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*エピローグ*

 通信室正面、壁一面を利用したメインモニターいっぱいに、白い楕円が映し出されている。ドローンによって頭上から撮影されているために平べったく見えるが、実際はかなりの質量があるそれは、崩落した残骸だった。

 肉割れに時幸が侵入してから数十秒後、肉の丘は表面を泡立たせ、ぼこぼこと音を立てながら融解を始めた。終いには果物が捥げるように崩れ落ち、ミキサーにかけた豆腐のように白濁した流動体になって辺り一面に広がった。

 その動きも完全に停止し、しばし、重々しい沈黙が部屋を満たした。

 誰も、普段は騒がしい生天目や遠藤ですら何も、言わない。

 やがて……昇りかけた朝陽が、地上を照らし出し……代わり映えのしない景色の中、僅かに変化が生まれた。

 白い塊だったものの中から、まるで芽生えるように……ぽこん、と頭を覗かせた。

 通信班員が我先に、該当箇所を拡大する。皆が皆操作するものだから一度やりすぎてわけのわからないモザイクのようになる。慌てて今度は縮小して……誰からともなく、歓声を上げた。

「作戦目標、両方とも達成を確認。現時刻をもって『オペレーション・キャベッジバタフライ』作戦終了……おかえりなさい、二人とも」

 白み始めた空の下、顔を出した二人は、海中から浮上したときのように荒い息で酸素を貪った。

 どうにか息が落ち着いたら、どろどろとスープ上になった細胞の残骸から這い出る。首から下はすっぽりと埋まっていたが、弾力をなくした塊からはさして苦労することなく脱出できた。

 だが、それが限界だった。体力も気力も底をつき、

「ん」

 と、いきなり、早梛が時幸の胸に凭れ掛かった。

「ふえ、ええええええええええ⁉」

 これだけ近づいたのはいつぶりだろう。いや、止むを得ない接近以外では、もしかしたら初めてかもしれない。

 ふんわりとしたあたたかさが、比喩でなく胸に満ちる。青みがかった彼女の髪に吐息がかかる。シャンプーの香りが鼻腔を擽る。小柄な身体は時幸の胸にすっぽりと収まってしまうほど小さく、頼りなさげで、普段から見下ろしているはずの少女の大きさをいまやっと実感した。

 ほっとしたような、無防備な顔は薄汚れているが、彼女の美しさも清らかさも何一つ損なわれてはいない。至近距離で見て、否応なしに鼓動が高まっていく。

「さ、早梛さん? お、俺、汚いですよ。離れた方が……」

 我に返り、名残惜しくも紳士たらんと声をかける。

「ごめん。少しだけ……このままでも、いいかな?」

 普段の凛とした彼女とは違う、ぼんやりと甘えてくる声色に、時幸の心臓は貫かれた。

「は、はい!」

 俺も今日は頑張ったし、疲れているし、ちょ、ちょっとくらい……いいよね。と自分を正当化させようとする青い少年にトドメの一言。

「あたまなでて」

 かいしんの いちげき!

「な、な、な、な、なに、なに、なに言って、るるるるん」

 せっかく榊の父親から習った日本語が危うくなっている。

「いいじゃん、悠さんのことはなでなでしてたじゃん。だったら、私だって……」

 と、頭を差し出す早梛。

「私だって……頑張ったんだよ?」

「……はい」

 何もやましいことじゃない。最後の正当化を胸中で呟いて、時幸は手を伸ばす。

 一瞬、本当に自分なんかが触っていいのか、と手が止まるも、早梛の方から頭を伸ばしてきた。

 密かに憧れている、青の純髪に、遂に――触れた。

「わあ」

 柔く、繊細で、きれいな髪だ。丸い、整った頭の形。ぴったりと手に収まるようで、頭を撫でている、というより、撫でさせてもらっている、という感じがしてしまう。

 時幸のぎごちない動きにも、早梛は気持ちよさそうで。目を瞑り、実にいとけない顔で、時幸に身を任せている。

「お疲れ様です」

 静かに呟いた。その名の通り幸福な笑みを浮かべて。


 通信班に絶賛監視・傍受されていることを知り、少年が羞恥のあまり地面をのたうち回るのはもう少し先の話である。

「……私だ」

『やっほー、お疲れ様……といいたいところだけど、マコったらいままで何してたわけ?』

 夏来の言葉は刺々しい。

 直属の部下、それも年端もいかない、経験に乏しい子ども二人に現場を任せ、政府の独断での兵器使用をみすみす許し、いままでまともに通信の繋がらなかった琴羽に対し、無言で説明を求める。

