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あなたを破滅させます。お父様  作者: 青葉めいこ
第一部 ジョセフ
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44 私に何かを期待するな

 ボワデフル子爵邸から王宮に到着すると、私とアンディはそれぞれの部屋に別れた。ロザリーは私の世話をするために、そのままついてきたが。


 後宮の私室に戻ると、フランソワ王子に出迎えられた。


「……お帰り。ジョゼフィーヌ」


 フランソワ王子は、どことなく不機嫌そうな顔で応接間のソファに座っている。


「ごきげんよう。フランソワ王子。何の御用でしょうか?」


 ロザリーを従えたまま私は言った。


 王妃教育のため、しばらくフランソワ王子を私に接触させるなと王家の人々には言ってあった。


 それが終わったから誰もフランソワ王子が私に近づくのをとめなかったのだろうが、何の用なのだろう?


「……寝込んでいると聞いたけど、もう平気なのか?」


 お見舞いにきてくれたのだろうか?


 はっきりいって、彼のような小うるさいお子様に来られても迷惑なのだが。


「ええ。体調も元に戻ったし、明日、ブルノンヴィル辺境伯領に帰ります」


「……レオンの家に行ったそうだな」


 私が後宮に滞在中、私付きになってくれている侍女の一人にでも教えてもらったのだろう。フランソワ王子が確認してきた。


「ええ」


 隠す事でもないので頷くと、フランソワ王子は明らかに不満そうな顔になった。


「……どうして、ぼくのところには来ないんだ?」


「なぜ、あなたの所に行かなければいけないのですか?」


 私が逆に切り返すと、フランソワ王子は一瞬言葉に詰まったようだ。


「……ぼくは君の婚約者だ。具合が良くなったのなら、ぼくのところに来るべきだろう?」


「そんなものですか?」


 仲のいい婚約者なら、そうするのかもしれないが、生憎、私はフランソワ王子と仲良くする気はないし、いずれ破談する気満々だ。そんな気遣いをするつもりは毛頭ない。


「ぼくは君となかよくしたいのに! なのに、どうして、君まで、ぼくを無視するんだ!」


 私の素っ気ない態度が気に入らないのか、フランソワ王子は怒鳴り始めた。


「……大声を出さなくても聞こえる」


 私は思い切り顔をしかめた。


 ルイーズといいフランソワ王子といい、子供の甲高い怒鳴り声は頭に響いて不快だ。


「……だから、お子様は嫌いなのよ」


 私の冷たい眼差しに怯んだのか、フランソワ王子は黙り込んだ。


「先日も言ったけど、私は、あなたが嫌い。だから、婚約者になったとしても仲良くなる気は毛頭ない」


 このお子様に、どこまで理解できるか分からないが私は淡々と語り始めた。少しでも頭に入ってくれればいいと願いながら。


「婚約は王家の命令だからしたけど、いずれ破談するように持ち込んでみせる。だから――」


 私はフランソワ王子に近づくと彼の耳元で、はっきりと言った。


「私に何かを期待するな」





「……お嬢様、あのような言い方は、どうかと思います」


 ソファに座った私の前にあるテーブルにティーカップを置いたロザリーは、おずおずと言った。


「それでも、()()が私の彼に対する真実の想いよ。婚約者だからと私に甘えたり期待されるのは迷惑なのよ」


 私はカップを手に取ると、ゆっくりと紅茶を飲み始めた。


 ――私に何かを期待するな。


 そう言った後のフランソワ王子はすごかった。


 フランソワ王子は信じられないものをみるような目で私を見た後、号泣したのだ。


 それも、赤ん坊のように、「火の付いたように」泣き出したのだ。


 幼子とはいえ、彼は将来、王太子や国王になる王子だ。いくら幼くても甘えは許されない。どんな状況下だろうと毅然とした態度でいるのは彼の義務だのに。


(これは、ないだろう)と呆れて見ている私の前で、フランソワ王子のすさまじい泣き声を聞きつけた侍女達が彼を宥めながら部屋に送って行ってくれたのだ。


 フランソワ王子に言った事は後悔していない。


 後で王族の方々に怒られたとしても甘んじて受け入れる。


()()()を「フランソワ王子の婚約者に」と言ってきたのは、あなた達だ。どうなっても覚悟すべきだったのよ)


 聡明な彼らだ。「私」が転生者である事を抜きにしても、ただの女ではない事など薄々は気づいていたはずだ。


(どうなろうと、私の知った事ではないわ)


 心の中で責任放棄する私に、ロザリーが再びおずおずと声をかけてきた。


「……フランソワ王子は、本当にお嬢様をお好きだと思います」


 ロザリーが、なぜそう思うのかは疑問だが、反論するのも面倒なので私は黙って話の続きを聞く事にした。


「王家の命令なら婚約は解消できないでしょう?」


 私は「破談に持ち込んでみせる」と言ったが、ロザリーは無理だと考えているようだ。まあ普通は彼女のように考えるだろう。


 確実に破談するための道筋もいろいろと考えているけれど、それをわざわざロザリーに教える気はない。母親の彼女を巻き込みたくないからとかではなく侍女として優秀ではあるが、それ以外はごく普通の女性である彼女は、手駒として使うには役に立たないのが分かり切っているからだ。


「陛下も王太子殿下も愛する女性を大切にしています。フランソワ王子も今は幼いですが成長なされば、お嬢様を大切にしてくださいます。だから、嫌いだと突き放すのではなく、少しでもフランソワ王子に歩み寄ってはいかがですか?」


 ロザリーの発言は、私からすればあまりにも頓珍漢だ。


 それでも、彼女なりに(わたし)を思っての発言だと分かっているので冷ややかな視線を向けたくなるのを何とか(こら)えた。


「……フランソワ王子に『私』は荷が重いわ」


 私は、ほろ苦く微笑んだ。


「お嬢様?」


 一年も「私」と一緒にいて分からないのだろうか?


 たとえ、ロザリーの言うように、フランソワ王子が私を本気で好きでも、それだけでは駄目なのだ。


「私」という女は――。


 ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルに生まれ変わっても、私が「私」である限り本質は変わらない。































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