第9話 スマートなやり方
「はぁ~~~~~!!」
もう一度大きな溜息を吐いた。
そんなことをした人物はこの場でただ一人。
「私、バッドエンドって嫌いなんですよねぇ」
琴音である。
「バッドエンドにしたのは……お前だろ。
このまま室戸さんが酷い目に遭う位なら、連中が操られているのは自業自得だ!!」
琴音の発言に対し、加藤はそう文句を言うが、
「さっきの話、聞いていなかったんですか?
そんな事を続けていても未来がないって言っているんですよ」
と、冷たく言い放つ琴音。
「『ばっどえんど』とは、嫌な終わり方という事だろう?
ならば、お前はどう解決すればよかったというのだ?」
最良の答えを教えてくれ。と、懇願するかのように言う【おどろおどろ】。
今の彼には最初ほどの恐怖は感じない。
ただの顔面が厳つい毛もくじゃらのUMAでしかないのだ。
「一番良い答えなんてわかりませんよ。
ですが、私は巫女ですよ?
人々に心の安らぎを与えられる存在。
つまり、妖怪の被害があった人々に楽しい記憶を与えたり塗り替えたりできる存在なんです」
「「「ん?」」」
琴音の答えに対し、なにか不穏な空気を感じた三人は、そろって首をかしげた。
「私ならもっとスマートなやり方ができると言ったんですよ」
「そ、そんな事が可能なのか?」
信じられないといった様子で【おどろおどろ】は聞く。
自分よりも数段上の力を持つ存在であることは戦ってみてわかった。
しかし、人間の醜い面をどうにかできるほど、人一人の力ではどうしようもできない事もしっていた。
「まぁ、今回は貴方のような妖怪が人々を苦しめていたから、精神的なケアの意味も含めて私も力を使うことができるんですけどね。
結果オーライという意味も含めて、貴方を退治するという事は私はしません」
「つまり……何をどうするんだ?」
「こうするんですよ……」
琴音はパチンと指を鳴らした。
「これで、この学校へは誰も入れませんし、誰も出ることはできません。
そして……この学校の敷地内で何が起きたとしても、外にいる人達は気付くことはありません」
「だから……どういう事……ま、まさか!?」
【おどろおどろ】はバッと窓から外を見た。
「お、おい。どういう事だ?」
「琴音さん……。何をしたの?」
加藤と叶は二人の様子を見てただ事ではないと察したのか、そう質問をした。
「こ、この巫女。結界を張ったのだ!
この部屋に行ったものとほぼ同等の結界をこの建物がある敷地内全域に結界を張ったのだ!!」
部屋だけではなく、学校全体に結界を一瞬で張るなど、普通ではできない事である。
普通、何人も術者が居て、時間をかけて行うことを琴音一人でやってのけたのだから、【おどろおどろ】が信じられないのは無理もない。
「そして……こうします」
バサバサバサバサバサ。
次に琴音は両袖から大量のモコモコした丸い物体を出す。
水道の蛇口をひねった際にでる水のように、どんどんとソレは出てきた。
「雀……?」
と、その流れ出たモノの正体に気づく叶。
叶が気づけば他の1人と1匹も気づいた。
「「「「「ちゅんちゅん!!」」」」」
琴音の袖から大量の雀が湧き出たのだ。
どこにしまっていたのか。いや、そんなレベルではない。
雀の大群が波になって教室を埋め尽くす勢いで出てきたのだ。
しかし、一匹や数匹ならば可愛い雀でるが、数十匹……いや、百にも届きそうな数の雀は不気味である。
「ちゅんっ!!!」
「へ? ぐおはぁ!?」
「正章ぃ!?」
「加藤君!?」
突如、大量に出てきた雀の内の一羽が、舌をあり得ないほど伸ばして加藤の額に突き刺した。
「あひぃぃぃ!? あひぃぃい!!」
白目を剥き、ビリビリと痺れたように痙攣する加藤。
「な、なにをするのだ!?」
と、【おどろおどろ】は舌を突き刺す雀を追い払おうとしたが、
「「「「「ちゅん?」」」」」
雀の大群が【おどろおどろ】をつぶらな瞳で一斉に見た。
「うっ」
毛を操ろうとしたが、力の違いに気づき動きを止める【おどろおどろ】。
彼はその目で力量を図ったのだが、雀達に勝てる気がしなかったからだ。
一羽であれば勝てるはず。
だが、この教室の中には百を超え、数百羽になる勢いで雀が出現しているのだ。
「良い判断です。いくら大量の毛で攻撃できる貴方といえど、この数の私の式神に勝てるとは思えませんからね」
そう冷静に言う琴音に対し、
「これが全て……貴様が操る式神だというのか!?」
先ほどから明らかに人間を凌駕しているような術を使い続ける琴音に対し、驚くことが疲れてしまう。
「そうですよ。そして、今私がやっていることは記憶の改竄。後は、操られている人に絡みつく貴方の毛の消去と治療。
加藤君には妖怪【おどろおどろ】の封印を解き、その礼として依頼をした事はすべて忘れさせましょう」
「な、なんだと? ま、まさかコレを……」
【おどろおどろ】は自分にもできない記憶改ざんの領域に、何ともないといった様子で軽々と行う琴音に恐怖した。
「えぇ、貴方の予想通り、これをこの学校全体……。いえ、家に帰っていたり入院している人も居るでしょうから、学校に関わる生徒や教師全員の記憶を変え、治療を行いましょう。
どの道妖怪が絡んでいた時点で、色々な面倒ごとをほじくり返されない為に私の記憶を消しとかなくてはいけないので、一石二鳥と言えるでしょう」
「こ、琴音さん……?」
叶は未知なる力を前にどんな反応をしたらいいのかわからなかった。
ただ琴音の名前を呼び、彼女の出方を伺うだけだ。
「うふふ、大丈夫ですよ。叶ちゃんも苛められていた記憶も無くなります。
そうだ。あの天羽という男子生徒と一時期でも付き合ったという記憶は消しておきますね? 不名誉な事でしょうから。ついでに今後天羽君の事を魅力的な男性だと思えないようにしておけば、付き合うこともないので今後苛められる事もないでしょう。
それと叶ちゃんが加藤君に言った"一人でも私の事を助けようとしてくれた人が居たことは忘れない"という決意の記憶を消しません。
私の事は忘れてしまいますが、ここにももう一人叶ちゃんの人生を応援している人がいた事実は変わりません」
まるでお別れのあいさつである。
「そんな! 私、まだ琴音さんにお礼を言ってない! 事件を解決してくれたことや、私を助けてくれようとしたこと! 助けてくれたこと! 忘れたくなんて――――」
そう言っている途中で、叶の額に雀の舌が突き刺さった。
「ダメですよ。私のような存在が世間に居るなんて、"この世界の人間"に知られちゃいけないんですから」
寂しそうにそう叶に言った後、琴音は部屋の結界を『パチン』と指を鳴らして解除をする。
それを皮切りに雀たちが教室の扉や窓をを開けて一斉に飛び立った。
「さぁ、お行きなさい。
お仕事の時間です」
「「「「「ちゅんちゅんちゅんちゅんちゅん」」」」」
琴音の命令に返事をする雀たち。
「あわわわわわわ……」
顔面から汗を流す【おどろおどろ】。
この日の放課後。
人々の記憶には残ることが無い地獄が――――――――。
――――――――始まった。