59 「ロザリー」との別れ②
「……ウジェーヌ様も承知していると仰いましたが本当なのですか? だって……前世で貴女はウジェーヌ様を……その」
言いづらいのかロザリーは最後まで言い切っていないが、私は彼女が言わんとしている事が分かった。
「前世で自分を殺した私の頼みなど聞くはずがないと言いたいのね?」
ロザリーの言っている事は尤もだ。いくら「前世の事で君を恨んでなどいない」と言ったウジェーヌの言葉が本心だとしても、だからといって私の頼みを聞く義理もないのだから。
「確かに、私の頼みならね」
怪訝そうな顔になるロザリーに向かって私は話を続けた。
「彼が断れない人から頼んでもらったの」
ウジェーヌにとって唯一無二の存在の転生であるお祖母様の頼みならば大抵の事は聞くのだ。
疫病で苦しんでいたお祖母様に頼んだのは申し訳なかったが利用できるものは何でも利用させてもらう。そうでなければ今生の母が死ぬかもしれないのだ。いくら愛せなくても今生まで母親を殺されたくはない。それが自分が原因なら尚更だ。
お祖母様は孫娘の頼みを私が拍子抜けするほど、あっさり了承してくれた。
お祖母様はお祖母様なりに、ずっとロザリーを気に掛けていたのだ。いくら当時ロザリーが息子に惚れていたのだとしても、彼女に息子の子を産ませた事を、子供を産む道具にしてしまった事を申し訳なく思っていたのだ。
貴族としてノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)の生き方を体現し、いざとなれば誰よりも冷酷非情になれる人だが、お祖母様にも良心や優しさはあった。
自分が産めればよかったのだが、この世界で三十代での出産は命懸けだ。当時、クズな息子以外後継者がいない状況で、そんな危険に身をさらす訳にはいかなかった。
だから、お祖母様は心苦しく思いながらも息子に惚れていた若いメイドに孫を産ませたのだ。それくらい大嫌いな異父姉の血も受け継いでしまうもう一人の孫にブルノンヴィル辺境伯家を継がせたくなかったのだろう。
「断れない人?」
再び怪訝そうな顔になるロザリーに私は素っ気なく言った。
「もうこの世にはいない人だから気にしても仕方ないわよ」
《エンプレス》こと武東祥子、ジョセフィン・ブルノンヴィル、どちらにしろ、彼にとって唯一無二の魂を持つ人は、もうこの世のどこにもいない。
何にしろ、彼の想い人が誰か知ろうと知るまいが無意味だ。彼女の恋は絶対に成就しないのだから。
私と同じように――。
「ウジェーヌ様が承知したとしても、私は」
「いい加減にしろ」
言い募ろうとするロザリーの言葉を今まで黙っていたアンディが遮った。彼の声は決して大きくはなかったが彼女を黙らせるくらいの迫力があった。
「このお嬢様と六年一緒にいて、なぜ分からないんだ?」
「……アンディ様?」
「この方はジョセフィン様と同じで、いざとなれば、どんな非情な事でもできる。けれど、その事で苦しんだり悲しんだりしない訳ではない。本質はとても優しい方だ」
「いや、私は優しくなんかないよ」
私は前世で大勢の人間を殺した。
前世の妹を犠牲にして生きた上、自殺しようとするあの子を止めなかった。
何より、両親を目の前で殺した「彼」を愛してしまった。
そんな私が「優しい人間」であるはずがない。
「今生の母親が自分のせいで殺されたら生涯苦しむ。そんな苦しみをこの方に与えたいのか? それが自分を生物学上の母親としか思わないこの方への復讐か?」
私の言葉を無視し、アンディはロザリーだけを相手に話を続けた。
「いいえ! 私は、そんな事」
反駁しようとするロザリーにアンディは冷たい視線を向けた。
「だったら、お嬢様の仰る通りにしろ」
重い沈黙が部屋を支配した。
「……分かりました」
長い沈黙の後、ロザリーは言った。
「お嬢様の仰る通りにします。その代わりと言っては何ですが、王都にいらっしゃる時は必ず私に会いに来ていただけませんか?」