「複数の事案が並行して起こっていて、それを片づけてた。いまも後処理の最中だ。それと、政府のゴリラを制御できなかったのは交渉班の落ち度だ。もちろん後でお礼参りはする予定だが」

『きゃー、こわーい☆』

「おまえこそ、命令違反して危険区域に留まり続けてたよな」

『わたくしに命令できる人はいません! っていうか、今回の作戦はわたくしが立案したのよ? もっと感謝して労わってくれたっていいんじゃない』

「功績より損害の方が大きいから却下。もう少しで《機関》は最も優秀な科学者兼医者を一人失うところだった」

『あらら? わたくしのこと心配してくれてたのかしら。やーん、マコってば気色悪―い』

「何の話だ? 私は損得勘定の話しかしてないし、さらにいうならおまえが大嫌いだ」

 端末の向こうで、くすくすという笑い声が巻き起こる。

「話はそれだけか。さっきも言ったが、私は忙しい」

『まあまあ。……それで』

 声のトーンに変化はないが、夏来が笑みを消し、真剣な調子になったのが窺えた。

「行方不明になった職員は全員見つかった。よりにもよって一番慌ただしい時刻に、ぎりぎり迎えをやれば助かるが放っとけば死ぬような場所で、な」

『あら』

「W=A=ノーマン及び娘のセシリアに関しては生死不明。瓦礫の撤去は進めているが、おそらく見つかる可能性は低いだろう。だが失敗した以上、同じ手を使うとは考えられない。もちろん対策はとるつもりだ。総帥にも報告して国際委員会にも提出する予定だ」

『へえ……それで』

 淡々と、研究部部長は先を促す。

 琴羽は一旦息をつき、首を回した。

 そして、口を開いた。

「……ノーマン親子を手引きした者の痕跡を見つけた。定時報告を偽造し、システムに侵入して監視映像他を改竄、さらに偽造パスポートの手配から滞在記録の抹消、これらはすべて一人の人物によって行われていた」

『へぇ。誰かしら?』

 琴羽は端末を耳に当てたまま、背後を振り仰いだ。何もない虚空に、彼女にしか見えない過去を描いて。

「これほどのことを一人で、しかも短期間でできる者。ノーマンや《同盟》と取引できる立場であり、なおかつ取引の理由がある者。大なり小なり日本に因縁がある者。これらの条件を満たすのは二人。そして……“壊れた歯車”は現在ルビヤンカに拘束されている。奴ならそれでもやりかねんが、けど、ありえないと私は思っている」

『そうね。その意見にはわたくしも賛成だわ』

 “壊れた歯車”が執着し、狂おしいほどに求めていたのはただ一人。

 彼のいなくなった《機関》にはもはや、ちょっかいをかける価値さえない。

 ならば……今回の件の関係者は、自然と絞られる。

『次から次へと、厄介ね』

「まったくだ。壁には穴が開くし、地下室は半壊するし、西日本の連中は騒がしいし、ユキは思春期だし、ほんと問題は山積みだ」

 やれやれ、と肩を竦める琴羽。

「だが――悪いことばかりでもないさ」

『ええ。そうね』

 二人の目に、全く困難の色は浮かんでいなかった。

 研究部部長の前には、膨大な細胞の塊が鎮座している。件の肉塊が完全に死滅する前に、時幸の血が回らなかった部位を切り落として保存しているのだ。七型因子、それも【魔女】に最も近しい細胞をこれほど大量に、しかも【魔女の娘】の干渉の痕跡が見られるとなれば、研究は飛躍的に進むだろう。

 特務部監督主任の前には、一台のタブレット。先ほど届いたばかりのメールが展開されている。おどけたような文面ではあったが、「今日の午後にはそちらに戻る」という旨の内容が記されていた。

