35 婚約はしたけれど
私、ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルとフランソワ・ラルボーシャンの婚約が決まった。
公表するのは、フランソワ王子の十八の誕生日会の時にしてもらった。
私は破談する気満々だ。だから、あまり大々的に知られたくないのだ。
それまでに何とか婚約を解消してみせる――。
話し合いが終わり、あてがわれた後宮の部屋に戻った私は、ロザリーに「フランソワ王子殿下がお待ちです」と言われて驚いた。
フランソワ王子が私を待ってまで話す事などあるのだろうか?
「久しぶりだ、ジョゼフィーヌ」
出会った時からは信じられないほど、にこやかな笑顔でフランソワ王子は私に声をかけてきた。
「ごきげんよう、フランソワ王子殿下。何の御用でしょうか?」
「お祖父様から聞いていると思うけど、ぼくとの結婚が決まった」
「婚約です」
私は訂正した。
「結婚するんだ。君となかよくしたい」
フランソワ王子は私の言葉をスルーした。
「結婚するとしても、あなたと仲良くなる気はありません」
歩みよろうとしてくれる婚約者に対して、ひどい言葉をぶつけているとは思う。けれど、婚約は承知したが結婚する気は毛頭ない。いずれ破談する気満々なのだ。下手に好意を持たれても困る。
「あなただって、私が嫌いでしょう?」
初対面の、私が足蹴にする前の態度は、お祖父様達の言っていたように「フランソワがジョゼフィーヌに惚れた」と、とれなくもない。
けれど、いくら一目惚れした女の子でも、足蹴にされ「クソガキ」呼ばわりまでしたのだ。淡い恋心など一瞬で吹き飛んだだろう。
「結婚するからって、無理に仲良くする必要はないですよ」
政略結婚だ。互いに嫌いでも責務さえ果たせばいいのだ。
「……ジョゼフィーヌは、ぼくがきらいか?」
「逆に訊きたい。私の態度のどこに、あなたへの好意を感じるんですか?」
意を決して尋ねただろうフランソワ王子に私は呆れた。初対面で足蹴にした上、「クソガキ」呼ばわりしたのだ。それで、どうして自分を好きだと思えるんだ?
「……じゃあ、兄上が好きなのか?」
「は?」
私は思わず間抜けな声を上げてしまった。それほどフランソワ王子の質問は思ってもいないものだったのだ。
「腹黒いお子様も、うるさいお子様も、どちらも嫌いです」
「……兄上が好きじゃないんだな」
どこかほっとしたように微笑むフランソワ王子に、私は嫌悪感も露な視線を向けた。
「むしろ大嫌いですね」
私が断言すると、フランソワ王子は微笑からはっきりと笑顔になった。おそらく彼の周囲にいるのは、ジュール王子に心酔する人間ばかりなのだ。ずっと兄と比べられ失望されていたフランソワ王子にとって兄を嫌う人間の出現は喜ばしいものなのだろう。
「勘違いしないでくださいね。だからって、あなたを好きな訳じゃない。むしろ嫌いです。婚約は王家の命令だから仕方なくしたんです。だから、こんな私と幸せな家庭を築けるとは思わないでくださいね」
国王と寵姫である辺境伯の孫娘とはいえ、一貴族の令嬢に過ぎない私がただ単に「嫌だから」という理由で婚約破棄はできない。穏便に婚約破棄するためには、フランソワ王子から言い出してもらうのが一番いいのだ。
だから、相手が王子だろうが幼子だろうが、あえてひどい言葉をぶつけてやる。私となど結婚したくないと思ってもらえるように。
「……ぼくは、君となかよくしたい」
フランソワ王子は、ぽつりと呟いた。
国王や王太子によって決められた婚約者だからか? ここまで私に言われても、そう言えるのは、いっそ感心する。
「お祖父様や王妃様方から聞いてませんか? 私は転生者で、精神は異世界で三十年生きた女なんです。あなたと気が合うとは思えない。それに、そもそも子供は大嫌いなんです。だから、あなたと仲良くする気は毛頭ない」
「……ぼくだって、いずれ大人になるよ」
フランソワ王子は拗ねたように言った。
「あなたが大人になっても、私好みの男性に成長するとは思えませんね。王太子妃や王妃になる事に何の魅力も感じない。むしろ、煩わしく思っています。だから、あなたと結婚などしくないんですよ」
「……ぼくは、君とけっこんしたい」
フランソワ王子は、ぼそりと言った。
「いずれ、ぼくは王になる。そのための勉強を毎日しているけど、覚える事が多くて大変だ。……ぼくは兄上のような天才じゃないから余計ね。
王太子妃や王妃になるきみも大変になると思う。なりたくない気持ちはよくわかる。それでも、ぼくは君となら王の責務も耐えられると思うんだ」
なぜ、そう思えるのか理解できない。
これだけ「あなたとの結婚は嫌だ」と言い続けているのに。




