96 パンドラの箱を開けてしまった③(ウジェーヌ視点)
ウジェーヌ視点です。
突然現れた、この三年行方不明だったジョセフ・ブルノンヴィル。
けれど、その人格はジョセフではなく、よりによってあいつだった。
《アネシドラ》で《バーサーカー》のコードネームを持っていた武東祐。
まさかジョセフの前世の人格が祐だったとは。
私とジョゼは手間暇かけて、武東祐、《バーサーカー》というパンドラの箱を開けてしまったのだ。
自分が唯一恋した女の息子であり、自分を殺した女の父親として生まれ変わるとは、どんな運命の悪戯なのか。
祐(と呼ぶべきだろう。本人も周囲にそう名乗っているようだし)は、ただ動揺し固まっているジョゼから私に視線を移した。
「久しぶりだな。吉彦。いや、ウジェーヌと呼ぶべきか」
互いに死んで生まれ変わって邂逅したのを「久しぶり」と言うのはどうかと思うが、そんな事はどうでもいい。
「私は、お前になど会いたくなかった」
前世で初めて会った時から気に食わなかった。
祐が「祥子」に惚れているからではない。
見かけも中身も、とにかく祐の全てが気に食わなかった。
「殺し合いでしか生きている実感がない」などと宣う人間(とは思えない思考回路の持ち主だが)など、私でなくても忌避するだろうが。
前世で祐は父親に(性的な意味で)襲われ返り討ちにした後、家を飛び出したが、当時は十三の世間知らずなお坊ちゃんだった彼は結局行き倒れた。その彼を「祥子」が見つけて助けたのが出会いだった。
父親が名付けた今までの名を棄てたいという彼に「祥子」が「祐」という名を与えた。
「武東祐」は「祥子」が与えた名なのだ。
「祥子」は「自分が助けたように、今度は彼が誰かを助けるように」という願いを込めたのだが、残念ながら、これだけその名にそぐわない人間もいなかった。
「俺もだ」
祐は打てば響くように言葉を返してきた。
「吉彦にも、夏生にも、リリスにも、前世で俺が係った人間になど会いたくなかった」
祐の前世とは違う色の瞳がぎらついた。瞳の色は違っても前世と同じ見る者の魂が凍りつきそうな凄味は同じだ。
「俺は目覚めたくなどなかった。ジョセフ・ブルノンヴィルとして生きて死にたかったんだ」
「『お前』が目覚めると分かっていたら、私もジョゼもジョセフにあんな真似はしなかった。……今更言っても、もう遅いが」
ジョセフ・ブルノンヴィルが消え彼の前世の人格が目覚めた今、何を言っても、もう遅い。
「ああ、もう遅い。今生の人格は消えた。ここにいるのは、この俺、武東祐だ」
肉体はジョセフ・ブルノンヴィルでも、その人格は、本来その体で生きる今生の人格ではなく前世の人格なのだ。
「目覚めたくなかった俺を無理矢理目覚めさせたんだ。せいぜい楽しませろよ」
祐はジョゼに言ったのと同じ科白を私に向かって放った。
「……楽しませろと言っても、今生でも私は頭以外役に立たない人間だが?」
前世でも今生でも狂戦士と呼ばれるほどの男と正面切って戦って生き残れるとは思わない。
それに、私自身、生き残りたいとは思っていないのだ。
「祥子」がいないこの世界に何の未練もない私にとって死は苦痛でも絶望でもない。
むしろ、死は生まれ変わって「祥子」に会えるかもしれない希望なのだ。
「お前にとって死は苦痛や絶望でなくても」
祐は私の応答から自分にあっさり殺されるつもりな私の気持ちを見抜いたようだ。
「リリスは違うだろう?」
祐は未だに固まっているジョゼを一瞥した。
――今度こそ人生を謳歌したい。
今生で出会った時、ジョゼはそう言った。
「『祥子』の生まれ変わりであるジョセフィンにリリスを頼まれただろう?」
『祥子』本人でなくても彼女の転生であるジョセフィンに頼まれた以上、約束を反故にできない。
そんな私の気持ちを祐は分かっている。
「……ジョゼを守るために、お前と戦えと?」
正面切って戦えば生き残れないなら卑怯な手を使って生き残るしかない。
私自身、勝つため(生き残るため)に卑怯な手を使う事を恥だとは思わないし、祐としても自分を「楽しませて」くれるのなら卑怯な手でも何でも構わないと思っているのだ。
次話はジョゼ視点に戻ります。




