34 婚約についての話し合い
夏の社交で王都パジを訪れた私とお祖母様は、早速、国王主催のお茶会に招待された。
場所は王宮の中庭。お茶会とはいっても小規模なもので集まっているのは、国王夫妻と王太子夫妻、私とお祖母様だけだ。
お祖母様への手紙に書いていた通り、私とフランソワ王子の婚約について話し合うためだろう。
けれど、もう一人の当事者であるフランソワ王子の姿がない。王侯貴族の結婚は、ほとんどが政略で本人のいないところが話が決まってしまう。幼い彼を大人の話し合いに参加させても無意味なのだ。
当事者である私が参加できたのは、私の精神年齢がフランソワ王子と違って大人だからだろう。
「手紙にも書いたが、私達はフランソワとジョゼの婚約を考えている」
いつもは私とお祖母様に対して柔らかな口調で話すお祖父様だが、ここでは国王として厳格な雰囲気をまとっていた。今、彼は、お祖母様の「夫」や私の祖父としてではなく国王として話しているのだ。
「理由をお聞かせください。なぜ、ジョゼなのですか?」
お祖母様が尋ねた。
これは、私の疑問でもある。なぜ、他国の王女や皇女や公女ではなく、自国の貴族令嬢なんだ? しかも、私はフランソワ王子に嫌われているのに。
「フランソワが人間として、国王として成長するのに、ジョゼフィーヌ嬢の存在が欠かせないと思ったからですよ、ジョセフィン妃」
答えたのは、王太子だ。ジョセフの二歳年上の異母兄(現在二十二歳)。お祖父様にそっくりな美丈夫だ。
「……意味が分かりません」
私には本当に王太子の言っている事が理解できなかった。
「あなたと出会ってから変わったわ。どれだけ努力してもジュールに敵わなくて、次第に勉学をさぼるようになっていたのだけれど、今はまた勉学に取り組むようになったし、周囲にも気遣いを見せるようになったの」
「妃殿下、それは私と出会ったからではなく、ただ単に、フランソワ王子が自分を改めようと思われたからじゃないですか?」
私は別にフランソワ王子に大した事は言っていない。むしろ、初対面で足蹴にして「クソガキ」呼ばわりしたのだ。私を嫌う事はあっても、私のためにいい方向に変わろうとは思わないはずだ。
「……母親として恥ずかしいのだけれど、表面上は、フランソワを叱咤激励しながら、天才であるジュールと比べて、この子ができないのは仕方ないと思い込んでいたわ。そんなわたくしの気持ちを感じ取っていたのでしょうね。あの子がわたくしの言葉を聞き入れないのは当然だわ」
確かに、フランソワ王子も、そんな事を言っていた。「母上は自分と兄上を比べて最初から失望しているのだ」と。
「でも、あなたは、ジュールや他の誰かと比べず、あの子を叱ってくれた。だから、あの子も、あなたの言う事だけは聞くのでしょう」
つまり、母親である王太子妃だけでなく周囲の人間までフランソワ王子を諫めるのに、できの良すぎる異母兄を引き合いに出しているのだ。
……これは、少し同情する。
常に他の誰かに、まして、自分よりもずっと優秀な人間に比べられて失望されるのは何ともつらいものがある。
「それだけではないさ。幼くてもフランソワも男。好きな女性に恥ずかしい姿は見せたくないから頑張れるんだろう」
……王太子がまた訳の分からない事を言っている。
「……初対面の時のフランソワ王子の様子から、そうではないかと思っていましたが、やはり、そうだったのですね。……できれば、わたくしの勘違いであってほしいと願っていましたわ」
お祖母様は溜息を吐いた。
「……お祖母様まで、何を仰っているの?」
お祖母様ではないが「できれば、私の勘違いであってほしい」と願ったが、王太子妃に打ち砕かれた。
「フランソワは、レオンの誕生日会で出会ったあなたに一目惚れしたのよ」
「……それ、あなた方の勘違いですよ。今の私のどこを見て一目惚れできるんですか?」
足蹴にして暴言吐いた事を抜きにしても、前世と違って一目惚れされるような容姿ではない。
「ジョゼは可愛いぞ」
祖父の欲目で言ってくれているのだろうお祖父様に、私は気が抜けた笑顔で「ありがとうございます」と、お礼を言った。
「自分では気づいていないのね」
