第3話 調査開始
教室ではすでに2時間目の授業が始まていた。
「あぁ……。室戸さん達か。大丈夫? 授業が受けづらいなら休んでいてもいいぞ」
ここら辺は今日仕事の指導方針の違いなのだろうか。
今、琴音達の授業をしている教師はそんな許可をしてくれる。
しかし、周囲の生徒達は叶や清香の取り巻き立ちに注目している。
「おい……。聞いたか? 清香の奴今月に入って何度目だよ」
「3回……いや、4回目ぐらいじゃないか?」
「他のクラスの連中にも清香と同じような現象が出ているらしいじゃないか」
「怖いわ……。やっぱり何かおかしいよ」
などと、コソコソ話している始末だ。
「はいはい、お前ら。変な噂話を鵜呑みになんてしてないで、授業に集中しろよぉ」
教師はパンパンと机を叩きながら生徒達の注意を叶達からそらす。
そうしてようやく生徒達は叶達から視線を外し、集中できない授業に耳を傾けるのであった。
その後、授業の終わりの度に10分ほどの休み時間はあったのだが、琴音の周囲には誰も来なかった。
よほど清香の件が響いたようで、だれもがおとなしい。
そんな状態が昼休みまで続いた。
「こ、琴音さん。お昼を一緒にどう?」
「はい! ご一緒します!」
ランチタイム。
琴音は叶に誘われ、ご飯を一緒に食べることとなった。
「あっ、私も一緒に!」
「私もー」
「俺も―!」
と、この時になると生徒達も精神的に立ち直ったのか、叶に声をかけてくるではないか。
だが、
「あぁ、えっと、みんなごめん。私琴音さんの案内とかあるから、学校を回りつつ御飯を食べようと思ってて……。
一緒に食べるのはまた明日ね?」
と、断りを入れていた。
案内とは嘘で、実際は清香の件を聞きたいのだろうというのは琴音も把握できた。
「えー」
「じゃぁ、明日は必ず」
「絶対だよぉ」
叶のクラスメイト達は惜しみつつも琴音と叶を送り出す。
「いやぁ、叶ちゃん。人気者なんですねぇ」
と、目をぱちくりさせながら琴音はそう感想を呟いた。
「そんな事はないんじゃないかなぁ」
叶は恥ずかしそうにしていたが、まんざらでもなさそうな様子だ。
「いえいえ、男女関係なくこれほどにも慕われているのはすごい事ですよ」
「そうかなぁ……」
と、自信なさげに返す叶。
二人は今、人気が無い廊下を進んでいた。
目指す場所は誰も居ない場所が好ましい。
最終的にたどり着いたのは、大量に粗大ごみが置かれている体育館裏であった。
「色々とあるんですね……」
ボロボロの机や穴の開いたバケツ。
何に使ったかわからない木の板や棒も無造作に置かれていた。
「うわぁ」
中にはどうしてこうなったというような物も発見された。
マジックか墨かはわからないが、真っ黒に塗りつぶされた机。
光の反射で塗りつぶされる前に書かれていた文字が浮かんで見える。
「……」
それを見て琴音は顔をしかめた。
「あっ。ここじゃぁご飯食べ辛いよね……」
琴音の表情を見て慌ててそう言って引き返そうとする叶。
確かに誰も居ないだろうが、食事がとり辛い場所であることは一目瞭然である。
「いえ、ここでいいでしょう。話をするのであればもってこいの場所です」
ここへ来た目的は食事ではない。と、琴音は遠まわしに言った。
「そう……だよね」
叶も目的は昼食ではない。
「で、どうだったかな? やっぱりおかしいでしょうか?」
まだ琴音とはそれほど親しい間柄ではないため敬語を交えながら、叶はさっそく核心へと迫る。
「……おかしいと言えばいろいろとおかしいですねぇ」
琴音はズイッと叶の方に近寄りジロジロと顔を見ていた。
「えっと、や、やっぱり幽霊とかのせい……?」
同性と言えど思いっきり近寄られた顔に恥ずかしさを感じた叶は後退りながら質問を続ける。
「あぁ、はい。お見込みの通り、叶ちゃんの予想が当たりましたよ。
どうやらあのクラスはよろしくないものの影響があるようです」
と、あっさり答える琴音。
「え?」
だが、叶は琴音の回答に驚いた様子であった。
「あの、私にじゃなく、あのクラスが影響を受けているってことですか?」
自分にではなくクラスに対して影響があることが納得できない様子である。
「そうです。正確に言えば、あなた以外のクラスメイト。
担任の教師どころか隣のクラスの人達が憑りつかれているような状態ですかねぇ」
「???」
さらに続ける琴音の答えに叶は理解できないといった様子で視線を泳がす。
「叶ちゃん」
「は、はい」
叶は琴音に今まで会話してきたよりも一段低い声で名前を呼ばれてビクッとしながら背筋を伸ばし、琴音の方を見た。
「どうして叶ちゃんは自分が憑りつかれていた。と、考えたの?」
「!?」
琴音のその質問にハッとした叶は、更に視線を泳がせた。
「あ……いや、そ、それは……」
額には汗を浮かばせ、自重を支えられないのか座り込んでしまった。
「まぁ、犯人……といいますか、この原因を作った張本人はまだわかりませんが、叶ちゃんが言い辛そうにしている理由は何となく察しは尽きましたよ」
「え?」
この会話をしている人物が巫女さんではなかったら適当な事を言っているのだろうと決めつけることができた。