「ええ。王都に行く時は必ずあなたに顔を見せるわ」
「それでは荷物をまとめてきます」
私の返答にロザリーはほっとした顔を見せると一礼して部屋から出て行った。
二人きりになった部屋で、アンディが呟いた。
「……自分の事を棚に上げて、彼女に偉そうな事を言ってしまいました」
「アンディ?」
私が背後のアンディを振り返ると彼はほろ苦く微笑んでいた。その表情は、とても美しく同時に胸が痛くなるほど切なげだった。
「……前世で貴女の両親を殺すように命じた私が『あんな事』を言う資格などないのに」
私はソファから立ち上がるとアンディの目の前に立った。
今生で互いに新たな肉体で再会した時から六年経った。私もアンディもそれなりに成長した。
前世のアンディ、《アイスドール》と同じくらいの体格となったアンディを見上げると私は彼の手を握った。
「前世の事は気にしなくていいと言ったでしょう? それに、あなたの立場なら前世で私の両親の殺害を命じたのは当然だと思う」
いくら《エンプレス》が秘密結社《アネシドラ》を創立した理由が弱い立場の人達を救いたいからだとしても、そのための手段は犯罪なのだ。警察が壊滅のために動くのは当然だ。
前世の私の父親、相原融は公安警察の人間だった。《アネシドラ》を壊滅させるために潜入の足掛かりとして母、莉々に近づいた。
それを知っても、母は父に恋し彼に協力して《アネシドラ》壊滅に協力したのだ。
出会いはともかく両親は愛し合い、私と妹の香純が生まれた。
前世の私の父は《アネシドラ》を壊滅させようと潜入してきた公安警察の人間であり、母は《アネシドラ》の実行部隊の一員でありながら、そんな父に協力した裏切り者だ。
いくら母が《アイスドール》が誰よりも敬愛した女性、《エンプレス》の孫であっても放置はできない。いや、《アネシドラ》の創立者である《エンプレス》の孫だからこそ裏切りの追随者が出ないように見せしめとして父と共に殺したのだ。
それを頭では理解できても前世の私は《アイスドール》を恨んだけれど。
「……貴女の仰る通り、前世で私は私の立場で貴女の両親の殺害を命じた。だから、謝る事はできません。また謝ったところで許される事でもないですからね」
前世での恨みは消えた。それでも、前世の両親の無念を思うと「許す」とは到底言えない。
翌日、ロザリーは王都にいるウジェーヌの元に向かった。
門の外には私が手配した車が待っていた。
ロザリーは恐縮して「駅まで歩いて行きますから」と固辞しようとしたが「私があなたをウジェーヌの元に行かせると決めたのだから」と私が手配した車と列車でウジェーヌのいる王都まで行くように命じたのだ。
「元気で。ウジェーヌによろしくね」
「……はい。お嬢様」
うるうるとした目で私を見下ろすロザリーを私もじっと見つめ返した。
今生の別れではない。
王都に行く時は会いに行くと約束した。
けれど、きっとこれが「ロザリー」を見る最後になる。
髪と瞳の色以外、ジョゼフィーヌに酷似した容姿だ。
前世とは違いすぎる姿に最初は馴染めなかった。
けれど、これが今生の私の姿で、この体で生きていく。
前世とは違う世界で新たな肉体であっても「私」のまま生きていられる。
それだけで充分だ。
だから、この体を産んでくれたロザリーには感謝している。
ロザリーを乗せた車が見えなるなるまで見送った私にアンディが言った。
「今度会う時、彼女はきっと『ロザリー』ではなくなっています。覚悟したほうがいいですよ。お嬢様」
「……彼女をウジェーヌの元に行かせると決めたのは私よ。どんな結果になったとしても受け入れるわ」
ロザリーが現在惚れているウジェーヌの元に行かせない限り、きっと彼女は娘から離れない。
だから、どんな結果になったとしても受け入れる。
けれど、まさか「あんな事」になるとは思いもしなかった。