 長い長い夜が明けた。だが彼女達が休めるのはまだまだ先らしい。

 迎えの車に乗り込み、都市までの短いドライブの間しばしの休息をとったのも束の間、治療だの報告だのであちこち連れ回され、ようやく休めるようになったのはもう昼だった。

 前使っていたデバイスは肉に呑まれた際のどさくさで紛失してしまったが、通信班が今回の功績に免じて新しいものを贈呈してくれた。おかげで、知らないところでは迎えに行くまで待っていろ、と言われた彼女が、いまや彼を迎えに行く立場だ。

 治療室の扉を開ける。しかし姿が見当たらない。

「時幸くん?」

「あ、早梛さん」

 下方から声がして、そちらに目を向けると……。

 時幸はなんと、床で腕立て伏せをしていた。

「わざわざ迎えに来てくださったんですか、ありがとうございます」

「何してんの、こんなところで」

「ストレッチです。サボるとまともに動かなくなるんで」

「いやいやいや、見て判るから。っていうか駄目だよ。まだ安静にしてないと。撃たれたんだよ」

「これくらい平気ですよ」

「だから、そういう無茶しないでほしいって、散々言ったじゃん」

「いえ、その……俺の場合はむしろ、鍛えてた方が治りが早いといいますか……師匠の特訓の成果といいますか」

「とにかく、今日くらいは無理しちゃ駄目だから! 年長者の言うことは聞く! ほら、せっかく仮眠室二つ確保したから、行こ!」

「ええ、でも……」

「こんなときくらい、素直に従ったらどうですか」

 と、扉を開けて榊が入ってきた。その少し後から悠が顔を出し、時幸の姿を認めるとぴょこん、と跳ねて彼の傍らに膝をついた。

 嬉しそうに手話で会話を始める。時幸も、まだぎごちない肩を気遣いながら、手話で言葉を返す。向かい合う二人はじっとお互いを見つめ合い、見るからに楽しそうだ。

「時幸くんと、悠さんって……やっぱり、仲いいんだ」

 もうごまかしようがないくらい、胸が締めつけられる。理由も判らないまま、痛みだけをただ、ひりひりと抱きしめる。

「そりゃあ、いいに越したことはないでしょう。従姉弟なんですから」

「え?」

 コメディ漫画だったら宇宙を背景にしている、そう言われても納得の呆け顔だった。

「ご存じなかったんですか?」

「ご存じなかったです! って、時幸くんの、あれ? ってことは……」

「悠さんのお母さんが、時幸くんのお父さんのお姉さんに当たります。だからお二人とも史俊さんのお孫さんです」

「孫⁉ あ、だから……でも……」

 時幸の出生を思い出す。彼は、けして祝福されて生まれてきたのではなかったはずだ。

 早梛の顔から考えていることを察したらしい。榊は笑顔のまま、少し寂しげな影を浮かべた。

「もっとも、日聖さんは自分に息子が生まれていたとは知らずに亡くなりましたけど。自分の血が子どもに遺伝することを恐れて、独身でしたし。その分、姪である悠さんのことは誰よりも可愛がっていたんです。悠さんも日聖さんのことが大好きでした」

 当時の様子を回想するように、榊は空に想いを馳せる。

「時幸くんは、自分を菊織家の人間だとは思っていません。菊織家の誰も与り知らぬところで、知らない人が勝手に日聖さんを利用して生まれた子どもだと、負い目を感じているんです。しかも、悠さんのご両親が亡くなったのは、一期さんが菊織家を訪ねたからだと、弟子としても責任を感じてしまっている」

 それを聞いてはっとした。現夜一期は、旧友の家に滞在中、住人もろとも襲われて命を落としたのだという。一期を狙ったものだという確証はない。だが、時幸はその事件に陰謀があると信じている。故に目を背けない。悠の家族が巻き込まれて死んだことに。悠が《調律の彼女》にならざるを得なかったことに。

「けれど、ぼくはこれで、よかったと思うんです。あの人は、何も遺さず亡くなりました。世界中の皆に優しくて、優しすぎて……何も言わずに消えてしまった。最後の最後で、すごいいじわるをして逝ってしまった。だからひょっこり息子が現れたって聞いて、驚いて、初めは少し気持ち悪いとも、思いましたけど……やっぱり、嬉しい気持ちがあったんです。悠さんも、多分、史俊さんも」

