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already dark, however still blue ‐血鎖絶ち斬れ不退の純青‐  作者: 浮城燈往
エピソード3 魔女の鳥籠
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1‐2 調査結果2

 ほんの気まぐれ、というわけでもないが、ふと思い立って通信室に立ち寄った。

 《機関》本部には大小合わせて十八の通信室がある。その中でも主要な場所が特務部中央通信管制室、通称「五室」である。また、ここを主な職場にしている特務部通信班の職員も、たとえどこで仕事をしていようと「五室」と呼ばれる。このシステムはどの班でも共有されている。

 映画のシアターを思わせる広々とした部屋の中では、多くのオペレーターが仕事をしており、その中には常務部の姿もちらほら窺えた。最大の通信室なだけあって、特務部棟に位置するここにも常務部の職員は自由に出入りすることができる。

 彼女の入室はしばらく誰にも気づかれなかった。まあ気づかれると皆、緊張して自然なオペレーションができなくなるだろうが。

 ふぅ、と溜息を吐き、琴羽(ことう)は隅の壁に凭れ掛かる。堅苦しくて仕方ない。

 一期の後輩として、遊撃班として、制限なく動くためにはそれなりの地位が必要だった。そのため特務部監督主任とかいう御大層な肩書をぶら下げているわけだが、それが却って、ここ数年彼女を現場から遠ざけている。今日も参加したくもない部長会議に無理やり駆り出され、自区の利益を優先する支部長達と舌戦を繰り広げなくてはならなかった。

「あら、主任」

 ちょうど報告を終えたらしい笙香がこちらに気づき、周りの邪魔をしないようにそっと近づいてきた。

「何の御用でしょうか」

「ん、ちょっとサボりに」

 素直に言うと、笙香はくすっと慎ましやかに笑った。

「お疲れ様です、監督主任」

「お互い様だろ、五室副室長」

 からかい気味に返すと、笙香はますます笑みを深める。

「そうですね、コトさん」

 長く垂らした髪を掻き上げ、給湯室へと入っていく。琴羽も後に続いた。

 お茶の支度を進める笙香の傍らで、煙草に火を点ける。すぐに紫煙がふわりと天井へ昇っていく。通信室と対照的に、ここは狭く、明るい光に満ちている。

 壁際に目を遣ると、ホログラムフォトが少し枚数を増やしていた。遺影を兼ねるものではあるが、死亡率の低い五室では純粋な記念写真として飾っている意味合いが強い。何とはなしに目を滑らせる。

 琴羽と笙香、それに何人かの通信士が揃って写っている一枚に目を留める。フレームの中の自分はいまよりも未熟で、無駄に肩肘張っているように見えた。その隣では、相変わらず遠慮がちな表情を浮かべる日聖と、「なに畏まってんだよ」と言いたげな笑顔で彼を振り返る一期が並んでいる。写真の位置的に、それが琴羽にも向けられているようで、自然と破顔していた。

