかには、男のいる施設内部の見取り図や、周囲の映像を様々な角度から映し出したものもある。目下、施設に接近を試みる者はいない。数時間前に二キロメートルほど離れた場所で仮設基地らしきものを組み上げた一団があるが、探る様子はあるものの、その場に留まり続けている。
虚空に手を伸ばす。摘まむようにくっつけた親指と人差し指の間を広げるようにすると、その動きに合わせて画面が拡大され、基地にいる数名の顔が映し出された。さらに指を上に伸ばし、引き下ろすようにすると、上方に追いやったリスト……数時間前に《機関》をハッキングした際に見つけた名簿が、スクロールされる。どうやら東海区支部の調査員のようだ。
手で追い払うような仕草をすると、その画面は端に追いやられる。代わりに別の画面が、音楽プレイヤーのアルバムを繰るように前面に押し出された。閣僚会議の様子だ。無能な政府は、時間がないというのに延々と無駄話をしているらしい。
当然のことながら、政府機関には厳重な警備体制が敷かれている。そもそも、覗き見た部屋には監視カメラの類がなく、外部からハッキングしたとしても閲覧できないはずなのだ。にもかかわらず彼は、その場の様子を窺えることを疑問に思いもせず、淡々と観察している。
政府の高官達も見られているなど露知らず、少ない頭髪を掻き毟って喚き散らしていた。興味が失せたのか、突くように指を弾くと、ビリヤードの球が押し出されるようにその画面が消えてなくなった。
次に映ったのは狭い廊下を、着物姿の女と顔の長い青年が会話しながら歩いている様子。さらに次の画面には、豪奢な服を纏った少女が一回り以上年上と思しき一団に何か訴えかけている情景。それぞれ《機関》西日本一区支部と、九州一区支部のリアルタイム映像だ。これも、外部からの侵入には入念に気をつけているはずの場所の情報を、男は易々と手に入れていた。
だが、それらすべてに大した興味がない、と言いたげに、男は一つ溜息を洩らす。
政府と《機関》、その他多くのどうでもいい画像を、手で掻き集めるようにして圧縮。用無しになった紙屑をゴミ箱に放るように隅へとうっちゃると、残ったのはほんの三、四枚の情報のみだ。
朝日メリサを収監している監獄の情報が表示されている。数か月前、この施設を見つけるのとほぼ同時期から、継続して監視していた。数時間前、監獄のある島に事前申請のあった《機関》のヘリが一台到着。同時に、彼女を収容した移動式独房を定位置より移動、面会場へと運び込んだ記録がなされていた。
その後、正式な手続きを踏んだ上で彼女の拘束を解き、《機関》の職員に引き渡した、とある。メリサの姿を捉えることはできなかったが、空になった独房が戻される様子は録画された監視カメラの映像で確認できる。引き渡し先の職員の個人IDが空欄になっているのは、これが裏取引によるものだからか。
島より飛び立ったヘリの軌跡には、赤い点が灯っている。五年前、収監時にメリサに紐づけられた、識別用に開発された監獄独自の位置情報追跡システムは、彼女がヘリに乗せられて運ばれていることを示していた。軌道予測によると、目的地は先ほどまで彼が監視していた《機関》の仮設基地とのことだ。
以上の情報はすべて、黄色のマーキングとともに極秘の指定がされており、二十四時間は外部に秘匿にされなくてはならないはずのものだった。どんな手腕を用いたのかは不明だが、《機関》は監獄側と直接渡りをつけるだけの交渉材料を持っていたらしい。
そのさらに上を行き、政府上層部にすらまだ把握されていないであろう情報を、軽々と手中に収めた男は、星が躍る眼を細めた。
「衰えたね、現夜一期」
男……小里川志緒は、緩やかなテノールで独り言ちる。
メリサを収めた箱が運び出される場面を、何度も繰り返す録画に目を重ねる。視界の中、ぐにゃりと歪んだ光が画面に反射して、罅割れのような線を描き出した。




