第8話 化け物巫女
妖怪【おどろおどろ】。
昔は別の名前で知られていたが、ある時期を境にこちらの名前の方が有名になった妖怪である。
この妖怪。実際何をする妖怪なのだろうかと言われたら、妖怪と区分されているというのに、有名な天邪鬼よりもよくわからない行動をする。
その一つとして、神社の鳥居や寺の門などの上に居て、信仰心の無い者が通ろうとすれば落ちてきて、通行人を脅す。
と、いうものだ。
神社や寺の門の上に居て、更に信仰心を確認しているとかお前は神か仏の部下かなんかなの??
そう言いたくなるような行動をする妖怪である。
基本的に妖怪は謎の生態系を持ち、独自の行動パターンを持つが、【おどろおどろ】という妖怪は妖怪のくせに神社に居て討伐されるか封印されるのを待っているのだろうか。
さて、そんなよくわからに妖怪である【おどろおどろ】。詳しいことを更に調べようとしても"よくわからない"のである。
先ほど記載した行動パターン以外の事は判明していないのだ。
近年、漫画やアニメ等でこの妖怪が取り上げれる場合様々な能力を持っていたりするが、それは根拠はあるがあまりその根拠が知られてはいない、知る人ぞ知る"設定"ではないだろうか。
各方面から怒られる覚悟が必要なのかもしれないが、つまり創作物では、極端な事を言えば空を飛んだりミサイルを発射したりできる能力を付与できそうな可能性が無限大の妖怪とも言えよう。
まぁ、実際妖怪ですら創作物と言われてしまえばそれまでなのだが、とにかく鬼や天狗、座敷童、雪女等々も含め、妖怪というのは文献の中の存在が大半を占めており、直接インタビューをしたり一緒に暮らさない限り詳しい事はわからないのだ。
妖怪おどろおどろは、その"よくわからない妖怪"の代表ではなかろうか――――?
「お、おい! ば、バレたぞ!?」
加藤は天邪鬼と名乗っていた【おどろおどろ】にそう言った。
彼は初めから天邪鬼ではない事は知っていたのだろう。
それは当然であり、加藤が封印から【おどろおどろ】を解き放った際は、今の状態だったからだ。
「ぐぬぬぬぬぬぬ……」
【おどろおどろ】の最初の余裕はどこへいったのか、今は琴音への警戒を限界まで引き上げ、どうしようかと迷っている。
「ちっ、一日だけの見学であれば操るつもりはなかったが……。余計なことを広められても困る。
お前もこの学校の一員となれぇぇええええ!!」
【おどろおどろ】の全身から長く生えた毛が一斉に伸びて琴音の所まで迫る。
「きゃっ!?」
叶は悲鳴を上げ、目を瞑ったが、
「な、なにぃぃぃいいい!?」
次に叶の耳に聞こえてきたのは【おどろおどろ】の驚愕した叫びであった。
「えっ……ひぃぃ!? こ、琴音さん!」
叶はゆっくり目をあけて、何が起きているかを確認しようとした。
そして、前方にいた琴音は……。
「遅い遅い。欠伸が出ちゃいますよぉ~」
巫女服の袖からは血色の悪い腕を片側2本ずつ計4本が飛び出しており、高速でぶん回っている。
【おどろおどろ】の攻撃が止めば、それに合わせてピタリと腕が止り、その人間の腕のような何かには太刀、鎌、鉈、短刀がそれぞれ握られているのが確認できた。
「う、うわぁああ!? ば、化け物ぉぉおお」
琴音のその謎の腕を見た加藤は恐怖で腰を抜かし、尻餅をついてガタガタと震える。
「失礼ですね。私はただの人間ですよ?
といいますか、貴方、目の前に本当の妖怪が居るのに、なんで私のこの腕で驚いているんですか!」
プンプンと加藤に対し怒りながら、琴音は『バキョッ』『メキョッ』と、嫌な音を立てながら腕を袖に引っ込め収納していく。
いったいどこにそんな長い腕を格納するスペースがあるのだろうか。
「まったく。それっ」
そして、琴音は袖から札を複数取り出し、地面にばらまく。
そのばらまかれた札の下には、切られた【おどろおどろ】の毛が散乱しており、その毛は札に触れればたちまち光の粒子となって札と一緒に消えていった。
「どうやって人を操っていたのか気になっていましたが、やはりその長い髪を使って人間を文字通り操り人形にしていたんですね?
そして、この毛は分断しても動くことができる。
分断した髪の毛をそれぞれ動かすことができるなんて、空間認識能力とか同時操作能力とか滅茶苦茶優れていいません?
いやぁ、便利な能力を持っていますねぇ」
「ぐっ。そこまで把握していたか! だから迷わず散らばった毛の切れ端を消滅さえたのかっ」
【おどろおどろ】は奥の手を潰されてしまい悔しそうだ。
「さぁ、諦めてください【おどろおどろ】さん。
貴方は私に勝てませんよ」
当然のように自分が上だと宣言し、降伏を促す琴音。
それは【おどろおどろ】にとってとてもじゃないが、受け入れがたい内容であった。
「少し優秀だからといって図に乗った小娘がぁぁ……。
ここで終わってたまるかぁ!」
再度伸びた毛を使い、攻撃を仕掛ける【おどろおどろ】。
「懲りない妖怪ですねぇ。無駄だといったでしょう?
