33 婚約の打診
私は四歳になった。
いい加減この体にも慣れ、違和感はもう感じなかった。
いつかのように、お祖母様に「東屋でお茶を飲みましょう」と誘われた時、何となく嫌な予感がした。
お祖母様は、ジョゼフィーヌが「私」となってから、いろんな所に連れ回すようになった。貴族の付き合いであるお茶会やブルノンヴィル辺境伯としての仕事先などだ。自分の後継者として、今まで自分が培ってきた人脈を私がそのまま受け継げるようにしてくれているのだろう。
「私」となる以前のジョゼフィーヌは、おとなしく人見知りする子だった。三歳児にしては賢くても、この性格のまま成長してはブルノンヴィル辺境伯など、とてもやっていけないだろう。
まして、このラルボーシャン王国では、本来、家を継ぐのは正妻との子供なのだ。
だから、王太子の長子で幼くても聡明で王としての資質充分なジュール王子でも国王にはなれない。現在の王太子の後、国王になるのは、王太子と王太子妃との間に産まれた唯一の息子であるフランソワ王子、ジュール王子の異母弟なのだ。
王家でさえそうなのだから、ブルノンヴィル辺境伯家もジョセフの後、継ぐのは彼と正妻の娘、ジョゼフィーヌの異母妹であるルイーズのはずだった。
けれど、それを嫌がったお祖母様は、自分に対する国王の寵愛をいい事に約束させた。
曰く「ジョゼがルイーズよりブルノンヴィル辺境伯に相応しい事を示します。だから、家を継ぐのは、この子だと認めてください」。
まあ、大嫌いな異父姉の血も引く孫に家を継がせたくなくて、当時息子に想いを寄せていたメイドに息子の子を産ませた女性だ。何としてもルイーズにこの家を継がせたくなかったのだろう。
「……陛下からのお手紙にね、信じられない事が書かれていたわ」
お祖母様は、その美しいお顔に不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「何ですか?」
「あなたをフランソワ王子の妃にしたいそうよ」
「はい?」
危うく飲みかけていた紅茶を吹き出すところだった。慌てて受け皿にカップを置くとお祖母様に向き直った。
「……質の悪い冗談ですよね?」
冗談でも笑えないが。
「……陛下は本気よ。王妃様と王太子殿下と妃殿下もね」
「……でも、私、フランソワ王子に嫌われていますよ。私だって、あんなクソガキが伴侶だなんて絶対嫌です」
この体に生まれ変わったと気づいた直後は、嫌になれば逃げればいいと軽く考えていた私だが、一年も辺境伯の孫娘、しかも後継者として扱われれば考えも変わってくる。
だからといって、人生を謳歌してやるという決意は変わらない。
幸い、私は一人じゃない。アンディがいてくれる。彼が傍にいてくれれば、きっと辺境伯の責務もつらくない。
逃げようと考えなくなったのは、それだけじゃないのだけれど。
「将来国王になる王子様なら、どこかの国の王女様と結婚するものでしょう? なぜ、辺境伯の孫娘なんですか?」
実際、現在の国王であるお祖父様も、王太子も、他国の王女や皇女を正妻にしているのだ。
王侯貴族である以上、政略結婚は当たり前だ。互いの好悪など関係ない。
貴族令嬢に転生したのだ。私もいつか政略結婚するのだと覚悟はしていた。
今生は恋愛など絶対にしたくないので、政略結婚は構わない。それでも、なぜ、私とフランソワ王子なんだ? 訳が分からない。
「あ、妃とはいっても、貴女と同じで妾妃ですか?」
今現在、肉体は幼女の私に対して、正式な妻(王子妃)ではなく「妾妃(愛人)になれ」と命じるのはどうかと思うけど。
「いいえ。フランソワ王子の正式な妻としての打診よ。将来は王太子妃、そして、王妃になれるわ」
「……いや、なりたくないし」
思わず本音が出てしまった。フランソワ王子自身にも王太子妃と王妃の地位にも何の魅力も感じない。
「わたくしだって絶対に嫌よ。あなたが王太子妃や王妃になってしまったら辺境伯になるのはルイーズだもの。そんなの、絶対に嫌だわ」
お祖母様は、私のためではなく自分のために嫌だと言っているのだ。
「……今度の社交のシーズンに、あなたを連れてくるように命じられたわ。フランソワ王子との婚約について正式に話し合うためにね」
「……こちらから断る事はできないのですよね?」
王家の命令は絶対だ。お祖母様が寵姫といえど無理だろう。
「……無理ね。だから、せめて、こちらが有利になるように、いくつか条件をつけるわ。それを今から一緒に考えましょう」
「……条件ですか? 認めてくれるでしょうか?」
「陛下のわたくしとあなたに対する寵愛を期待しましょう」
お祖父様は国王として決して愚鈍ではないが寵姫と孫娘に甘いところがある。
「今生は肉親の愛など要らない」などと言い放ったくせに、こういう時だけ利用するのは申し訳ないが、今生の私の人生が懸かっている。利用できるものは、何でも利用させてもらおう。




