49 彼女との出会い②
「僕の自己紹介がまだだったね」
私の誕生日会に参加しているのだから、当然、リリアーナは紹介されるまでもなく私の事は知っていた(実際「ジョゼフィーヌ様」と私を呼んだし)。
けれど、さすがに今出会ったばかりの今生のレオンの事までは何も知らないはずだ。
「今の僕はレオン・ボワデフル。ボワデフル子爵の孫だよ」
「今生も『レオン』なんですね」
私が今生でレオンに出会ったばかりの頃、彼に言った言葉をリリアーナも口にした。
「僕、前世で君に名乗ったっけ?」
首を傾げるレオンに、リリアーナはためらった様子を見せたが結局答えた。
「……わたしに名乗りはしませんでしたけど、あの男に向かって言ってましたから。『僕は礼音じゃない! 玲音だ!』って」
リリアーナが言っているのは、レオンが前世の最期に父親に向かって言い放った言葉だろう。
だから、リリアーナはためらったのだろう。自分が殺された時の事など思い出したくもないはずだと彼を気遣ったのだ。
浮気相手と駆け落ちした母親の身代わりを物心つく頃からさせられていた前世のレオン。
自我を認められず、父親に「おもちゃ」としか扱われなかった玲音は、虚無的な目をしていた。
そんな彼が「母親ではなく玲音だ」と言い放ったのは、父親に対する精一杯の抵抗だったに違いない。
「……そうか」
レオンは、ほろ苦く微笑んだ。
「ジョゼフィーヌ様も転生者なのですよね?」
この場に漂う微妙な空気を変えるためか、リリアーナが私に話しかけてきた。
私が転生者なのは結構有名なはずだ。何しろ、私は国王と寵姫である辺境伯の孫娘で、非公式ながら将来の王太子の婚約者だ。社交界では良くも悪くも注目される人間なのだ。
「前世からレオン様とお知り合いのようですが、どうやって知り合ったのですか?」
リリアーナは話題を変えるのに、自分が一番知りたい事を訊く事にしようだ。
「……私としては隠す事でもないけど」
私は、ちらっと強張った顔をしているレオンを見た。
レオンにとって、これはトラウマだと思ったのだ。何せ、彼を庇った私がトラックにひかれたのが出会いで、その直後、私は死ぬからだ。
「……話したくないなら無理にとは」
私の様子から聞いてはいけないと思ったのか遠慮しようとするリリアーナに、レオンは意外にもこう言った。
「いや。ジョゼが隠す事でもない言っているし、それに、君には知っておいてもらったほうがいいと思う」
レオンが語る前世での私とレオンの出会いを聞いてリリアーナは黙り込んだ。
「……貴女に感謝します。ジョゼフィーヌ様」
数秒の沈黙の後、リリアーナは謝意を述べた。
「前世でそうやって亡くなってしまった貴女には申し訳ないけれど、貴女が前世で玲音様を助けなかったら、わたしは出会えなかったでしょうから」
確かに、前世の私が死んだあの事故の後、玲音は前世のリリアーナが入院している病院に運ばれたのだから彼女の言う通りになっていただろう。
「ここにいたのか、リリアーナ」
その声を聞いた瞬間、リリアーナはびくりと震えた。
声をかけてきた男は二十代前半の金髪碧眼で中背痩躯の美形だが、リリアーナに向ける目は何とも嫌なもので、私はなぜ彼女が震えているのか分かってしまった。
前世でおそらく常に父親からこんな目を向けられていたレオンも分かったのだろう。近づいてきた男を睨みつけている。
「ジョセフィン妃への挨拶は終わった。帰るぞ」
「帰るぞ」という科白からして十中八九、この男がリリアーナの今生の父親、モーパッサン伯爵だろうう。
見かけこそ人好きがするものだが、何かと後ろ暗い噂が多い人物だ。リリアーナに向ける眼差しで噂が真実なのは確信した。
傍にいる私とレオンに見向きもせず、リリアーナの手を取ろうとした伯爵に私は声を掛けた。
「お待ちください。リリアーナは今日、ここに泊まる予定です」
そんな話など初耳なリリアーナは驚いた顔で私を見た。初耳なのは当然だ。私が今、咄嗟に言ったのだから。
「ジョゼフィーヌ嬢、そんな話、ジョセフィン妃は仰っていませんでしたが」
伯爵は言葉遣いこそ丁寧だが、私に向ける眼差しは完全に見下したものだ。
私は、この時、こいつを完膚なきまでに、ざまぁしてやろうと誓った。
私を見下したからだけではない。リリアーナが伯爵から与えられただろう屈辱や恐怖やおぞましさに対して仕返ししてあげたくなったのだ。
私は子供は嫌いだし、今日会ったばかりの子だ。同じ日本からの転生者だろうと仲間意識も感じない。
けれど、今現在、前世の母やレオンと同じ悲惨な目に遭っている子を放っておく事もできない。
リリアーナが前世のレオンに酷似した容姿で、前世の彼が命と引き換えに助けた女の子の生まれ変わりでなければ、父親から引き離しはしても、ざまぁまでしようとは思わなかったが。
「ええ、そうでしょうね。これから、お祖母様の許可を取る予定なんです。せっかくこうして仲良くなれたんですもの。今日は私の誕生日だし、お祖母様だって私の我儘を許してくださるでしょう」
無邪気な子供の笑顔を作って私は言った。
傍目には誕生日を迎えた子供の我儘だが、国王と寵姫である辺境伯の孫娘の申し出だ。ただの伯爵に断れるはずがないのだが、彼はどうしてもリリアーナを連れて帰りたいようだ。
「ジョセフィーヌ嬢、我が娘を気に入ってくださったのは嬉しいのですが、娘はまだ貴族社会に慣れておらず、ご迷惑をおかけするでしょう。泊まらせていただくのは、またの機会に」
「あら、構いませんわよ。モーパッサン伯爵」
今度こそリリアーナの手を引っ張ろうとした伯爵に、彼にとっては邪魔者、私にとっては救いの女神が現われた。
今までの誕生日会の参加者に囲まれていたお祖母様が、いつの間にか、こちらに来ていたのだ。私達にモーパッサン伯爵が近づいてきたので歓談を中止して来てくださったようだ。
「ジョゼが同性の同年代の子を気に入るなど初めての事ですわ。これを機に仲良くなってくれるのなら祖母として嬉しいですわ。リリアーナ嬢の事はご心配なく。我が家で責任を持って預からせて頂きますから」
誰もが魅了され逆らえないような美しい笑顔でお祖母様に言われて、伯爵も「だが、しかし」悪足掻きで、もごもごと口の中でしか反論できなくなったようだ。
そんな伯爵に部下らしい男が近づく彼の耳元で何事が囁いた。途端、伯爵の顔色が変わり、「失礼します!」とお祖母様にそれだけ言うと部下と共に扉に向かって駆け出した。連れ帰ろうとした娘を完全に忘れているようだ。