 時幸の父親について、早梛が知っていることは多くない。けれども優しい人だったと、日だまりのような人だったと、誰もが皆、口を揃えて言う。

 誰にでも優しくて、本当に優しい心を持っていて――だからこそ、大切な人の幸せを願わずにはいられなくて。大切な人が傷つくことを、他でもない自分が傷つけることを怖れて。自分を犠牲にすることでしか、守れないと思った人。

 お互いに面識もないというのに、とてもよく似た親子だった。少しだけ、胸が疼いた。

 自分を大切にしてくれる人を、自分も大切にしていたはずなのに。

 自分を大切にすることを疎かにして、あまつさえ、粗末にした。

 死の恐怖よりも、誰かを傷つけてしまう恐怖を選んだ。

 時幸は、父とは違い、自分で死を選ぶことはできない。――彼は、彼自身を止める方法を知らない。だが、自分が自分でなくなる恐怖とずっと、向かい合って生きてきた。これからもずっと。

 時幸は、日聖のようにいなくなることはない。彼の父を知る人々は、そう思っているかもしれない。けれども、時幸が時幸のままいられるかどうかは、実はとても不安定なことなのではないか。

「大丈夫、です」

 しかし、早梛は言い切った。榊というより自分自身に向けて、宣言した。

「時幸くんには、私がついてます。私が彼を傷つけるものから、時幸くん自身からだって、守ってみせる」

 いまはまだ、小さな力だけれど。

 早梛にしかできないことだから。

 両親(うまれ)も、師匠(そだち)も、機能(なにものか)も知らない早梛だからこそ、判るものがあると思うから。

「そうですか。それはよかった」

 気持ちをありのままに告げる榊の顔は、清々しいとも、晴れ晴れしいともいえるほど、純粋で。笑顔の仮面に隠れた彼の本当の顔が、このときやっと視えた気がした。

 だがそれはすぐ、おどけた笑みに再び覆われる。

「……ちなみに、それ以上の関係ではありませんよ。悠さんは唇が読めるので、話すとき手話だけでなく顔を合わせてほしがってるだけですから。時幸くんだけでなく、誰とだって見つめ合いますよ。先ほども言ったとおり日聖さんをはじめご家族に愛されて育ったせいでお姫様気質なところがあって、これまた日聖さんそっくりな貧乏籤気質の時幸くんは顎で使われてるってだけで。ええ、何ら踏み込んだ関係はございません」

 さらさらという榊。いったい何にフォローを入れているのだ、と思っていると、

「むしろ時幸くんにとって特別なのはあなたですよ」

 突然の爆弾発言。二、三秒して振り向いた。

「あなた以外に誰もいませんよ、神橋早梛さん」

「……そ、そりゃあ、相棒ですから」

 榊は一瞬目を瞠った。そして何か、意地の悪い訳知り顔になる。

「ふっ、では、そういうことにしておきましょうか」

「そういうこともなにも、それだけですってばあ」

「早梛さん!」

 と、時幸が駆け寄ってきた。

「榊さん、何か早梛さんを困らせていましたね」

 と、早梛を庇うように立って睨みつける。

「ええ。からかい甲斐のあるところも魅力的なお嬢さんだとね。きみもそう思うでしょう」

「⁉ …………さ、早梛さんが魅力的な女性である……ということには、同意します」

「ふふ」

 私を忘れないでよ、と言わんばかりに悠が合流し、なぜか早梛に抱き着いた。耳元で何か発するが、モールス信号なので早梛には判らない。なのでとりあえず、笑っておいた。清かな初夏にふさわしい、花の綻ぶような笑顔だった。


(時幸くんのこと、お願いね)


 所変わって、薄暗い部屋。窓は雨戸までしっかりと閉ざされ、さらに分厚いカーテンが引かれている。光源はなく、いつのことなのか、どこなのかすら、判別がつかない。

「ああ、我輩だ。……わかっている、埋め合わせはするさ。ああ、ああ、その件か。貴様もしつこいな……」

 男の声が、籠った空気を攪拌する。

 ようやく電話が終わり、闇に慣れた目で、男は傍らのベッドを見た。全身に包帯を巻き、実に痛々しい様子の少女が、静かに寝息を立てている。

 着信音が鳴る。再び男は通話を行う。今度は短めに終わった。

 その後も何人かから電話が掛かり、その内容によっては男からも掛けたりなどして、結局すべての通話が終わったのは三十分経った後だった。

 溜息を吐き、彼もまた、自らに宛がわれたベッドへ向かう。

 そのとき、再び着信音が鳴った。いい加減無視してしまおうかと端末を見て、相手の名前を見て思い直す。

「我輩だ。……ああ、元気だとも。きみも元気にしているかい? ……そう、それはよかった。……え、なんだって? シシーなら眠っているよ。初めてのヨコハマ観光ではしゃぎすぎてしまったらしい。……ああ、わかっている。……そうそう、土産は柘植の櫛でいいかい? え? ……ああ、もうすぐ帰るよ」

