表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを破滅させます。お父様  作者: 青葉めいこ
第一部 ジョセフ
5/113

5 前世の知り合いが近くにいた

 翌日、朝食の席には私とお祖母様しかおらず、今生の私の父親と異母妹の姿はない。


 ジョゼフィーヌとお祖母様はブルノンヴィル辺境伯領の領主の館で、父と異母妹は王都パジにあるブルノンヴィル辺境伯の館で主に暮らしている。


 ジョゼフィーヌとしての記憶が少しよみがえったからか、ふとした調子に彼女が体験した事をいろいろと思い出せるにようになってきたのだ。


 お祖母様は「クズ」呼ばわりしている息子は勿論、もう一人の孫とはいえ、大嫌いな姉に酷似している異母妹の事も愛せず、あまり顔を会わせたくない。


 今生の私の父親にしても、反発している母親は勿論、もう一人の娘とはいえ忌まわしい行為の結果出来たジョゼフィーヌとも顔を会わせたくない。


 だから、互いに顔を見ないですむように離れて暮らしているのだ。


 ジョゼフィーヌの記憶でしか見なかった今生の父親と異母妹。


 私が(・・)今生の父親と妹に会うのは、まだまだ先になるだろう。


 まあ別に会えなくても構わない。会ったとしても心温まるような肉親の交流が期待できないのは、ジョゼフィーヌの記憶から明らかだから。





 この国の主食はパンだ。お米が好きな人は困っただろうが、前世がお米が主食の日本人でも私はお米よりもパンのほうが好きだった。まあ、体が変わったのだから料理の好みも変わってしまうのかもしれないが。


 幸いジョゼフィーヌの体でも、ちゃんとパンをおいしく感じた。パンを主食とした国に生まれたのだから当然かもしれないけれど。


 この家の料理人は焼き立てのパンを作ってくれるらしく、食卓に乗ったパンからは、どれも湯気が出ていた。


「あなたに会わせたい人がいるの」


 にこにこしながらパンを食べている私に、お祖母様が言った。


「会わせたい人ですか?」


 何の因果か、トラックにひかれ、気がついたら、ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルになっていた。そんな私に、この世界で会わせたい人間とは、どういう事だ?


「この世界で、前世の記憶もしくは知識だけを持つ人間は、あなたとわたくしだけではないのよ」


「……会わせたい人というのは、私やあなたと同じ(・・)なんですね」


 前世の記憶もしくは知識だけを持つ転生者だ。


 会ったところで、私には「それが何?」としか思えない。


 前世の私がいた世界からの転生者だとしても、前世の知り合いだとは限らないし、知り合いだとしても「今の私」には関係ない。


 前世の記憶を保持していようと、お祖母様の言う通り、「今の私」は、ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルだ。もう元の私には戻れないのだ。


 転生者に会ったところで同士意識などない。


 今の私には、「ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルとして人生を謳歌してやる」という気持ちしかないのだから――。





 ――そのはずだった。


 前世の知り合いに会おうと、「今の私」には関係ないと。


 けれど、これは――。


(……こんなのって)


 お祖母様の執務室に、彼女が呼んだ「会わせたい人」が待っていた。


 ソファから立ち上がり私とお祖母様を出迎えたのは――。


『……《アイスドール》』


「……《ローズ》」


 私は日本語で彼はフランス語だが、二人の呟きは、ほぼ同時だった。


 不思議な事に、彼の容姿は年齢を別にすれば前世と変わっていなかった。


 前世では五十で死んだ彼。「今の彼」は、どう見ても十代前半の少年だ。


 前世で彼は、自分は捨て子だと言っていた。その出自は知れないが純粋な日本人には見えない顔立ちでアイスブルーの瞳をしていた。今生でも同じだ。


 前世は均整の取れた長身だったが、成長期だからだろう、「今の彼」は中背痩躯だ。冷たく見えるほど整った美貌。背の半ばまである漆黒の髪をひとつにくくっている。髪と対比するように白すぎる肌は雪花石膏のようだ。切れ長のアイスブルーの瞳は銀縁眼鏡をしている事で、より怜悧に見える。


 この容姿から前世の彼は氷人形(アイスドール)というコードネームを付けられた。


「……なぜ、私が《ローズ》だと?」


 彼はフランス語だし、お祖母様も興味津々に私達を見ているので、私もフランス語で会話する事にした。


 最初は誤魔化そうかと思ったが、彼を「《アイスドール》」と呼んでは無理だと悟った。それに、彼とは違い前世とは似ても似つかない「今の私」を、なぜ《ローズ》だと見抜いたのか知りたかった。


「その目」


 彼の声は声変わり前の少年らしい綺麗なボーイソプラノだ。前世では耳に心地いいテノールの美声だった。


「目?」


 前世では暗褐色だったが「今の私」は赤紫だ。まるで違うのに。


「いくら姿が変わっても、その目だけは変わっていない。そんな苛烈な瞳をした人間は、私は貴女とこの方しか知りませんから」


 目の色ではなく、その目つきで見抜いたのか。


「……まさか、お嬢様が貴女(・・)になるとはな」


 しみじみと彼が呟いた。


「あなた達、知り合いなの?」


 今まで黙って私と彼のやり取りを聞いていたお祖母様がようやく口を挟んだ。


「……まあそうですね」


 私は頷いた。


 彼は、どこまで、お祖母様に話しているのだろう?


 お祖母様が言っていた「会わせたい転生者」というのは、まず間違いなく彼の事だろう。


 ……まさか、今生の私の近くにいたとは。


 ジョゼフィーヌの記憶が今生の彼の事を教えてくれた。


 今生の彼は、アンドリュー・グランデ。愛称はアンディ。ブルノンヴィル辺境伯家の家令を代々務めるグランデ家に生まれた。


 彼、アンディは三か月後に十三になるのでジョゼフィーヌとは十歳差だ。


 前世では私の一か月前に亡くなったのに、これだけの年齢差があるのは、前世の世界とこの世界では時間の流れが違うからだろう。









 





















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