「どうぞ」

 笙香がテーブルの上にお茶の満ちた湯呑を二つ並べる。

「ありがと、ショーカ」

 一つを手に取って口に運ぶ。程よくぬるく、言い合いで疲れた喉と胃によく沁みた。

 ふと、真新しい一枚が目に入る。生天目(なばため)(はるか)が笑い合い、その中央で、早梛が気まずそうに目を伏せていた。

「ああ、それ」

 もう一つの湯呑で手を温めながら、笙香が写真を仰ぐ。

毬弥(まりや)さんがちょっと強引に巻き込んだんです。いずれ撮るつもりではあったんですけど」

「そうだな」

 零室には、まだ早梛の写ったフォトはない。彼女が正式な職員として認められていないためだ。一応、研修中、という扱いであるのだが、他にも……。

「ん、」

 と、聞き慣れた着信音がして、端末を開ける。すぐにファイルデータがポップアップされた。

「……早いな。ついさっきだったのに」

 一度通信室との仕切りに目を遣るが、新たな入室者の気配はない。笙香には隠し立てするような内容ではなかったので、その場で開いた。

 表示されていたのは、とある人物の素行調査の結果だった。

神橋(かんばし)早梛。十八歳。東日本一区、旧神奈川県出身。ごく普通の家庭の長女として生まれるも、二年前一族郎党が殺害されて以来、生活が一変。当時通っていた私立珱鳴(ようめい)大学付属高校を中退、非登録の討伐者として《ディヴィジョン》の駆除を繰り返す。家族が殺された事件を調べるのに遺産を当てていて、《機関》に所属する前は神田の書店でバイトをしていた。調査では、他組織との接触は一切なし。脳のMRI検査でも【魔女細胞】の寄生等は発見されず。結論として、ユキと出会ったことは偶然と判断』

「これ……」

 笙香が小首を傾げる。

「……もしかして、監察部部長に?」

「ああ」

 早梛が《機関》に来てもうすぐ二か月。まだぎごちないところはあるもののよく働いてくれているし、時幸とも多少の衝突はありつつも良好な関係を築きつつある。

 一方で、他組織が機密の奪取や転覆を狙って送り込んできた工作員ではないかという疑惑は未だに晴れていなかった。何も背景がないにもかかわらず、いや、それが逆に、彼女の素性を不透明にしていた。

「会議のついでに頼んでおいたんだが……まあ、つまり、ほんとに裏表のない娘だったってことだな。スパイの線は消えたとみていいだろう。本人の許可なくこんなことするのは気が引けたが、これですっきりした」

 秘密裏に身辺調査を依頼し、ようやく彼女の白は証明された。《機関》内の独立部署として、独自の権限と捜査網を持つ監察部の内偵だ、万に一つの漏れもない。

 だが、もう一つの疑問については進展がないままだった。

『神橋家の人間が【第五魔女】の娘と推測される人物に殺害される動機は不明。血縁者の中に【魔女細胞】に関わる人物は該当なし』

 空中に浮かぶウィンドウに指を向け、スライドさせると、画面が移り変わって新たな情報が表示された。文字だらけで読みにくいそれに、どうにか目を通しながら、琴羽はふと、眉を寄せる。

「……死体収容から火葬までの期間が、早すぎる……」

 どの位階の《ディヴィジョン》の仕業であるのか、その侵入経路や駆除されたかどうかの調査も済んでいないまま、生存者である早梛の証言もまともに聞かない内に、神橋家の事件は処理されていた。

 いくら【魔女細胞】の混入した可能性のある死体が眷属化する惧れがあるとはいえ、この短期間で事を急ぐ理由がない。“加速”の性質を持つ六型ならともかく、五型の犯行だということは現場に残された痕跡から判明していたはずだ。

 調査した監察部部長も疑問に思っていたらしく、コメントが添えられていた。

『処理班の担当者は既に《機関》を退職していたが、電話で話を聞いたところ、「死体の損傷が激しく、また遺族の希望もあったため、これ以上の調査は打ち止めにするよう上から指示があった」とのこと。ただし、この命令をした誰かは不明。研究部・常務部ともに、心当たりのある人物はいなかった。この件に関しては引き続き調査を続ける予定』

「……なに」

 当時、詳しく調べれば都市に侵入した《ディヴィジョン》によるありふれた殺人ではなく、【魔女の娘】によるものだということも判ったはずだ。……いや、そもそも、その事実を隠蔽したかった者がいるとするなら。

 コメントの最後の文面を見返して、琴羽は目を伏せる。しばらく逡巡した後、SNSを起動してメッセージを打ち込んだ。

『ありがとう、充分な結果だ。ただし、これ以上の調査についてはくれぐれも注意するように』

 送信すると、すぐに返事があり、

『まだ直接会ったわけじゃないけど、ユキとの相性はいいの、その子?』

 と書いてあった。

『いずれ会うこともあるだろ。業務に戻れ』

 自分がサボっていることを棚に上げて返信する。まあ、先ほどの会議でメンタルを削られたのは監察部部長も同じだろうし、そうでなくてもいろいろな意味でハードワークな人物だ。少しくらい休憩していても、咎めはしないが。

