68 突然の婚約解消
「来たばかりなのに悪いな、ジョゼフィーヌ」
アンディと共に王宮に到着した途端、国王に呼び出された。
国王の私室の応接間でソファに座って彼に向き合った私は首を振った。
「いえ。お忙しい陛下がわざわざ私を呼び出したのです。余程の御用なのでしょう?」
今年二十九になる国王フィリップ。亜麻色の髪に紫眼、逞しい長身、お祖父様に酷似した美丈夫だ。
「今でもフランソワとの婚約を解消したいか?」
国王は早速本題に入った。
「ええ」
私は一瞬の躊躇もなく頷いた。
婚約解消でも破棄でも、とにかくフランソワ王子との結婚がなくなるのなら構わない。
王太子妃や王妃になりたくないしフランソワ王子が嫌いだ。
「では、解消しよう」
国王があっさり言った言葉を私はすぐに理解できなかった。
「……フランソワ王子との婚約を解消してくださるのですか?」
私の確認に国王は頷いた。
「ああ。王家から言い出しておいて何だが、いろいろと考えた結果、そうするのが一番いいように思えたんだ。君がフランソワとの婚約を続行したいというのなら、そのままにしたが」
「……父親であるあなたにこう言うのは何ですが、フランソワ王子との婚約解消は嬉しいです。喜んで婚約解消しますが」
私はじっと国王を見つめた。
「ですが、なぜ突然そんな事を仰るのですか? 私に話せる範囲で構わないので教えて頂けると嬉しいのですが?」
「いろいろ考えた結果」と国王は言った。何か深い理由があるのなら教えてもらえないかもしれない。けれど、気になる事は気になる。
「そうだな。王家から婚約を言い出したくせに一方的に解消するんだ。君には知る権利があるな」
国王は私に向き直った。とても子供相手とは思えない真剣な顔つきだった。
私が大人の精神を持つ転生者である事は、ラルボーシャン王国史上最年少で貴族の家の当主となったため社交界で知らない人はいないはずだ。
それでも、肉体が幼女の私を大抵の大人は舐めてかかる。まあ、駆け引きをするのなら、そのほうが有利だから構わないのだけれど。それで相手が痛い目を見るのなら自業自得だし。
けれど、国王の私を見る眼に侮りは全くなかった。国王は私の幼い外見に惑わされず、一人の大人として、ブルノンヴィル辺境伯として見ているのだ。
「私がここで言った事は口外しないでほしい」
「分かりました。ここで聞いた事は決して口外しません」
私は真面目な顔で頷いた。
「知っての通り、この国の慣習では嫡出子が後継者になる。だが、いくら嫡出子でも君の妹のように後継者となるべき人間が無能なら庶子でも有能な君のような人間に挿げ替える時もある」
妹は国王にとって自分の姪というだけでなく、最愛の女性、レティシア妃の姪でもある。それでも、常に個人ではなく国王として人間を見ているからか姪である妹の事も「無能」と断定できるのだ。
「そうでなければ、貴族として国や民に尽くす責務を果たす事などできないからな」
「フランソワ王子ではなくジュール王子を王太子にしたいと考えていらっしゃるのですか?」
確かに、資質でいえばジュール王子のほうが王に相応しい。それでも、後継者争いを避けるために、王太子になるのは王妃との息子であるフランソワ王子だと誰もが思っていたのだ。
「ジュールのほうが王に相応しいからではないよ。あの子は国王としても立派にやっていけるだろうが、それよりも、お飾りの国王の陰で暗躍するほうが得意そうだ」
さすが国王で父親というべきか、息子の事をよく見ている。
アンディはトップよりもNo.2でいたほうが有能さを発揮する人間だが、ジュール王子はトップでもNo.2でもうまくやるだろう。それでも彼の腹黒さを思えば、国王でいるより暗躍しやすいように臣籍降下したほうがいいのだろうが。
「そうお考えなら、フランソワ王子からジュール王子を王太子に挿げ替える必要はないでしょう?」
後継者争いを起こさないためにも誰もが思っているようにフランソワ王子を王太子にすべきだろう。ジュール王子が陰で暗躍するほうが得意なら尚更だ。
「それに、ジュール王子を王太子にしてしまったらユリウクラディース帝国が黙っていないのでは?」
フランソワ王子の生母、王太子妃から王妃になったアンヌは、ユリウクラディース帝国の皇女だ。フランソワ王子からジュール王子に王太子を挿げ替えれば帝国が黙っていないだろう。
聡明な国王がそれに気づかないはずないのに、なぜ王太子を挿げ替えるなどと言い出したのだろう?
私の疑問の答えは全く予想外なものだった。
「ジュールがアンヌに恋をしたんだ」
「は?」
国王陛下の御前だのに、私は思わず間抜けな声を出してしまった。
婚約解消を言い出された時と同じように、すぐには理解できなかった。




