99 やらかした責任をとらなくては
私に宛がわれていた部屋に着くとアンディは私を応接間のソファに、そっと下ろした。そのまま離れようとする彼に私は再び抱きついた。
「ジョゼ様」
困ったように私の愛称を呼んだ後、アンディは隣に腰を下ろすと壊れ物に触れるように私を抱きしめた。
どれくらいそうしていただろう。
「……ごめん」
私は、ようやくアンディから離れた。
「いいのです。それだけショックだったという事でしょう」
ただ「彼」が目の前に現れただけでも私にはショックだとアンディには分かっている。
しかも、その肉体は今生の私の父親だ。
二重の意味で私にはショックだった。
「百聞は一見に如かず」とは、よく言ったものだ。いくら心構えはしていたとはいえ想像するのと実際見るのとでは大違いだ。
「……まさか、お父様が祐になるなんて」
いつかのアンディと同じような事を私は呟いた。
知っていれば、お父様にざまぁしようなどと考えなかった。
今生の人格のように泣き寝入りした。
「知っていれば」と考えても無意味なのは分かっている。もう起きてしまった出来事だ。神ではない人間である以上、時間は巻き戻せない。
「……今生の人格が虐待されてもお父様を慕っていたのは、前世の人格の影響だったのかもしれないわね」
無意識下で気づいていたのかもしれない。ジョセフと祐の魂が同じだと。
祐に目の前で両親を殺されても一目で心を奪われた相原祥子。
その前世の人格の恋心が今生の人格に影響を及ぼしていたのかもしれない。
それを考えれば、ジョセフが母親が自分に無関心でも慕った気持ちを理解できる。……ロザリーの顔が《エンプレス》になったのを見て「愛人になれ」と迫ったのも。
前世のお祖母様、《エンプレス》、武東祥子は、祐が唯一恋した女性だったからだ。
「ジョゼフィーヌ」もジョセフも結局、前世の人格の影響を受けていたのだろう。
「……やらかした責任はとらなければ、ね」
いつかのお祖母様の科白だ。
お祖母様が言っていたのは、今私が思っている事ではないのは百も承知だ。
祐を目覚めさせた責任をとる事は即ち……私がブルノンヴィル辺境伯でなくなる事だからだ。
お祖母様が絶対に、そんな事望んでいないのは分かっている。
大嫌いな異母姉の血も引く孫に家を継がせたくなくて、メイドにジョゼフィーヌを産ませた人だ。お祖母様が私に望んだのは立派なブルノンヴィル辺境伯である事だけだ。
それでも、お祖母が望まなくても、祐というパンドラの箱を開けてしまった責任は取らなければならない。
彼を目覚めさせた責任として私が始末すべきだろう。
まして、祐は私を殺す気満々なのだ。生き延びるためには、どちらにしろ、彼との殺し合いは避けられない。
祐に殺されれば当然辺境伯ではいられないし、生き延びたとしても……彼の今生の肉体が私の父親である以上、親殺しという人として最大の禁忌を犯した娘が辺境伯で居続ける事などできやしない。
それに――。
「……お祖母様には申し訳ないけど、私に辺境伯は無理だわ」
この数日で身に染みた。
祐の噂を聞いただけで貴族の仕事である社交ができなくなった。
お祖母様であれば、どれだけショックな出来事が起きようが公務を優先しただろう。あの人は、そういう人だ。
けれど、私には、お祖母様のようにノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)の生き方はできない。
国と民に命を捧げるのが貴族の在り方だのに、私はまず自分自身と身近な大切な人達を優先してしまう。
こんな私が辺境伯、貴族の当主などできるはずがない。
「……私は所詮、兵士でしかなかったのよ」
前世では《アネシドラ》の実行部隊員だった。
領民の命と生活を背負う領主よりも、一兵士として上官の命令を遂行すればいいだけの立場のほうがずっと楽だ。