 最後に短く、別れの言葉を告げた。

「愛しているよ、アリー」

 その表情は闇に隠され、見えることはなかった。

 氷を砕いたように冷え冷えと青い空の下。

 舞台女優の座を月に奪われた太陽がマーマレード色の涙を流して去っていく。その名残、かつてのマドンナをいまも慕うように地上の一切は炎色に染まっている。でなければ、《ディヴィジョン》の血が赤いはずがない。

 地上、見渡す限りの景色にいま、足の踏み場もないほどに死が敷かれていた。まるで《ディヴィジョン》の見本市のような光景だが、死んでいるのはすべて五型、一種類では商売にならないだろう。あまりにひどい感想だ。くだらない考えを少女は笑い飛ばず。足元の死を、彼女自身がもたらした終わりを見下ろして。

 彼女以外に生きているものは、もはやここには存在しない。

 何体相手にしたのかは憶えていない。気にする余裕ではなく、必要がなかったから。襲いくるものから順に、流れ作業のように相手をしていたらいつの間にか、動くものがいなくなっただけだ。とはいえ、これだけの量を一人で相手させられるのはさすがに骨が折れる。まったく、うちの上司は人遣いが荒い。

 服の裾をそっと摘まむ。緑、紫、蛍光ピンク、形容するのもおぞましい様々な色の返り血で濡れていて、繊維の奥まで染みついてしまっている。基本使い捨ての支給着とはいえ、さすがに気持ちが悪い。早く戻ってシャワーを浴びたい。多分承認されないだろうが、上司には休暇を申請しよう。死んでいる有象無象のことなどもはや少女の意識の外だった。

 静謐を切り裂くように、バラバラという音が近づいてくる。宵の紗幕に踊るは黒い機体。機械的な作業、事務的な服装、無機質的な送迎……つくづく風情がない。まあ、乗っているのがあの男の時点で、期待できることなんて何もないのだろうけれど。

 安全を確認した後、少女の周囲に数機のヘリが降り立った。搭乗していた処理班が一面に散らばった五型‐クラスⅠの骸の解体・回収作業に入る。

 少女のすぐ脇に着地した機体から、一人の青年が降り立った。もはや留めようもなく夜が勢いを増す時刻にあって、そんなことお構いなしとばかりに鮮やかな赤い髪。

「ご苦労様」

「別に。ってか迎えが遅い」

 不機嫌そうに少女が応じる。

「相性有利だからってこの数を一人で相手しろとか、上の連中は何考えてんの? 最近ほんといろいろ雑じゃない」

 思わず漏れた愚痴に、青年は呆れたように肩を竦めた。

「そう言ってやるな。主力がミラノに行っちまって、人員が割けなかったんだよ。けど、おかげでイタリア政府に貸しができたし、おまえが潰した五型をうまく使えば七型の死骸の大部分も手に入る。悪くない取引だ」

「あっそ。私には関係ない」

 ふい、と顔を背ける。

 付近には未だ《ディヴィジョン》が再び現れる気配はない。処理班が一心不乱に業務を全うしているおかげで、早くも一体のクラスⅠは身が四分の一ほどまで減っていた。そのことに不快とも一抹の寂しさともとれる感情を微かに抱いて、だがそれを踏み潰すように目の前の肉塊を蹴り上げる。重たい骸が僅かに傾き、乾きかけた傷口から濁った体液が少しだけ零れ落ちた。

 それでも気持ちは晴れなくて、懐かしむようでも睨みつけるようでもある眼差しを夕日に向ける少女。その背中にそっと青年は囁きかける。

「帰ろう、クローディア」

「……ええ」

 黒髪の少女は頷き、死の横たわる世界に背を向けた。


END


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