97 前世の因縁は終わらせてみせる
宰相を殺したと認めた男が現われたというのに、この場にいる誰一人、動けなかった。
皆、「彼」の気迫に呑まれてしまったのだ。
ヴェルディエ侯爵家の人間は、ジョセフ・ブルノンヴィルを知っている。表面上は主だった宰相と仲がいい従兄で、しょっちゅう邸に来ていたのだから。
魂と肉体は同じ男だのに、甘ったれた貴族のお坊ちゃんだったジョセフと違いすぎて、皆、ただ私やウジェーヌと「ジョセフ」の会話を聞くしかできなかったようだ。
彼が立ち去ってから真っ先に動いたのは私だった。
隣にいるアンディに抱きついたのだ。
普段であれば、絶対にそんな事はしない。
婚約者以外の男と親密な様子など見せれば、どんな噂をされるか分からない。いくら今の私がジャンとの婚約破棄か解消をしたいと考えていてもアンディを不貞の相手になど絶対に選ばない。彼がゲイだからではなく私の身勝手な憤りによる行動に大切な彼を巻き込みたくないからだ。
けれど、この時の私は「彼」の登場の衝撃で、そんな事、欠片も思い浮かばなかった。
「ジョゼ様?」
アンディが怪訝そうに声を掛けても何の返答もせず、ただ震えて自分にしがみついている私に思う所があったのだろう。
アンディは「失礼します」と一言断り私を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。
いくらジョゼフィーヌが小柄で華奢でも氷人形のごとく繊細で優美な外見のアンディが、ふらつく事もなく抱き上げた事に周囲は驚いた顔になった。少年だった頃も幼女だった私を何の苦もなく抱き上げたのだ。見かけと違ってアンディは意外と力があるのだ。
「ジャン様。もうしばらく滞在させて頂きます」
アンディは呆然としているジャンにそう告げると私を抱き上げたまま歩き出した。
将来舅(婚約破棄か解消するつもりだけど)となるはずだった宰相が殺されたのだ。このまま帰れるはずがない。
……今生のブルノンヴィル辺境伯としての立場を抜きにしても、私が目覚めさせてしまった「彼」が王都にいるのだ。知らんぷりして帰るなどできやしない。
まして、彼は私を殺す気満々なのだ。私が王都から去ったとしてもブルノンヴィル辺境伯領どころか地の果てまで追ってくるだろう。
彼の死か私の死、あるいは私と彼、両方の死によってしか、前世の因縁は終わらない。
殺し合い以外での解決など絶対に無理だ。
彼が絶対にそんな事望まないからだ。
「殺し合いでしか生きている実感がない」と宣う、人間でありながら人間をやめているとしか思えない男が、それ以外の決着のつけ方を望むはずがない。
――俺は目覚めたくなどなかった。
彼自身、自分の性に嫌気がさしているのだろう。
確かに、前世でこの手に掛けた時、どこかほっとした顔をしていた。
それでも、彼が「彼」である限り、こんな風にしか生きられないのだ。
目覚めたくなかった彼を無理矢理目覚めさせてしまった責任として、彼の望むやり方で決着をつけよう。
そして、どんな結果になったとしても、前世の因縁は終わらせてみせる。
次話はレオン視点になります。




