77 彼女の忠誠心
「……申し訳ありませんが、疲れたので失礼します」と言い、どこかふらつく足取りで東屋を後にしたジャンを見送った後、リリが意を決した顔で言った。
「あの、ジョゼ様。先程、私の事を『ただの侍女ではなく守ると決めた大切な子』だと仰ってくださいましたよね?」
「言ったわね」
「私をそう思ってくださるのは、貴女が前世で命と引き換えに助けたレオン様が私を命と引き換えた助けたからであり、モーパッサン伯爵家を取り潰し侍女として引き取った責任感からですか?」
「ええ。あなたが望んだとはいえ、あなたの家を取り潰し侍女として引き取った以上、私は今生のあなたの人生に対して責任があるわ」
「そんなのないです。モーパッサン伯爵家の取り潰しも貴女の侍女となったのも全て私が望んだ事ですから」
リリならそう言うのは分かっていた。
「そうだったとしても、あなたの私への忠誠心が私自身に対するものではなく前世と今生の恩人であるレオンやお祖母様あってのものであっても、あなたは私に誠心誠意仕えてくれている。だから、私は絶対に、あなたを見捨てたりしないと誓ったのよ」
侍女となった当初は私自身に対する忠誠心などなかっただろう。リリの私に対する忠誠は前世と今生の恩人であるレオンやお祖母様あってのものだ。レオンが私を大切に想っているから、私がお祖母様の孫だからというのが大前提だ。
けれど、侍女として私に仕えて五年だ。交流すれば互いに何らかの情は芽生えるものなのだ。
リリの忠誠心がレオンやお祖母様あってのものであっても、私に誠心誠意仕えてくれる彼女を絶対に見捨てたりしないと誓ったのだ。
「私は貴女に忠誠を誓っています。ジョゼ様」
リリは真摯な目で真っ直ぐ私を見つめ強い口調で言った。
「ええ。この五年の付き合いで私に対する情もあると信じているわ」
「そうではなく、私は最初から貴女に忠誠を誓っています」
「最初というのは、私の侍女になりたいと言ったあの時から?」
「そうです。憶えていますか? 出会った時、私を連れ帰ろうとしたあの男を追い返してくださったでしょう?」
正確には「追い返した」のではなく部下から領民が領主館を襲っていると聞いたあの男、リリの今生の父親、モーパッサン伯爵は慌てて自分から出て行ったのだが。
「……私があの男にされている事に気づいて、あの男から私を引き離そうとしてくれたのでしょう? レオン様やジョセフィン妃だけじゃない。貴女もまた私の恩人です」
「いいえ。あなたのクズな父親からあなたを救ったのは、お祖母様よ。私じゃない」
当時はブルノンヴィル辺境伯の後継者とはいえ肉体は子供(今もだけど)に過ぎない私にできたのは、子供らしい我儘を言って少しの間だけ彼女を父親から引き離す事くらいだった。そんなの本当の意味で救いにはならない。
「いいえ。貴女も私を救ってくださったのです。前世で貴女が助けたレオン様が助けた子供であっても初対面の私のために何かする義理などないのに。私があの男にされている事に気づいたとしても見て見ぬふりをする事もできたのに、そうなさならなかった」
リリはそこまで言うと真剣な顔になった。
「レオン様やジョセフィン妃に関係なく、私は貴女に忠誠を誓っています。ジョゼ様」
リリは再び「貴女に」を強調した。
「彼女の忠誠心が貴女自身へのものではなく他の誰かへの想いを大前提にしたものなら、息子がとうの昔に追い出していますよ」
今まで黙っていたアルマンが口を挟んだ。
確かに、アンディならそうしただろう。
いくら私が構わないと言っても、またその人間が有能であっても、自分の大切な主本人に忠誠を誓わない人間が傍にいるのを彼が許すはずないのだから。




