58 「ロザリー」との別れ
以前と同じく話が堂々巡りになったので、うんざりした私は「納得できないなら国王に直接聞け」と言った後、アンディに命じ、これまた以前と同じくジョセフを殴って気絶させた。
いくら主に命令されたとはいえ氷人形の外見と普段の冷静沈着な言動からは考えられないアンディの行動に、この場にいた使用人達は以前その場に居合わせたロザリーと同じように驚いていた。
丁度アルマンが王都に帰ろうとしていたところだったので気絶したジョセフも連れて行ってもらった。
アルマンには本当の申し訳なく思う。日常でもジョセフの世話は疲れるだろうが、こんな状況で目覚めた後のジョセフの相手をするのは更に大変だろう。
けれど、私も国王程ではないが辺境伯になったばかりで忙しい。いつまでも、ぎゃんぎゃん言うお父様の相手などしていられないのだ。
自分が新たなブルノンヴィル辺境伯である事を疑わず、疎んじ憎んでいる娘を追い出す喜びに胸を高鳴らせて一日かけて王都からブルノンヴィル辺境伯にやってきたというのに一時間も滞在できずに帰る事になってしまったお父様。勿論、私は同情などしないけど。
静かになった邸内で使用人達には、それぞれ仕事に戻ってもらった。
同じように仕事に戻ろうとするロザリーを私は呼び止めた。
「ロザリー、あなたに話があるの」
「お嬢様?」
自室で私とロザリーはソファに座って向かい合いアンディは私の背後に立った。
「今は信じていないようだけど、私がブルノンヴィル辺境伯を襲爵したのだと理解した後、お父様は必ず私を殺そうとするわ」
疎んじ憎しみさえ抱くようになったジョゼフィーヌが敬愛する母親の後を継いでブルノンヴィル辺境伯になるなど、ジョセフには耐えられないだろう。
「……まさか、そんな」
ロザリーは信じられないという顔だ。
ロザリーがこういう顔をするのは、肉親殺しがこの世界のどの宗教でも禁忌だからだろう。ジョセフがどれだけジョゼフィーヌを疎んじていても殺す事だけはないと思っているのだ。
「しないと言い切れる? ああ、殺すと言っても自ら手を下したりはしないでしょうね。あのお父様に、そんな覚悟や度胸があるのなら褒めてやるわ」
私は、ちらりと嘲笑した。
「私の事はいいの。今はまだ無理だけど自分の身は自分で守れるようにするし」
前世の私の死の原因となったレオンを恨む気は毛頭ないが、今生は天寿を全うしたい。暗殺者になど殺されたくはない。
「それに、アンディが絶対に守ってくれると分かっているからね」
私は背後に立つアンディに微笑みかけた。
氷人形らしくにこりともしないアンディだが、気のせいか私に向けるアイスブルーの瞳は、その色とは違い温かな光を湛えているように見えた。
「で、問題になるのは、あなたね」
「私ですか?」
突然自分の事を言われたせいか、ロザリーは素直に驚いている。
「あなたは私の今生の母親だもの。私を殺すために、あなたを利用するくらい、あの男ならやるわ」
「……私が脅されて貴女を殺すとでも思っているのですか?」
ロザリーは沈痛な顔になった。娘に、そう思われるのがつらいのだろう。
「いいえ。自分の命が脅かされた状況でも、あなたに娘は殺せない」
禁忌だからというだけではない。自分が産んだ娘を愛しているからだ。
自分が産んだ肉体の人格が今生でも前世でも、魂が同じで記憶を受け継いでいるのなら、お嬢様だと、自分が産んだ娘だと言い切った。
「『君』もまた孫娘だから受け入れる」と言ったお祖父様に対しては肉親の情が芽生えたけれど、ロザリーに対しては生物学上以外で母親とは思えない。
二人の言った事は同じだのに、お祖父様は愛せて今生の母親は愛せない。
今生の人格だとて、自分を愛してくれる母親より自分を疎んじていた父親を愛した。
愛だけは、どうしようもないのだ――。
「私をおびき出すために、あなたを人質にするかもしれないという事よ。そうなったとしても、私はあなたを助けない」
今生の母親だとしても愛せない母親のために我が身を犠牲にする気はない。
「構いません。私のために貴女が危険な目に遭うほうが嫌ですから」
娘の非情な言葉に意外にもロザリーにショックを受けた様子はなかった。
「それでも、私のせいで今生の母親が死ぬのも後味が悪いからね」
そんな事態は、なるべく起こしたくはない。
「という訳で、私から離れてくれないかしら? 新しい勤め先なら、もう手配済みだから」
「は?」
ロザリーにとっては思いもよらぬ話の展開に理解が追いつかないのだろう。目を丸くしている。
「ジョセフが捜し出せない所にあなたがいれば、当然、あなたを使って私を殺せないもの」
こうは言ったものの、ロザリーが「はい。分かりました」と即、私に従ってくれるとは思っていない。「生涯母と名乗れなくてもメイドとしてでも娘の傍にいたい」とお祖母様に言った彼女だ。いくら自分の身に危険があると分かっていても愛する娘の傍から離れたくなどないだろう。
案の定、ロザリーは苦渋に満ちた顔で黙り込んだ。
私もアンディも急かさずロザリーが何か言うのを待った。
「……お嬢様の仰る事は理解できます」
長い沈黙の後、ロザリーは、ぽつりと言った。
「でも、私はお嬢様のお傍にいたいのです。いざという時は私を切り捨てて構いません。だから、どうかお傍に置いて頂けないでしょうか?」
ロザリーがこう言ってくるのは予想していたので彼女が頷きたくなるように対策は練ってある。
「新しい勤め先がウジェーヌの所でも嫌?」
ウジェーヌ・アルヴィエは今現在ロザリーが惚れている男だ。彼の傍にいられるのなら娘から離れる事になっても文句はないだろうというのが私の考えだった。
昨夜私がそう言ったら意外にもアンディは難色を示した。
《マッドサイエンティスト》こと武東吉彦、ウジェーヌ・アルヴィエ、前世今生、どちらの彼とも長い付き合いのあるアンディは、誰よりも彼という人間を理解している。
ロザリーをウジェーヌの元に置く事によって起こるだろう弊害がアンディには分かったのだ。
アンディは、それを私に話し、最後には「本当にいいのですか?」と心配そうに訊いてきたが私は頷いた。
他にロザリーを私から引き離す方法を思いつかないのだから仕方ない。
どんな結果になったとしても受け入れる。
「は?」
再び目を丸くするロザリーに私は淡々と言った。
「新たな仕事はウジェーヌの侍女よ。彼にはちゃんと話してあるから。明日にでも彼の所に行きなさい」
「ま、待ってください。お嬢様」
ロザリーは話を遮ろうとするが私は構わず話を続けた。
「ウジェーヌがいるのも王都だけどジョセフの生活圏内からだいぶ離れているから大丈夫。まして、あなたがウジェーヌの所にいるなど思いもしないでしょうからね」
国王陛下が御座す国の中心地ともいえる王都は人口密度が高い。ロザリーが避けさえすればジョセフとばったり会う事などないだろう。
――そう思っていたのに。




