83 心の奥に秘めていた殺意(ジョセフ視点)
ジョセフ視点です。
どうしてこうなったのか、何度考えても私には分からなかった。
目の前には厳しい顔の兄上と沈痛な表情のアレクシス、そして、醒めた顔のジョゼフィーヌがいた。
私は彼らの目の前で衛兵に体を押さえつけられ無理矢理跪かされている。
私はただ、本来私の物になるはずだった物を奪い返そうとしただけだ。
それがなぜいけない?
母上亡き後、ブルノンヴィル辺境伯は、母上の唯一の息子である私だ。
それこそが正しい姿だというのに。
兄上はどういう訳か、あのどうしようもない小娘、ジョゼフィーヌを後継に指名した。
それを母上が望んでいたという。
確かに、私と母上は母子とはいえ仲が良くなかったかもしれない。
美しく聡く強い母上を敬愛していた。
その想いを素直に表さなかったのは認める。
息子相手でも厳しい母上に愛してほしくて認めてもらいたくて反発した。
今は亡きオルタンスを妻にしたのも愛していたからではなく母上の大嫌いな異父姉の娘で彼女に酷似していたからだ。
母子なのだから、いずれ母上は私を認めてくださるだろうと、のんびり構えているうちに母上は亡くなってしまった。
母上が亡くなった以上、母上の息子である私こそが新たなるブルノンヴィル辺境伯だ。
断じて、あのどうしようもない小娘ではない。
私が望まない行為の結果生まれてきた娘だ。
いくら私や母上と同じブルノンヴィル辺境伯家の特徴である銅色の髪と赤紫の瞳を持とうと、あれを私の娘だとは認めない。
「あれ」が母上の後を継いでブルノンヴィル辺境伯になるなど、絶対に認められる訳がない。
――ロザリーは、わたくしの命令で、あなたに媚薬を盛ったの。恨むならロザリーや産まれてくる子ではなく、わたくしを恨みなさい。
大嫌いな異父姉の血も引く孫にブルノンヴィル辺境伯家を継いでほしくないばかりに母上は暴挙に出た。
私に惚れたメイドを使って私に媚薬を盛り彼女を抱かせて子を産ませたのだ。
そうされても私には母上を嫌ったり憎んだり恨んだりできなかった。
母上を憎めない代わりに、怒りや憎しみがロザリーやジョゼフィーヌに向かったのだ。
ジョゼフィーヌに前世の人格とやらが目覚める前まではよかった。
私がどれだけ罵倒しても蹴ってもぶん殴っても抵抗一つせず、ただ悲しそうに俯いていただけだ。
その顔を見る度に、内心何とも言えない満足感があったというのに。
――あなたはクズですね。お父様。
初めて私と目を合わせて言い放った科白は、ジョゼフィーヌであれば決して口にしない暴言だった。
私を見る度に悲しそうな顔をして、それでいて明らかに思慕を瞳に湛えていたジョゼフィーヌではない。
醒めた顔で蔑みきった眼差しを私に向ける、ジョゼフィーヌと同じ姿をした、けれど違うモノ。
そう、肉体こそ私の娘だが、あれはもうジョゼフィーヌではない。
だからこそ、私に「あんな真似」ができ、私が本来手にするはずだったブルノンヴィル辺境伯位を奪ったのだ。
私の娘でなければ消しても構わないはずだ。
あの体で本来生きるのは「あれ」ではないのだから。
前世の人格だろうと今生の人格から肉体を奪ったのだ。
父親としての最初で最後の情けだ。
「あれ」ごと肉体を消してやろう。
どちらにしろ、私の望まない行為の結果生まれてきた命だ。
ジョゼフィーヌもまた本来生まれるはずがなかったのだから。
それでも、さすがに人としての禁忌の一つである身内殺しを実行に移すのは抵抗があったのだが。
ずっと心の奥に秘めていた殺意を思いがけない形でさらされる事になった。
次話もジョセフ視点になります。