「んー……あとは特に、気になることはないかな」

 調査結果を隅から隅まで見るが、真新しい情報は特にない。これ以上は《機関》内部で調べるにしても限界があるのだろう。そもそもの【魔女の娘】自体の情報が少なすぎる。他の【魔女】の子どももだが、とりわけ【第五魔女】の娘に関しては露出が少ない。それにドイツ周辺の情報は《薪の塔(グレーテル)》が独占していて、なかなかアクセスできない。

 早梛の素行については問題ない。強いて挙げれば、彼女の両親は不妊治療で悩んでおり、長女は体外授精、ということだろうか。十九年前、施術直後に対人外戦争が勃発、戦中生まれとのことだ。とはいえ、早梛は当時赤ん坊だったし、見たところそのことによるストレスやトラウマは見受けられない。

 むしろ、三年後に自然妊娠で生まれた次女との間に姉妹間差別があったらしいという報告が、琴羽の顔を曇らせた。虐待というほどひどいものではなかったようだが、子どもに差をつけていい理由などどこにもない。親の都合で産んでおいて、随分と身勝手だ。

「っよし、それじゃ、疑いも晴れたところで、これからはばっしばっし働いてもらおうかなっと」

 スパイ疑惑が消えたことで、いままで早梛に明かすのを控えていた機密情報などを解禁し、より仕事に活かせるようにできる。生真面目な彼女のことだ、琴羽の仕事もだいぶ減るだろう。

「そうですか。……それは良かった」

 隣で報告を見ていた笙香も、ほっと胸を撫で下ろした。それから思い出したように、ふと問いかける。

「お仕事のことはいいんですけど……ユキさんとは、どんな感じですか?」

「うーん……どうかな」

 顎に指を添え、考える。

「ユキの方は完全に惚れてるんだけどな……でも、本人に自覚がまったくないんだよな~、あいつ。ほら、菊織(くくり)さんに似て人付き合い下手で理屈っぽいところがあるだろ? 多分初恋だし」

「見守るしかないのでは?」

「そうだけど……でも、鈍感すぎて見ててイライラするんだよな。かといって変に拗れても嫌だし……そうじゃなくても十五なんて思春期真っ盛りだし」

「菊織さんはそういったところは達観してましたけどね。やはり親子といっても、育ちが違うからでしょうか」

 時幸は、日聖ではない。どちらも人と違うという悩みと負い目を抱きつつも、他人に求めるもの、こうありたいという方向性は同一ではない。ただ……すべてを守ろうとして、すべてを裏切った日聖の在り方は、正しくなかった。笙香はいまでもそう思っているし、それ故、父とは異なる道を探り始めた時幸を、応援したいとも思っている。

「いまのところ、肩に力入ってるけど目立ったミスはしてないし、戦場に立たせることにも反感はなくなったっぽい。ちょっとしたヤキモチはするけど、執着だとか独占願望は少なめだな」

「そこはほら、ユキさんは紳士ですから。……好きだからこそ、慎重なんじゃないですか」

「そうかもな」

 時幸という存在がどうなるのか……早梛との関係も含めてどうなるのかは、まだ誰にも判らない。

「そういえば、コトさんの方はどうなんです?」

「へ?」

 彼女にしては珍しく、間の抜けた顔をした琴羽に、笙香はにこやかに問いかける。

「せっかく九州から戻られたんですし、お二人で過ごしたりとか……」

「な、な、何言ってるんだ~~~‼」

 恋愛の話から自分に振られるとは思っていなかったのだろう。時幸のことを散々初心だ奥手だと言っておいて、不意打ちに動揺する琴羽もまた、いじらしいほどに青く瑞々しい。

「っと、そういえばあいつら、そろそろ研究棟から戻って来る頃か。私も仕事しないとな」

 かたん、とテーブルに手を突いて立ち上がる。

「じゃあな、ショーカ。ごちそうさま」

「はいはい。いってらっしゃい」

 琴羽を見送ると、笙香も食器を片付け、業務に戻った。

 誰もいなくなった部屋の中で、ホログラムの写真だけが、淡い色合いでゆったりと漂っていた。


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