40 今生の妹も脳内お花畑らしい
せっかくボワデフル子爵家の侍女が紅茶やお菓子を用意してくれたというのに話に夢中になって、まだ手を付けていなかった。
私は、すっかり冷めてしまった紅茶を手に取った。ロザリーがいつも淹れてくれる紅茶ほどではないが、いい茶葉を使っているのだろう。初夏という事もあり、冷めていても充分おいしく飲めた。
今度はクッキーに手を伸ばした私は、ここでようやくレオンが何やら考え込んでいるのに気づいた。
「どうしたの? レオン」
手に持ったクッキーを食べ終え、次のクッキーに手を伸ばしつつ私は尋ねた。
「……これを貴女に言うべきか、迷ったんだが」
私の婚約、フランソワ王子の従者になる話、さらにまだ私に言いたい事があったらしい。でも、それを言うべきか迷っているようだ。
「……貴女は、ずっとブルノンヴィル辺境伯領にいたんだよな?」
レオンの話題の転換に戸惑いつつ、私は頷いた。
「ええ。『私』になる前からジョゼフィーヌは王都ではなくブルノンヴィル辺境伯領で暮らしているわ」
「……貴女は、ルイーズ・ブルノンヴィルに、今生の貴女の妹に会った事があるか?」
レオンが「貴女は」と強調した事で、この体で生きるはずだった今生の人格ではなく、今彼の目の前にいる「私」の事だと分かった。
「私」が今生の私の妹、ルイーズと会った事はあるのかと、レオンは訊いているのだ。
そんな事を訊いてくるという事は、レオンは今生の私の妹に会ったのだ。そして、浮かない顔で私にこう訊いてきたという事は、私に関する事で何かあったのだろう。
「妹には、ルイーズには、会った事はないわね」
私は、まずレオンの質問に答えた。
「……貴女の今生の妹に対して、こう言うのは何だけど」
レオンは非常に言いづらそうだったが、結局、言ってくれた。
「……あの子の頭の中、相当、お花畑だよ」
「……今生でも、私の妹は脳内お花畑なのね」
私は深々と溜息を吐いた。
ジョゼフィーヌの記憶では、ルイーズは二歳くらいで自分と違って父親に溺愛されている羨望の対象だ。その頃はまだ彼女は自我も芽生えてもいなかっただろう。だから、私は妹がどういう人間か、よく分からなかった。興味もなかったし。
「妹」というだけで前世の妹を思い出して胸が痛むというのに、更には性格まで、あの子と同じ脳内お花畑とは。
できれば、係わりたくないのだけれど、今生の肉親である以上、無理だろう。それに――。
「ルイーズが、あなたに何かしたのね?」
レオンがルイーズと何かあったのなら放っておけない。
前世で私が命と引き換えに助けた子だからなのか、今生の彼が私に好意を持ってくれているからか、前世とは関係なく今生を謳歌したいと思っていても彼を放っておけないのだ。
「……何かしたというか……あの子、その、僕を気に入ったみたいで……僕がどれだけ邪険にしても全く気にせず、僕にまとわりついてくるんだ」
その時の事を思い出したのか、レオンは、げんなりした顔になった。
「……それは災難ね」
何とも思っていない人間に、それも自分の都合のいいようにしか解釈できない脳内お花畑の人間に懐かれるのは、はっきり言って迷惑だろう。
今はまだ子供だからレオンがどれだけルイーズを邪険にしても周囲も大目にみてくれるだろうが、ある程度年長になれば、子爵家の人間でしかないレオンでは、私同様、国王と辺境伯の孫娘であるルイーズを無視できなくなる。
「……それだけじゃない。貴女の父親が」
言いかけてやめようとしたレオンだが、ここまで言ったのなら言うべきだと思ったのか、話を続けた。
「……一方的につきまとわれて迷惑しているのは僕だのに、『子爵家の人間風情が将来の女辺境伯の婿になれるなどと思いあがるな』なんて言いやが……言ってきたんだ」
レオンは「言いやがった」と言いかけたが「言ってきた」と言い直した。私に気を遣ったのだろう。今生の父親なら、どう言われようと私は全く気にしないのだけれど。
それにしても、ジョセフはどうやら将来の辺境伯になるのは、ジョゼフィーヌではなくルイーズだと思っているようだ。確かに、ラルボーシャン王国の慣習では、正妻の子が家を継ぐ。
けれど、レオンから聞いたルイーズの為人からして彼女に辺境伯は絶対に無理だ。いくらジョセフが疎んじている娘よりルイーズに継がせようと尽力しても誰も認めない。
それに、今はまだ公式には発表していないが、次代の辺境伯は、私、ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルだと確定している。「将来」ではなく「次代」だ。お祖母様、ジョセフィンの次にブルノンヴィル辺境伯になるのは、ジョゼフィーヌなのだ。私とフランソワ王子の婚約についての話し合いで、そう決まった。
お祖母様は、どうやらルイーズだけでなく息子にも自分の跡を継がせたくないようだ。無理もない。見かけこそ、お祖母様に似て完璧でも中身はクズだ。あんなのに、大切な家を継がせたくないお祖母様の気持ちはよく分かる。
それを公表すると、最悪、ジョセフが私の命を狙う危惧があったので、公表するのは私が成人してからになる。
「……ごめんね。嫌な思いをしたわね」
今生の私の父親と妹がした事だ。私はレオンに謝った。
「貴女が僕に謝る事は何もないよ。ただ、あんな奴らが家族なら貴女がこれから色々迷惑を被りそうで心配なんだ」
レオンは言葉通り、心配そうに私を見ていた。
「実際、貴女の父親、貴女がフランソワ王子の婚約者になった事の不満をあちこちで言い触らしているし」
そんなの別に迷惑とは思わないけれど。
「知っているわ」
私が王妃教育で忙しい間、ジョセフが王宮を訪れて、お祖父様や王太子に私とフランソワ王子の婚約をやめるように説得していたらしい。
無論、ジョセフは娘がフランソワ王子との婚約を嫌がっているから、そうしてくれたのではない。
疎んじているどころか今や憎しみの対象となっただろう娘が将来王妃という、この国の女性の頂点に立つ事が許せななくてそうしたのだ。
ジョセフの抗議で私とフランソワ王子の婚約が破談になったのなら、心から「お父様」に感謝したが彼は役に立たなかった。
いくら今生の私の父親で王族であっても王家の意向には逆らえず、結局ジョセフは、あちこちで不満を言い触らすしかできなくなったのだ。




