64 あなたをざまぁします。お父様
あれだけロザリーがきっぱり断ったというのに、いつものごとく堂々巡りになったので、いい加減うんざりした頃、アルマンがジョセフを回収しに来てくれた。
アルマンが来てもジョセフは「この女が私の妻か愛人になるのを承知するまで帰らない!」などというふざけた駄々をこねて帰ろうとしなかったが、長い付き合いで主を熟知し、こうなる事が想定済みだったアルマンは、持ってきていた睡眠薬入りの注射器を彼に打って眠らせた。さすがに、息子のように主を殴って気絶させる事はできなかったようだ。
女性にしろ男性にしろ貴族が護衛もつけずにふらついていれば、ならず者に絡まれるというのに、ジョセフは一人で行動する事が多い。護衛付きでは、いろいろ口出しされて煩わしいからだろう。
その結果、ジョセフが×××掘られようが殺されようが私は気にしないが、アルマンは、いくらクズな主でも放っておけず護衛と監視のために二人の部下をこっそり彼に張り付けていた。
この家にジョセフがやってくると護衛の一人がアルマンに報告しに行ったのだ。それで大急ぎでやって来たという訳だ。
部下達が眠らせたジョセフを連れて行くのを見て、私とアンディは隠れていた扉の影から顔を出した。
「ジョゼフィーヌ様、アンディ」
アルマンはアンディの今生の父親だ。ウジェーヌとアンディが前世からの付き合いなのは知っている。
それでも、まさか今、ウジェーヌの家にアンディだけでなく主の一人までいたとは当然思わなかったのだろう。私達が目の前に来ると一瞬だけ驚いた表情を見せた。
「陛下の戴冠式でいらしたのですね」
「ええ。後でちゃんとあなたにも会うつもりだったのよ」
確認するアルマンに私は頷いた。まさかこんな形で再会するとは思わなかった。
「では、私との話は後にしましょう。まずは、この方々に謝罪しなければ」
アルマンは人として主よりも迷惑をかけたウジェーヌとロザリーへの謝罪を優先したいのだろう。
「あなたが謝る事はないわ。悪いのは、お父様だもの」
「謝罪は不要だ」
私の後に続けてウジェーヌが言った。
「勘違いするなよ。お前やジョセフが謝ったところで許す気はない。だから、不要なんだ」
ウジェーヌは声こそ荒げていないが明らかに怒っている。
それに気づいたアルマンは何も言えなくなったようだ。
氷人形の美貌に相応しくアンディもアルマンも冷静沈着で無表情だ。それでも人間である以上、感情はある。付き合っているうちに二人の表情に出にくい感情も何となくだが分かる。
だから、今、アルマンが無表情ながら内心困っているのが私には分かった。
「アルマンは何も悪くないわ。彼を苛めないで」
「……いえ、ジョゼフィーヌ様。あの方がここに来るのを止められなかった私にも責任はあります」
「安心しろ。お前に何かする気はない」
「お父様にも何かしては駄目よ? ウジェーヌ」
私がこう言うのは、無論、娘としてお父様を気にかけているからではない。
「お父様は、私の獲物だから」
私の科白に、ロザリーだけでなくアルマンまで、あからさまにぎょっとした顔になった。それだけ驚いたのだろう。
「怒っているんだな?」
ウジェーヌは確認するように尋ねてきた。彼には私の怒りの理由が分かっているのだろう。
「ええ。とても怒っているわ」
私の怒りの理由を知れば大抵の人間は「間違っている」と断言するだろう。私自身でさえそう思うのだから。
前世の私の顔を持つ女性に今生の私の父親が「愛人(妻)になれ」と強要した。
それは、まるで「私」に「父親」が性的関係を強要したように映ったのだ。
分かっている。私はもう「相原祥子」ではない。前世の私の顔を持つ女性に誰が言い寄ろうと、それが今生の私の父親だろうと、思うところなどないはずなのだ。
けれど、前世の私の顔になったロザリーに言い寄るジョセフの姿を見て、最初に感じたのは、まぎれもなくおぞましさだった。
七年前に、ジョセフが今生の私を虐待してくれた仕返しはした。ジョゼフィーヌがお父様を慕っていたのに免じて、あれで全て彼への怒りや恨みを忘れてあげるつもりだった。
けれど、もう、あれだけでは我慢できない。
徹底的にざまぁしなければ、この怒りはおさまらない。
分かっている。私のこの思いは見当違いだ。私が勝手にジョセフに対して怒りやおぞましさを抱いているだけだ。
前世で復讐に人生を捧げて、それを終えた後の虚しさを誰よりも理解している。
まして、私の怒りの理由は誰もが「間違っている」と断言するものだ。それを晴らすために、これからの人生を捧げるなど馬鹿としか言いようがない。
それでも構わない。
そうしなければ、この先の人生を心安らかに歩む事ができないのだから。
だから、あなたをざまぁします。お父様。
……やめるべきだった。
どれだけジョセフに対して怒りやおぞましさを抱こうと、彼に「ざまぁ」すべきではなかった。
今生の私のように泣き寝入りすべきだったのだ。
けれど、それに気づけるのは最悪な事態が起きた後だった――。




