79 舅(仮)との密談②
「私をお呼びになったのは、ご子息について聞くためではないのでしょう?」
関心のない息子の妻になる女が息子についてどう思うかなど、アレクシスにとってはどうでもいい事のはずだ。
「興味はあったよ。君がアレをどう思うのか」
「それで、あなたが本当に聞きたい事は?」
「ジョセフに何もしないのか?」
「……やはり、お父様についてでしたか」
アンディから聞いていたのだ。なぜ、アレクシスが従兄弟とはいえ、あのジョセフと仲良くしているのか。
「君の性格なら、いくら『今の自分』になる前の事とはいえ、今生の自分にされた事を許す気には到底なれず仕返しするだろう? 私が知らないだけで、もうしたのか?」
さすがのジョセフも、いくら仲のいい従兄弟とはいえ、いや仲のいい従兄弟だからこそ、自分にされた恥辱を話したくなくて黙っていたようだ。
「……しましたね」
私は今生の人格と違って、お父様を気遣う気は毛頭ないので七年前にジョセフにした事を話した。
聞き終わったアレクシスは心底残念そうに言った。
「……その場にいたかった」
……うん。あなたならそう言うと思っていました。宰相閣下。
こいつは人間的にやばいが性的嗜好もやばいとアンディから聞いた。
外面の良さと切れる頭で見事に隠しているけれど。
「仕返ししたから、もうジョセフに何もしないのか? 君は私と違って恨みをいつまでも引きずる人間ではないようだし」
まあ、確かに。前世で二十年も復讐に人生を捧げたのは恨みではなく両親の仇に恋した自分が許せなかったからだ。
「……その事ですが、宰相閣下」
私は真面目な顔でアレクシスに向き直った。
「私、今度は徹底的に、お父様にざまぁしたいです。お力を貸して頂けませんか?」
わざわざ「ジョセフに何もしないのか?」と訊いてきた。
私が何かするつもりだったら、彼はどうするつもりだったのか?
止める? ありえない。
表面上は仲のいい従兄弟を装っていても、アレクシスは――。
「……あいつ、君にそう決意させるほど怒らせたんだな?」
「お父様が何をしたかは言う気はありません」
わざわざアレクシスに話す事ではない。
「それはいい。君があいつに何をされたかなど興味ない」
「ええ。あなたが興味あるのは、お父様でしょう?」
「アンディから聞いたのか?」
「ええ。お父様にざまぁするなら、あなたの力を借りたほうが、より効果的なざまぁになると教えてもらいました」
アンディは「私」が目覚める少し前、少年だった頃からアレクシスの父親、去年亡くなった前宰相ジャン・ヴェルディエの情人だった。
自分の氷人形の美貌が情欲の対象にされている事に気づいたアンディから前宰相を誘ったのだ。彼もゲイで、前世でもその容姿故に主にゲイ相手のハニートラップは散々やらされたから、お手の物だっただろう。
別にアンディのほうも前宰相を気に入ったから、そういう関係になったのではない。彼も私同様、前世で恋した人を今でも忘れられないのだ。
アンディが前宰相の情人になったのは、偏に、お祖母様の異父姉ルイーズへの嫌がらせだ。
お祖母様の異父姉ルイーズは、前宰相の妻でアレクシスとレティシア妃とオルタンスの母親だ。
名前が同じ孫娘、私の異母妹ルイーズと容姿や性格まで似ていたらしく、父親が違うとはいえ姉妹だのに、とことん性格が合わず、お祖母様は異父姉を嫌い抜いていた。
お祖母様がお祖父様、前国王の妾妃になった時、ルイーズ(お祖母様の異父姉)は、「いくら陛下に望まれて妾妃になって、ご寵愛されているといっても正妻の王妃じゃないなんて可哀想」などと言い放ったらしい。
それを言うなら、いくら正妻でもゲイで有名な男に子を産まされるためだけに嫁いだ彼女のほうが何倍も可哀想だと思うが、私の異母妹ルイーズ同様、脳内花畑の彼女は、夫がゲイである事も自分が子を産むためだけの道具にされる事も何も分かっていなかったらしい。ただ愛する男の妻になれる事だけを喜んでいたという。
そう、お祖母様の異父姉ルイーズは、夫である前宰相を愛していたのだ。
だから、アンディは、わざと彼女の目の前で自分と前宰相との情事を見せつけた。
脳内花畑の彼女に、いくら夫がゲイだと言っても信じないだろう。だから、百聞は一見に如かず、彼女に自分と夫の情事を見せつけたのだ。
お祖母様がそうするようにアンディに命じたのではない。彼の独断だ。
いざとなれば、どんな冷酷非情な事もできるお祖母様だが、根は優しくて高潔な人だ。異父姉への嫌がらせという個人的な事で身内を、まして当時少年だったアンディに義兄(前宰相)を誘惑しろなどと命じるはずがない。
結果、ルイーズ(お祖母様の異父姉)は心を病んだ。夫の裏切り、しかも、相手は十二歳の少年だ。相当ショックだっただろう。いくら脳内花畑でも目の前で情事を目の当たりにすれば自分の都合のいいようには考えられず、現実から夢の世界に逃げ込んだのだ。
アンディとしては敬愛する主(お祖母様)が嫌う相手への嫌がらせが終われば前宰相との関係を終わらせてもよかったのだが、前宰相のほうが彼に本気になったようで別れられなかった。
前宰相と関係すれば、ブルノンヴィル辺境伯家にとっても有益な情報が入ると思ったアンディは、そのまま関係をずるずると続けた。……体の相性もよかったというのもあったようだが。
それで、アンディはヴェルディエ侯爵家の内情をかなり知っているのだ。
アレクシスのジョセフに向ける想いにも気づいている。
表面上は仲のいい従兄弟を装っていても、アレクシスにとってジョセフは、いつか「おもちゃ」にしたい相手なのだ。
お祖母様に酷似した完璧な容姿と常に上から目線なその性格。
秘密結社《アネシドラ》のNO.2《アイスドール》、アンディが「やばい」と評するほど人間的にも、そして性的嗜好も歪んだアレクシスから見て、お父様は最高の獲物なのだろう。
前国王とその寵姫であり前辺境伯の息子であるジョセフを簡単に「おもちゃ」にする事はできない。
それに、人間的にアレな男だが、美しく聡明で強い叔母であるお祖母様をアレクシスなりに敬愛していた。いくら彼女が息子を愛せなくても母親としての責任感はあった人だ。自分が息子を「おもちゃ」にすれば苦しむ。
そのお祖母様は亡くなり、ブルノンヴィル辺境伯は私が襲爵した。
アレクシスにとって何の障害もなくなったので、私が申し出るまでもなく彼は近いうちに行動したはずだ。
従兄を自分の「おもちゃ」にするために――。




