54 アレクシス・ヴェルディエ
「ジョゼフィーヌ、ここにいたのね」
近づいてきたのはレティシア妃と彼女によく似たジュール王子の数年後を思わせる美青年だった。
美青年はアレクシス・ヴェルディエ。金髪碧眼、均整の取れた長身、今年二十六、ジョセフと同い年の彼はレティシア妃の弟でジョセフの従弟だ。お茶会などで顔を合わせているので、さして交流はないが(親戚とはいえ、だいぶ年の離れた男女だ。親しくなれる訳がない)挨拶くらいはする仲だ。
「レティシア妃、ヴェルディエ卿、来てくださったのですね」
二人は、お祖母様の姪と甥になるが、疫病のために国中が混乱している今、お祖母様の葬儀のために、わざわざブルノンヴィル辺境伯領まで来ないだろうと思っていたのだ。
「……王妃様とアンヌ様も来たがったのだけど、お二人は陛下の葬儀や疫病の対策で大変で、せめて、わたくしだけはジョセフィン妃の葬儀に参列してきてほしいと仰られてね」
「わざわざ、ありがとうございます」
私が謝意を述べるとアレクシスが尋ねてきた。
「ジョセフの姿がなかった。彼は来ていないのか?」
「母親の葬儀なのに」と言いたげなアレクシスに答えたのはアンディだった。
「ジョセフィン様の死がショックで部屋に引きこもっていると父が言っていました」
アンディの父親、アルマンはブルノンヴィル辺境伯家の家令だ。いくら息子が外見と精神の年齢に大きな隔たりのある転生者で自分以上に有能でも家令として主であるお祖母様の葬儀を執り行うべきはアルマンなのだ。
普段暮らしている王都パジから、わざわざブルノンヴィル辺境伯領まで来て葬儀を執り行ってくれた。無論、私とアンディも手伝ったが。
その際に、ジョセフの事も話してくれた。
本当ならアルマンと一緒にブルノンヴィル辺境伯領に来て葬儀を執り行うべきだのに、母親の死がショックで部屋に引きこもっているのだと言う。
そんな主を放ってアルマンだけが来たのだ。
アルマンとしてもクズな主に構うより、敬愛していた主の葬儀をこそ執り行いたかったのだ。
まあ、はっきりいって貴族の嫌な所(常に上から目線で平民を自分と同じ人とは思わない)しかないジョセフが喪主になったとしても、参列客の反感をしか買わなかったと思うけれど。
「……ジョセフらしいといえばジョセフらしいが、これでは、到底ブルノンヴィル辺境伯にはなれないな」
アレクシスは溜息を吐いた。
「そんなの最初から分かっていた事よ。だから、叔母様も息子ではなく孫娘を自分の跡継ぎにと考えていたのよ」
私の知る限り、レティシア妃はお祖母様を「ジョセフィン妃」と呼んでいたが、今のように公式の場ではない所では「叔母様」と呼んでいるようだ。
「……それでも『以前のジョゼフィーヌ嬢』では不安だったな」
アレクシスの言う「以前のジョゼフィーヌ」とは、前世の人格が目覚める三歳以前の、この体で本来生きるはずだった今生の人格の事だろう。
アレクシスの不安は理解できる。「愛する人に愛されないのなら消えたい」と願うような弱い人格では、辺境伯でなくても貴族の家の当主は到底務まらないのだ。
「勿論、あの脳内お花畑……ルイーズなどよりは遥かにマシだったけどな」
私の異母妹ルイーズは、アレクシスの亡くなったもう一人の姉、レティシア妃の双子の妹オルタンスの娘、彼にとって唯一の姪だ。
それでも人前でも構わず「脳内お花畑」と言うくらいには、アレクシスにとって姪は、どうでもいい人間のようだ。まあ、あの脳内お花畑では無理もない。
アレクシスの言うように、ルイーズに比べれば「私」となる前の今生の人格のほうが遙かにマシだ。ジョゼフィーヌだけでは荷が重くてもアンディが支えてくれれば充分辺境伯をやれたはずだ。結局「彼女」は消えてしまったから、その仮定は無意味だけど。
「けれど、『今の君』ならブルノンヴィル辺境伯として申し分ないな」
「そう言っていただけて嬉しいですわ」
これは本心だ。アレクシスは転生者ではないがアンディ並に有能だ。人間としてはアレでも、認められれば素直に嬉しい。
伊達に前世で秘密結社の実行部隊員として癖の強い人間達を見てきたわけではない。一目で分かった。
この男、アレクシス・ヴェルディエは、ジュール王子以上にやばい人間だと。