王妃がぽつりと言った。
「何がですか?」
「あなたはジョセフィンと同じで、どうしても人の目を奪うの。その非凡な内面が雰囲気となって表れているからでしょうね」
「え?」
私は目を瞠った。前世で人目を惹いたのは、すぐれた容姿故だと思っていた。けれど、その内面によって容姿が平凡でも人の目を奪ってしまうのだろうか? 私の内面、人間性のどこが人の目を奪うのかは理解できないけれど。
「……フランソワ王子がジョゼを望んでいらっしゃるのなら、婚約破棄は無理そうですね」
再び、お祖母様が溜息を吐いた。王家の命令である以上、どんなに嫌でも断れない。だから、フランソワ王子が婚約破棄するように仕向けたかったのだろう。
「ジョセフィンは反対なんだな?」
「私もです。お祖父様」
お祖父様の確認に、私は不敬を承知で間髪を入れずに言った。
「君とフランソワの出会いはアンヌから聞いた。それで、君がフランソワを嫌うのは分かるが、どうか将来の夫として考えてもらえないだろうか?」
私にとって意外な事に、王太子は「王家の命令だから従え」と高圧的に言ってこなかった。だが、いくら下手に出られても無理な物は無理だ。
「……ご存知だと思いますが、私の中身は異世界で三十年生きた女です。これから先、いくら一緒にいても、フランソワ王子を『男性』として見る事はできません。まして、彼は私の好みじゃない」
フランソワ王子の実の両親や祖父母の前だが構わず言った。彼らに少しでもフランソワ王子に対する肉親の情があれば、彼を愛せない女を妻としてあてがうのをやめてくれるだろうと期待したのだ。
けれど、彼らは肉親の情よりも王族としての責務を優先するようだ。
「君がフランソワを嫌いでも構わない。フランソワは君を好きだし、何より、君ほど王太子妃や王妃に相応しい女性はいないと思う」
王太子とは去年知り合ったが大して交流はない。だのに、私のどこを見て、そう思うのか?
「殿下も仰られたけれど、フランソワが成長するのに、あなたの存在が欠かせないと思うの。フランソワを好きにならなくてもいい。王子妃や王太子妃、そして王妃としての責務を果たしてくれれば充分だわ」
王太子妃が妙にきらきらした瞳で私を見てくるが、そんな事を私に期待されても困る。迷惑だ!
「君達の祖父としては相愛で結婚してほしいが、国王として考えると今のジョゼほど将来の王妃に相応しい女性はいないからな」
「ジョゼ」ではなく「今のジョゼ」か。この体で生きるはずだった今生の人格ではなく何の因果か目覚めてしまった前世の人格の事だ。
お祖父様は祖父として、孫娘の人格が「ジョゼフィーヌ」でも「私」でも愛してくれている。それでも国王としては、将来の王妃に相応しいのは「ジョゼフィーヌ」ではなく「私」だと判断したのだ。
確かに、「ジョゼフィーヌ」では王太子妃や王妃は務まらないだろう。肉親の愛を得られぬ事に絶望して消えるような精神では到底無理なのだ。とても王妃の責務に耐えられるとは思えない。
お祖母様が今生の私を辺境伯にするために生ませたというのなら、その責務は果たそう。お祖母様の期待通りにいくかは分からないけれど。そこまでは私の知ったこっちゃない。
だからといって、王太子妃や王妃の責務まで負いたくはない。
王妃は黙っているが、彼女の顔を見れば皆と同意見なのが分かる。
私は、お祖母様に目配せした。
(今こそ、あれを出す時ですよ!)
お祖母様は私に向かって頷くと、重々しく告げた。
「……いくつか条件があります。それを認めてくださるのなら、ジョゼをフランソワ王子の婚約者として認めましょう」
お祖母様が認めようが認めまいが、王家が決めた以上、ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルはフランソワ王子の婚約者なのだが。
「条件とは何だ?」
それでも、お祖母様を誰よりも愛する国王は、彼女の言う「いくつかの条件」を呑んでくれるようだ。
お祖母様は美しい微笑みでお祖父様を見惚れさせると、こうなる事を予想して私と何日も話し合って決めた条件を書いた紙をスカートのポケットから取り出し、王家の人々に見せた。