だけど、叶は琴音の目を見て絶対的な自信があるのだとわかってしまった。
「はぁ……。本当はこんなことを確認したくは無いんですが、どうにもこの事件と関係してそうですからね。
ちょっと不躾な質問をしますが、叶ちゃん……。
あなた、苛められているでしょう? いえ、正確には"苛められていた"」
「!?」
それは叶にとっては教師や両親。そして赤の他人である琴音にも知られてはいけない秘密。
「ど、どうして……」
叶はそう声を震わせ、聞き返すので精いっぱいであった。
「やはり苛めがあったんですね……」
琴音は「はぁ」とため息を吐きつつ、近くにあった真っ黒に汚された机を引きずってきた。
「……どうして」
「わかったか。ですか?」
言葉をかぶせるようにそう言った琴音。
その勢いで叶は黙ってしまう。
「簡単な話ですよ」
そう言って汚れた机を叶の近くまで持ってきた。
「清香さん……でしたか? 転校予定を決めようとしている段階で因縁をつけてくる人間が、貴女のようなおとなしそうな人間をターゲットにしない。それどころか、従うそぶりを見せているのは異常なんですよ」
と、琴音は言う。
「もちろん、実は貴女がとんでもなく悪い人間で、私の前だと猫をかぶっているという可能性はありました。
清香さんも手が出せない程の凶暴な人間で、学校の裏の支配者とかそういう予想も立てました」
そしてガタガタと机の表面を叶に見せる琴音。
「辛いでしょうが見て下さい。
覚えがあるでしょう?」
真っ黒に汚れた机は生徒であれば教室で見慣れたものだ。
しかし、そんなに表面が汚れた机は見たことが無い。
「……もしかして誰かが真っ黒に塗りなおしたのでしょうか?
ですが、よく見て下さい。
黒く塗られているといっても、違うインクで塗られているので、完全に見えなくすることはできなかったようで、机に書かれた文字はうっすらと浮かび上がっていますよ」
「……」
恐る恐る近付く叶は、机の表面を見た。
光の加減でわずかに見える文字。
「ひっ!?」
その文字は琴音が言う通り見覚えがあった。
『死ね』『学校に来るな』『ブス』『ゴミ』
悪口のオンパレードがそこに書かれていた。
「どうして……それが!?」
叶の胸は一気に締め付けられるような感覚に陥る。
息は苦しく、立っていることも難しい。
極めつけは、
『叶はお亡くなりになりました。』
自分の名前が書かれた酷い一文。
「いやぁあああああ!!!」
声にならない絞り出された悲鳴は、誰も居ない体育館裏に響いた。
「やはりそうでしたか……。辛い事を思い出させてしまったようでごめんなさい。刺激が強すぎましたよね……よっと」
琴音はそう言って机を乱暴に粗大ごみの山へと戻す。
「さて、これで神社にまで行って私に相談した理由というのがわかりました。
叶ちゃんはわかっていたんですよね?
普通ではありえない現象が起きている。
今、学校で起きている原因不明の現象は科学や医学では証明できないと。
何故ならば、自分を苛めていた人達がある日突然親し気になったり、その苛めの主犯達が急に苦しみ始めたから。
優しい異世界から残酷な世界へと変わった。
叶ちゃんはみんなの唐突な気絶を治したいのか、原因を突き止めてみんなが気絶を起こさないように行動を気を付けたいのか。
貴女の望みはそのどちらかは分からないけど、神や仏でないと解決できないと考えたんですよね?」
当たりだ。
そう、琴音が言っている事は全て叶が思っている事を全て代弁しているかのようであった。
だから私も全てを伝える決心を固めた。
怖がっている場合じゃない。
悲しんでいる場合じゃない。
事件を解決しないと、この先もっと悪いことが起きそうな気がするからだ。
「わた……私は。苛められて……いた。
……2ヶ月前に突然清香さん達がそれまでと全く違う様子で私に話しかけてきて……。
今までの事は申し訳ないって謝ってきて……。
何故か今まで無視してきたような人も話しかけてくるようになって……。
ちょっと苦手だったけど、私はあっという間にクラスの中心になっているかのようだった……。
最初は私も幸せだった。
だって、それまで私は毎日学校に来ることが地獄だったから……。
だけど……1ヶ月前、急に清香さんが倒れて……そして同じく私をいじめていた人、無視していた人。
次々と気絶をしていって……」
そこまで言い終えると、叶は座り込み、膝を抱えて泣いてしまう。
「ううぅ……あぁぁ……」
今まで溜めこんできた感情が一気に爆発し、涙がとめどなく溢れてくる。
「今までよく我慢しましたね。
そして、よく私に話してくれました。感謝します。
もう、大丈夫ですよ」
琴音は叶の背中を擦りながら、優しく声を掛ける。
「叶ちゃんの見込み通り、これは悪い物の怪が関係しています」
「……えっ?」
叶は予想はしていたが、改めてそんなオカルト的な事を肯定されてしまうと驚いてしまった。
「だから安心してください。私が……必ずこの事件の犯人を捕まえてみせます」
決心を固めた琴音は力強い目で叶を見ながら、叶に約束をした。