そこまでして加藤君に恩を返したいなんて、よほど義理堅い妖怪なんですね」
と、今度は札にて出現させた結界で毛の侵攻を阻む琴音。
結界に当たった毛の先はジュージューと溶けてしまう。
「義理だけではない! これは俺様の意地の問題だぁああ!
まだ十数年しか生きてないような小娘に負けるわけにはいかない! そうでなくてもこの俺様は二度も人間に負けるわけにはいかないのだぁあああ!!」
一度目は自らが封印された時の事を言っているのだろう。
【おどろおどろ】は必死であった。
しかし、当たれば溶けることは気にせずにギュウギュウと結界への圧を強める毛の束は、琴音の結界をなかなか破壊することができない。
「まったく……ほらっ」
琴音はもう一枚お札を取り出し、結界を押す毛に当てる。
その直後、勢いよく毛が燃え始めたではないか。
「くそぅ!」
慌てて【おどろおどろ】は別の毛で燃え始めた毛を切り落とす。
炎は青く輝いており、床や机などには燃え移らないようだった。
「くそぉ! クソクソクソォォオオオ!! なんなんだお前は!
こんなバカげた力を持つ人間は封印される前でも見たことがないっ!
貴様、本当に人間なのか!?」
あきらめたくない。だが、自分の攻撃がことごとく通用しない。
打つ手がないと判断せざるを得ない【おどろおどろ】は、今はただ琴音に対し声を張り上げ威嚇する以外できなくなってしまった。
「だから人間だって言っているでしょ? どこからどう見ても可愛らしい少女ではないですか……。
では、今度はあなたの話を聞かせてくださいよ。
あなたの毛の有効範囲や有効期限。
いったい何人まで操ることができるのかを」
琴音はあきらめる様子もなく、今度は【おどろおどろ】に質問をする。
「バカかっ。自分の手の内を晒すような真似をするわけが――――」
と、【おどろおどろ】が言いかけたところで、
「これは貴方の為に質問をしているのですよ?
叶ちゃんを救いたいんですよね?
今は問題なく操れているからいいでしょう。
ですが、これから先叶さん達がクラス替えを行われたら? 引っ越しをしたら? 卒業したら? 各都道府県に分かれて進学、就職したら? 国外へ行ったら?
もし操りの術が解けたのであれば、彼らはきっとこう思うでしょう。
『叶という生徒のせいでひどい目にあった』『叶に関わったばかりに、自分達はやりたくもない事をやらされた』『体の自由が利かないなんて不気味だ』『人生を潰された。そうだ、いつか復讐をしよう』
そう思う人が出てきても不思議じゃないですよね?」
「「「……」」」
琴音の発言で、誰もが呆気にとられていた。
叶にとっては受け入れがたい現実。
いつか理不尽な復讐をされる可能性を提示されたからだ。
「さて、もう一度聞き方を変えて質問をしましょう。
あなたの毛は地球上どこにいても操ることができますか?
あなたの毛の操る有効期限は人の一生を終える位持ちますか?
これから叶ちゃんに憎悪を抱く可能性がある人達が増えた場合に備え、より多くの人を操ることができますか?」
「う……ぐ」
「できないんですか?」
言葉に詰まる【おどろおどろ】に対し、更に踏み込んで質問をする。
【おどろおどろ】は既に攻撃を止めていた。
「できないんですね?」
念を押してそう聞けば、
「で、できない……」
と、弱々しく【おどろおどろ】は答えたのであった。
そしてついに【おどろおどろ】は観念したように力が抜け、その場に伏せの状態になって悲しい表情へと変化させた。
「でしょうね」
吐き捨てるように琴音はそう言う。
「お、おい! 【おどろおどろ】。嘘だよな!? もしお前が負けて術が解かれた場合、また室戸さんが酷い目に遭っちまう!」
加藤は【おどろおどろ】が怖くないのか、彼の毛の束に縋り付き揺さぶる。
「すまん……正章。
どうやら……俺様にはこの巫女に勝てないどころか、完璧にお前の想い人を守るために多くの人間の行動を操ることは不可能だったようだ……」
「そ、そんなぁ」
ショックを受ける加藤は膝を付き泣き始める。
そんな加藤の様子を見て、
「か、加藤君……」
と、叶が彼に近づいて行った。
そして、
「私は大丈夫……。いえ、何とか乗り越えて見せるから……。
また2ヵ月前の状態に戻ったとしても、一人でも私の事を助けようとしてくれた人が居たことは忘れない。
それに、このまま学校中の皆を操っている状態じゃいけないと思う……。
だから……。
今までありがとう」
「えっ……」
加藤は礼を言われるとは思わなかった。
彼は最初から叶に危険が及ぶとは考えてはいなかったが、結果的に術を解けば2ヵ月前以上に危険な状態になってしまった。
それが加藤が原因だというのにお礼を言われるなど信じられないのだ。
「……」
【おどろおどろ】はそんな二人の様子を悲しそうな目で見ていることしかできなかった。
悲しい空気が場を支配する。
しかし、
「はぁ……」
重く張り詰めた空気の中、一際大きくわざとらしい溜息を吐く人物が居た。