42 彼の今生の父親も氷人形(アイスドール)
「……やはり、こちらでしたか。お嬢様」
呆れた口調だが、耳に心地よいテノールの美声。
私が前世で聞き慣れたアンディ、いや《アイスドール》によく似た声だ。
均整のとれた長身、短い黒髪、アイスブルーの瞳、冷たく見えるほど整った美貌を銀縁眼鏡が際立たせている。
声だけではなく外見もアンディや前世の彼、《アイスドール》に酷似したその人は、ボワデフル子爵家の使用人が開けた扉から入って来た。
彼はアルマン・グランデ。ブルノンヴィル辺境伯家の家令であり、アンディの今生の父親だ。今年で三十四になる。
「アンディ」
アルマンの後ろからアンディもエントランスホールに足を踏み入れた。
最初は私のお供でボワデフル子爵邸に行くつもりだったアンディを私が「レオンの所なら危険はないし、せっかく王都に来たんだからアルマンに会いに行ったら?」と父親のいる王都のブルノンヴィル辺境伯邸に行かせたのだ。
ルイーズがボワデフル子爵邸にいるだろうとやって来た父親についてアンディも来たのだろう。
「ジョゼフィーヌ様、お久しぶりです」
もう一人の主家の娘である私に、アルマンは丁寧に頭を下げた。
アルマンは身近にいるルイーズを「お嬢様」、ブルノンヴィル辺境伯領で暮らしているため滅多に会わない私を「ジョゼフィーヌ様」と呼んでいる。
「ええ。元気そうね。アルマン」
一年前、「私」になってからアルマンに会った。
「ジョゼフィーヌ」とはあまりにも違う「私」に、アルマンは最初戸惑っていたが、私と同じ外見と精神の年齢が大きく隔たった転生者の息子で慣れているからか、すぐに家令らしく「ジョゼフィーヌ」に対するように「私」にも丁寧に接してくれた。
「我が家のお嬢様がご迷惑をおかけしました。後日、改めてお詫びに伺います」
アルマンはボワデフル子爵家の使用人達に向かって頭を下げた。
同じ使用人とはいえ格がある。家令と一介の使用人では雲泥の差だろう。しかも、主家は辺境伯家、子爵家よりは上だ。
その辺境伯家の家令が頭を下げたのだ。しかも、アルマンの外見はアンディに似て、いかにも孤高な氷人形。簡単に人に頭を下げるとは思えないものなのだ。ボワデフル子爵家の使用人達は、あきらかに戸惑った様子だった。
「帰りますよ。お嬢様」
アルマンの口調は、主家の令嬢に対するものとしては素っ気ないが彼の外見には似合っていた。
「いやよ! ルイーズはレオンさまにあいにきたんだから!」
子供特有の甲高い声で大声で喚かれて私やボワデフル子爵家の使用人達は露骨に顔をしかめたが、アルマンとアンディは一瞬だけ柳眉をひそめただけだった。
「失礼します。お嬢様」
そう一言断りを入れると、アルマンはルイーズの小さな体をひょいと肩に担ぎ上げた。
私自身、無理矢理ルイーズを連れ出そうと考えていたが、アルマンがしてくれるとは思わなかったので驚いた。
ボワデフル子爵家の使用人達の驚愕の表情は、私のように「家令の身で主家の令嬢に対して、ここまでするとは!?」というものではなく、アンディ同様、氷人形な外見からは想像できない彼の行動に対してのようだった。
「なにするのよ!? おろして! おとうさまにいいつけるわよ!」
扉を開けて外に出ようとしていたアルマンは冷たく言った。
「ご自由に」
アルマンはルイーズを肩に担いだまま振り返ると頭を下げた。
「お騒がせしました」
そのまま外に出て行くアルマンだが、アンディはこの場に残ったままだ。
「アルマンについて行かなくていいの?」
「ルイーズがいるのがボワデフル子爵家なら貴女に会えると思いました」
アンディは主家の人間であっても敬意を抱けない相手には呼び捨てだ。さすがに最低限の礼儀として本人が目の前にいれば敬語で敬称は付ける(尤も、それは慇懃無礼というやつになるだろうが)。
「貴女に会えたのなら、そのまま一緒にいると父には言ってありますから」
アンディは今生の父親よりも、主だと定めた私とお祖母様を優先するのだ。




