60 「私」の顔になった今生の母親
疫病で前国王を含め数多くの人間が亡くなって一年経った。
一年の喪が明けたため国王の戴冠式や社交のためのパーティーが開かれるようになったため、十歳になった私はアンディと共に王都に向かった。
この一年、私も辺境伯になったばかりで忙しくロザリーとは会っていない。とはいっても、手紙と電話でやり取りはしていたが。
王都行きが決まった時、ロザリーに電話をかけた。会いに行くと伝えるためだが、その際の会話で、やはり私とアンディの危惧通りになったのだと分かった。
その際にロザリーは「困った事が起きたのですが、電話ではなく直に会ってお話したいです」とも言っていた。危惧通りになった事に気を取られて聞き流した私だが……後に、これが今生の忘れえぬ出来事の前触れになるとは思いもしなかった。
貴族の邸宅が並ぶ区画からは少し離れた場所にウジェーヌが住む家がある。彼は前世の知識と変わらぬ天才的な頭脳でお金を作り十歳で一人暮らしを始めたのだ。
王都に着いた私は早速アンディと共にロザリーがいるウジェーヌの家に行ったのだが――。
「……分かってはいたけど」
「……お嬢様?」
驚くというよりは何とも微妙な顔をしている私に出迎えたロザリーは戸惑っているようだ。
黒髪と暗褐色の瞳、小柄で華奢な肢体は変わらないが今目の前にいる女の顔は今生の私に酷似した「ロザリー」ではない。
誰もが目を奪われるだろう絶世の美女。
それが今、私の目の前にいるロザリーの顔だ。
そして、その顔は――。
「……来世で『祥子』に会う時は胸を張っていたいんじゃなかったっけ?」
私はロザリーの隣に立つウジェーヌに冷ややかな視線を向けた。
自分に惚れている女を自分が愛する女性の顔にするとは、どういう了見なんだ。
ロザリーの顔を変えた、つまり整形したのは、ウジェーヌだ。
《マッドサイエンティスト》、ウジェーヌは紛れもなく天才だ。
前世では科学者や医者としては勿論、美容整形でもその才能を発揮していた。
この世界で美容整形が行われたという話はきかない。さらには、前世の世界に比べて医療技術も大した事はない。
だのに、これだけ完璧にロザリーの顔を《エンプレス》、武東祥子に整形できたのは《マッドサイエンティスト》、ウジェーヌだからだ。
「勿論だ。けれど、祥子のいない世界で長く生きるのも耐えられない。だから、私は」
「身近な女性を『祥子』と同じ顔にするのね」
私はウジェーヌが言うだろう言葉を口にした。
自殺は「祥子」が最も嫌う事だから彼女のいない世界であっても寿命が尽きるまで生きなければならない。
そんな彼にとって少しでも慰めになるものがほしいのだろう。
いくら「祥子」の顔に整形しようと、その女は「祥子」ではないと分かっていてもだ。
ロザリーの整形した顔が「これ」でなければ「勝手にしろ」と思う。けれど、よりによって、ロザリーを、私の今生の母親の顔を「これ」にしたのだ。
「どんな結果になっても受け入れる」覚悟はしていたけれど、実際に見てしまうと……何とも複雑な思いしかない。
「ちゃんとロザリーの許可はとったぞ。いくら私でも本人の承諾なしに整形などしない」
ロザリーはウジェーヌに惚れている。彼が望むなら彼が愛する女性の顔にだってなるだろう。
アンディは前世でも彼が《エンプレス》亡き後、身近な女性を彼女の顔に変えていたのを見ていたから確信していたのだ。
《エンプレス》、「祥子」と同じ黒髪と暗褐色の瞳、さらには、前世の人種的に似た系統の顔立ち。それらの特徴を持つロザリーをウジェーヌは「祥子」の顔に整形するだろうと。
だから、アンディは「それでも彼女をウジェーヌの元に行かせるのですか?」と何度も確認してきた。
「今生の母親が失った前世の自分の顔になるのを耐えられるのか」と、アンディは心配してくれたのだ。
正確にはウジェーヌが整形したのは、前世の私、相原祥子の顔じゃない。
ウジェーヌにとって唯一無二の存在である前世の双子の姉、《エンプレス》、武東祥子の顔だ。
けれど、その顔は、前世の私、相原祥子の顔でもあるのだ。
前世では曾祖母と曾孫、そのせいか《エンプレス》と私の顔は酷似していたのだ。
「この顔、気に入りませんか? お嬢様」
自分の新たな顔が娘の前世の顔だと知っていれば、こんな訊き方はしないはずだ。
という事は――。
「……彼女には何も話してないのね」
私は話しかけてきたロザリーではなくウジェーヌに言った。
「話してやる義理があるのか?」
顔を変えるのだ。多少はあると思うのだけれど「祥子」以外はどうでもいい彼は、そんな気遣いなど思いつきもしないのだ。
ロザリーは知らないのだ。ウジェーヌが整形した顔、自分の新たな顔が彼が愛する女性の顔であり……娘の前世の顔だという事を。
ただ惚れた男が望んだから、その顔に変えたのだ。
ロザリーは悪くない。
こうなる危惧を予めアンディに教えられながら彼女をウジェーヌの元に行かせたのは私だ。
今生の母親が失った私の顔になろうと、その事で複雑な思いをしようと、それは私が自分でどうにかしなければならない感情だ。
だから、私もロザリーには黙っておく。
娘のこの感情を知ればロザリーは苦しむだろうから。
いくら愛せない母親でも彼女を苦しめたい訳ではないのだ。




