43 知らんぷりできない
「……ジョゼ」
階上からこっそり様子を見ていたのだろう。ルイーズがいなくなるとレオンは私の愛称を呼びながら階段を下りてきた。
「もう大丈夫よ。レオン」
私は安心させるように微笑んだ後、ボワデフル子爵家の使用人達を見回して頭を下げた。
「私の妹が不愉快な思いをさせて、ごめんなさい」
「私」が今生の妹と出会ったのは今日が初めてだが、今生の私同様、私も彼女を好きになれないのは確信した。前世の妹と同じ性格なのだ。あの手の女性は好きになれない。
それでも、彼女が今生の私の妹である以上、彼女が何かしたら姉である私が謝るべきだろう。
「お嬢様は何も悪くありませんよ」
言ったのはアンディだが、レオンとボワデフル子爵家の使用人達も頷いた。
「悪いのは、あの脳内お花畑な貴女の妹だよ」
「お嬢様が謝る事などないですよ」
レオンに続いて使用人達も言った。
「……ありがとう」
レオンの「仕事に戻って」という言葉で使用人達は、この場からいなくなった。
そのを見計らったのか、柱の陰に隠れていたらしいロザリーが現れた。
「……お嬢様」
アンディが父親に会いに王都のブルノンヴィル辺境伯邸に行ったため、ロザリーが私のお供でボワデフル子爵邸に来たのだ。
「……今頃出てきたのか」
アンディは冷ややかな視線をロザリーに向けた。
それだけでロザリーはびくりと震えた。
無理もない。アンディは外見こそ氷人形のごとき美少年だが中身は秘密結社のNo.2にまでなった男だ。冷たい一瞥だけでも相当迫力がある。強靭な精神力を持っていなければ、彼を前にして平静でいられる人はまずいないのだ。
「そんな事を言うものではないわ。アンディ。彼女の立場ならルイーズの前に出てこれないでしょう?」
私はアンディをたしなめた。
私とルイーズがやりあっている(?)時に、ロザリーが隠れていた理由は分からないでもない。
ルイーズは亡くなった正妻の娘で、ロザリーは世間的に見ればジョセフの愛人だ。正妻の娘に強く言えないのだ。肝の据わった愛人なら正妻や正妻の娘相手でも、ふてぶてしい態度をとれるだろうがロザリーでは無理だろう。
「……申し訳ありません。お嬢様。『貴女』なら大丈夫だと思って隠れていました」
正妻の娘に対していたのが「私」ではなく今生の人格だったら自分がどうなっても庇っていたという事だろう。
「まあ、確かにね。私なら大丈夫よ」
父親同様、異母妹も生物学上以外で肉親とは思っていないのだ。彼女と何があったとしても傷ついたりなどしない。
「……あのさ、ジョゼ」
「何? レオン」
おずおずと話しかけてきたレオンに私は向き直った。
「……あの人、あのアルマンって人、謝罪に来るって言ってたけど」
やはりレオンは階上から私達の話を聞いていたのだ。
「謝罪はいいよ。僕の家族は誰もいなくて被害はなかったんだから大事にする事もないでしょう? 使用人達には今日の事、お父様達に黙ってくれるように、お願いするから」
ルイーズの突撃で一番精神的苦痛を受けたのはレオンだ。自分だけの事だからレオンは「なかった事に」と言ってくれているのだ。
レオンは今生の自分の家族を愛している。被害を被ったのが自分ではなく家族なら、いくら今生の私の妹でも許さなかっただろう。
「……心遣いは、ありがたいのだけれど、レオン」
私は難しい顔になった。
「……いくら、あなたの頼みで使用人の人達が黙っていてくれても、人の口には戸が立てられないわ。それを抜きにしても、お祖母様は身内が仕出かした事をなかった事になどできない人だわ」
ボワデフル子爵家の令息であるレオンに迷惑をかけたルイーズは、ブルノンヴィル辺境伯家の令嬢、それも国王と寵姫の孫娘だ。こちらが知らんぷりしていても、ボワデフル子爵家の人々は悔しく思っても我慢してくれるかもしれない。
けれど、あの高潔なお祖母様が身内が仕出かした事を「知らんぷり」できる訳がない。いくらやらかしたのが疎ましく思っている孫娘であってもだ。
「……私の肉体が精神年齢通りなら、お祖母様自ら謝罪に向かわせたりなどしないのだけれどね」
私は溜息まじりに呟いた。
未成年が仕出かした事なら当事者は勿論、保護者も謝らなければならない。
あの脳内お花畑娘(ルイーズ)は自分が何をしでかしたか、何一つ分かっていないに決まっている。無理矢理、謝らせても意味はない。誠意のない謝罪ほど、むかつくものはないのだから。
お祖母様もルイーズの保護者ではあるけれど、一緒に暮らしている父親こそ彼女の一番の保護者だ。
ルイーズが何かやらかしたのなら、まず真っ先にジョセフが謝るべきなのだ。けれど、あのクズが身分が下の子爵家の人々に謝るはずもないし、常に上から目線な態度なので却って相手を怒らせるのは確実だ。
だから、お祖母様が謝罪に出向くしかないのだ。




