78 舅(仮)との密談
約束通り、アレクシスと話をするため私は彼の自室を訪れた。私一人でだ。
貴族の女性としては婚約者の父親とはいえ男性と一対一で話すのは外聞が悪いのだが、肉体的には私は幼女だし、何より彼はゲイで知られている。妙な噂はまず立てられないだろうとアルマンとリリを伴わずに私一人でやってきた。
おそらくアレクシスとの会話は、アルマンやリリ聞かせたくない話になると思ったからだ。
ついてこなくていいと言った際、二人は渋ったが私の意思が固いので、アレクシスの自室の扉近くで待つ事で譲歩した。アレクシスが私に危害を加える事はまずありえないが、万が一の時、すぐに駆けつけられるようにするためらしい。
「私の息子はどうだった? ブルノンヴィル辺境伯」
紅茶をテーブルに置いた使用人が去った後、アレクシスが放った第一声がこれだった。
「私の事はジョゼでいいです。宰相閣下。公式の場以外でブルノンヴィル辺境伯と呼ばれるのは落ち着きませんので」
質問に答える前に、私はこう言った。貴族として十年生きても私の根本は庶民だった前世の人格のままなのだ。
「私の事は、お義父様で構わないぞ。ジョゼ」
確かに、彼は私の舅になるが――。
「絶対嫌です」
笑いを含んだアレクシスの言葉に、私は心底嫌そうに(実際心底嫌だ)答えた。
私のその反応がおかしいのか、アレクシスは声を上げて笑った。彼も美声なので耳に心地良い笑い声だが会話が会話なだけに素直に聞き惚れる事ができない。
アレクシスが笑い終わるのを待って私は先程の質問に答えた。
「ジャン様ですが、中身は、あなたとは真逆で優しくて善良な方ですね」
大多数はジャンのような人間を好ましく思うのだろうが、私は彼に興味を持てない。
人間的に素晴らしくても愛せるとは限らないのだ。
両親の仇である事を抜きにしても、人間としてどうかと思う男を私は愛してしまったのだから。
「善良で優しい人間など、私に言わせると愚鈍だ」
アレクシスは鼻で笑った。
「フランソワが国王でジャンが宰相など最悪だ。まあ、ジュールがいるから最悪の事態は免れるだろうが」
「……否定できませんね」
フランソワ王子は、ごく普通の人間だ。ジュール王子のように天才でもなければ腹黒くもない。はっきり言ってしまえば王の器ではないのだ。
ジャンは八歳にしては聡明だ。けれど、善良で優しすぎて、お祖母様のようにいざという時に冷酷非情な判断は絶対にできない。
ジュール王子という天才な腹黒がいなければ、この国は狡猾な臣下に良いようにされるに決まっている。
「まあだが、国王がジュールになるなら宰相がアレでも心配はいらないな」
「そうですね」
「そして、アレの妻が君になるなら尚更だ」
「え?」
それが私を息子の婚約者にした理由?
「……私に何か期待されても困ります」
「婚約者や夫としての役割さえ果たしてくれればいい」と言ったが、彼を支える気は毛頭ない。とにかく私の邪魔にさえならなければいいという気持ちで言ったのだから。
「アレを何とも思わなくても夫となる人間を放っておく事もできないだろう? 君は」
アレクシスと私は一応親戚とはいえ、さして交流もないのに、彼は私という人間を見抜いているようだ。
「君は叔母上、ジョセフィン妃と同じ種の人間だ。必要と判断すれば、どんな冷酷非情な事もできるが根本では情を棄て切れない。それを弱さと断じる事もできるが人を惹きつける魅力でもある」
お祖母様と同じ種の人間と言われるのは素直に嬉しい。
お祖母様の美しさは外見だけではない。その強靭で苛烈な精神で常に自分を鍛えていたからこそ加齢は劣化ではなく逆に外見を磨くものとなり人々を魅了していたのだ。
身内だからではない。慈しんでくれたからでもない。
私はお祖母様を、ジョセフィン・ブルノンヴィルという一人の女性を敬愛している。
前世で出会っていても同じだっただろうか?
「彼」が唯一愛した女性だと知り、会った事もない曾祖母である彼女に、《エンプレス》に嫉妬していた。
実際に《エンプレス》に出会っていたら、お祖母様のように彼女を敬愛できただろうか?
そうしたら……「彼」への恋心も消え純粋に両親の仇として恨めただろうか?
過去を、前世を振り返っても意味がない。
両親の仇である「彼」に恋した相原祥子として生きた前世、「ジョゼフィーヌ」としての今生の記憶、それらを抱えて私は、今の私、ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルとなったのだから。




