ある奴隷の物語 6
「………ナーノ。」
「ごめん、だめ、私には無理だった………。」
私は騎士に囲まれた挙げ句縛り上げられ、地面に転がっている。
私はその間ずっと考え事をしていた。
彼らは、どうするのだろう、きっと、私達を殺すのだろう。
私はその光景を想像して、震えが止まらない、殺される仲間たち、彼らは一人一人首をはねられ倒れていく、そして、その地獄のような光景を作り出した責任は、他ならぬ私達にある。
常人なら耐えられないに違いない、自分のせいで人が死ぬなんて、この瞬間だけなら、私はなんだってできる、この瞬間だけなら私は聖人にだってなれるだろう。
「………ほう、これはこれはお嬢さん。」
「………エルフのお姉ちゃんどこ………?」
馬車から降りてきた10歳にも満たない女の子は突然騎士に髪を引っ張られて引きずられる。
「きゃあぁぁぁぁぁ!!!?」
「ふっ、ガキが、いいとろに来てくれた。」
騎士が女の子の髪を離すと手から抜けた髪の毛が地面に落ちていく。
「お前達は取り返しのつかないことをした、奴隷商の店を襲撃し、火を放った、おかげで街は大混乱だ、多くの人が危険にさらされた、それ相応の厳罰を受けてもらう!!つまり死刑だ!!このような子供ですら例外ではない、ましてお前らはこの瞬間奴隷ですらなくなった、奴隷は人だ、お前らは違う、お前らは今日この日、奴隷以下だ、本当に落ちるところまで落ちたわけだ!!こんなに笑えるのは初めてだ!!」
はははははと騎士は笑ってから剣を抜き放つ。
「貴様らに生きていい権利はない、死ね。」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
間に合った、間に合った。
心臓がバクバクしてる、俺は恐怖のあまり倒れ込んでしまった女の子を見下ろした、俺が、俺がもうちょっと遅れていたらこの子は死んでいたのだ、その事実に俺は恐怖せざるおえない。
「………なんだ、誰かと思えば冒険者一人か。」
「ふっ、他愛もないな。」
最初は驚愕していた騎士達だが、俺が一人であることを知った途端、余裕を取り戻しあまつさえそんな言葉すら漏らしていた。
………そうだ、そうやってゲラゲラ笑ってればいい、そうやって俺を見下していればいい。
『まったく、実力もないかと思えば性格もクズか、救いようがないな。』
『てめぇぇぇぇ、てめえはぁぁぁぁ!!!』
『君はいまから犯罪者だ、このことは傷害罪で検挙できる、まったくまったく、すべて自分のせいなのに逆ギレの果てにあまつさえ暴行か、裁判員がどう思うか見物だな。』
『………くそぉぉぉぉぉぉ…………!!!!』
………いま、目の前にいるこいつらは、あいつじゃない、あいつじゃないんだ。
そう理性では分かってる、だが俺の口角は自然と釣り上がってしまう。
俺がこんな楽しみを逆にドブに捨てるようなことをしてまでチートを手に入れたのはこれが理由だ、チート無しでこの世界に行くのも考えた、だけどよぉ、俺はあいつみたいな天才じゃねぇしなぁ、天才じゃねぇ俺があいつと同じことをしようとしたらチートしかねぇよなぁ!!
「うぉっしゃぁ!!こいよぉ!!」
俺は怒りのままに魔法を行使する、使うのは土魔法じゃない。
「特級水魔法!!!」
俺は魔力を石から取り出した、ダンジョンで潜っあ末ようやく見つけた石、使わせてもらう!!
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「な、なんだあれは!!」
騎士の一人が絶叫する、そりゃそうだ、俺が作り出した水球は、軽く家くらいの大きさがあったからだ。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぃ!!!!」
俺は水をぶん投げて、騎士達はその襲いかかる津波を前に流されていく、馬から落ちてしまったものもいた。
「………なんだよ、大したことないなぁ。」
俺はそうにやにやしながらやつらに迫っていくと、騎士の一人が悲鳴を上げる。
「化物がぁ!!くるなぁ!!ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
やつの重厚な鎧も俺が土を金属化して作った触手が貫通し、砲弾が当たったような音を立てて貫いた。
「………ふ、ふはは。」
これだ、これだ、このために俺は生きてきたんだ、俺は生きている、生きているぞ!!
「うぉぉぉぉ!!!!」
俺は凄まじい身体能力で騎士達に肉薄する、やつらはやっと起き上がり馬に乗ろうとしているところだったがそうはさせない。
「ワールドクロス!!!」
俺はワールドクロスを抜き放ち、近くの敵に振り抜いた。
刃は面白いくらいあっさり敵を切り裂き、血が体に飛び散った。
「誰かいないのか!!俺を倒せる人間は!!」
俺はそう自信満々にいうと、おうよ、といって奥から馬に乗って騎士がやってきた。
「………お前、あれを避けたのか。」
「この馬はいい馬だよ、あの激流でもなんとか踏ん張ってくれた、だから、お前を斬るのも造作ない!!!」
やつは馬に乗って突進してくる、俺はワールドクロスをガチャガチャと鳴らして突撃する。
刹那、俺の胸に吸い寄せられるようにやつの槍が突き刺さり、俺は吹き飛んだ。
「ぐ………あ………!!?」
「馬鹿め、この槍は騎兵のために特別に作られた槍だ、長さにおいて右に出るものはいない!!」
「くっ………。」
俺は時計回りにやつの周囲を動き続ける、こうしている間にもカオスアップでステータスは急上昇しているのだ、負けるわけがない。
「………ここだっ!!」
「はぁっ!!」
俺はやつが混乱したところを真後ろから攻撃する、そのときだった、やつは信じられない動きをした、槍を地面に突き立てて、次の瞬間には宙を待っているのだ!!
「嘘だろ………。」
「ハーベン流騎兵槍術奥義、フェザーだ、私ほどの達人になればこのような動きも可能なのだよ!!」
やつは空中から槍で俺を突き、俺は地面に両手をつきあいつは馬の上に着地する。
「くそぉ、なんて野郎だ………。」
俺は火魔法を駆使して巨大な業火でやつを燃やしつくそうとした。
だが、やつは槍の一振りでそれを蒸散させる。
「無駄だぁ、むだむだむだぁ!!!」
「な………うそだろ………。」
俺はその超人ぶりに後ずさるがそこでナーノが叫ぶ。
「旦那!私に剣を!」
「わかったよ!!」
俺は近づいてロープを断ち切り、ナーノに剣をもたせる。
「こいつは私がやる。」
「いいのか………。」
「怪我してませんから………はぁぁぁ!!!」
ナーノはやつに飛び込み、次の瞬間吸い寄せられるように槍の切っ先が。
「はぁぁ!!」
「さすがだ!!」
その槍は剣によって弾き返され、そのまま槍と剣で激しい応酬が続く、流石にナーノだ、剣術においては引けをとっていないように見える。
「………ケリがつかないな、お前が構わないなら何分でもやるんだが?」
「その必要はない!!」
ナーノは剣を持って地面にかがみ込む。
「………はぁっ!!!」
刹那、彼女は凄まじい速度で突撃し、なんと神がかった動きでやつの槍をかわした。
「なにっ!!?」
「これで終わりっ!!!」
だと思っていた、しかし、やつは予想外の行動に出た、なんとやつは馬から飛び降りたのだ。
「うそ!!?」
「喰らえ!!」
やつは地面に転がりながら槍を突き出した、それはナーノの胸の中に吸い込まれ………。
「はっ!!!」
「!!」
ナーノはその槍をなんと手で掴んだ、信じられない………。
「今度こそ終わりっ!!」
ナーノは槍を騎士の手から引き抜いて、そのまま投げ返す。
やつの肩にそれは突き刺さり、やつはくぐもった悲鳴をあげる。
「……く………くく………奴隷に………するにはぁ…………もったいないやつだ…………。」
「………はっ!!」
男の首を切り落とし、こんどこそ息絶える。
「………ナーノ、すぐに再会することになったな。」
「………。」
しばらくの間暮らしていた俺達だったが、些細なことで関係は一瞬でおしゃかになった。
ナーノはそれを奴隷と主人という立場の違いだと結論づけた、それは、きっと間違っていないだろう。
「………ナーノ、俺ともう一回やり直してもらえないかな。」
「………。」
「ナーノ、聞いてくれ、奴隷としてじゃないんだ、仲間として、俺ともう一回やり直して欲しい。」
「………。」
そのとき、奥の方から一人の男が歩いてきて突然言う。
「違うぜ旦那、全く違う、俺達は仲間なんて必要としていない。」
「………。」
「俺達がほしいのは………雇い主だ。」
「「………は?」」
その言葉には俺だけではなくナーノも驚いているようだった。
「俺達を助けたマハグニークは、この馬車の受け渡し場所に来なかった、俺たちには明日の飯の宛も、お金も、家もない、すかぴんぴんってやつだ………だからよ、俺達には必要なんだよ、俺達にはもうこの体一つしかねぇ、労働力を対価にお金と家と飯を提供してくれる雇い主がさ。」
「ちょっとマックス、何言ってるの。」
「ナーノ、俺はおかしいことを言ってるか?俺達は今の今までなんの対価もなく働いてきた、だがこれからは違う、俺達は自由だ、自由とは、ある自由とある自由を交換できる権利だ、俺達はもう奴隷じゃない、日々勤労の喜びを噛み締めながら、前へ進むことができるんだ!!こんなに、こんなに最高なことがあるかよ!!!」
男は俺の胸を軽くどついて言う。
「俺達は仲間なんて言葉には騙されないぜ、俺達を使うなら、出すもん出してもらう!」
「………そうきたか、そうきたか、う〜んう〜ん、残念だなぁ………いまお金には困ってないんだなぁ!!ここらで散財するのも良いかもしれないなぁ!!!」
「よっしゃ商談成立ぅ!!おいナーノ、崇めろ、讃えろ!俺達の金づるがいまここに降臨した!!ふははは、ふははははははは!!」