32 フランソワ王子の突撃
朝食を食べ終わり少し経った頃、お祖母様は招待されたお茶会に出かけ、私はアンディと「街に出かけようか?」と話していたら突撃された。
クソガキ……もといフランソワ王子に。
「おい! お前!」
初対面から「お前」呼ばわりされている。私自身は別に気にしないが、従妹で国王と辺境伯の孫娘の名前すら憶えられないのかと周囲は呆れるだろう。
あてがわれた後宮の私室、その応接間でアンディと話していた私は、お供も連れずに一人で突撃しにきたフランソワ王子に醒めた目を向けた。
「ごきげんよう。王子殿下。何か御用ですか?」
私はソファに座ったままフランソワ王子に言った。前触れもなく来たのだ。立ち上がって出迎えてやる気はない。
アンディも座ったまま私とフランソワ王子のやり取りを見守る姿勢だ。彼は自分が定めた主以外に敬意を払ったりはしない。さすがに公式の場ではわきまえるが、今は私達三人しかいないから問題ないと判断したのだろう。
その私とアンディの態度が気に障ったのか、フランソワ王子は私とアンディを睨みつけた。私もアンディも前世で何度も修羅場を潜ったのだ。クソガキの睨みなど怖くも何ともない。
「……ぼくに言う事があるだろう?」
「ありません」
私は、きっぱりと言った。フランソワ王子が何を言いたいのか私には理解できなかった。
「ぼくを蹴って、『クソガキ』と言った事、謝るべきだろう!」
フランソワ王子は顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
「はあ!?」
私は目を丸くして素っ頓狂な声を上げてしまった。
「……人前であそこまでした私が、あなたに謝りに来ると本気で思ったんですか?」
昨日は私が謝りに来るだろうと待っていたのだろうか?
そして、来なかったから今日、乗り込んできた?
彼は外見と精神の年齢に大きな隔たりがある転生者ではない。見かけ通り精神も幼いのだろう。そうだとしても、王子という立場上、あまりにも考えが足りなくないか?
……これでは、王太子妃も息子を見限りたくなる。
「私は、あなたを蹴った事も『クソガキ』呼ばわりした事も何一つ後悔していませんよ。だから、謝ったりはしない。分かったのならお帰りを。王子様」
「……ぼくは、王子だ」
フランソワ王子は、ぽつりと呟いた。
王子だから、お前が自分に従うのは当然で、蹴って暴言を吐いた私が悪くて謝るのが当然だと言いたのか?
「ええ。だから、それに見合う行動をすべきでしょう。王子である事を笠に着て言う事を聞かせようとするのではなく」
フランソワ王子は驚いた顔で私を見つめた。
「私もあなたも、たまたま国王の孫に生まれた。その出自による恩恵があるからこそ義務と責任も背負わなければならないのですよ」
「……母上も同じような事をおっしゃっていた」
あの王太子妃なら、それくらい言うだろう。
「……でも、母上だって、内心ぼくと兄上を比べて、できの悪いぼくに失望しているんだ」
フランソワ王子の顔は泣きそうだった。
確かに、ジュール王子は四歳児とは思えないほど賢い。その彼とごく普通の子供である我が子を比べて失望するのは母親としてどうかとは思う。
そもそも誰かと比べる事自体間違っている。人間は一人一人違うのだ。できるようになるまで個人差があるだろう。
ふと前世の事を思い出した。
前世の私の母は、大嫌いな自分の母親に似た妹を嫌っていた。
母は妹と私をいつも比べ、あからさまに私を贔屓していた。幸か不幸か、私は出来のいい子供で妹は賢くなかったのだ。
目の前で両親が殺されるのを私と共に見て以来、正気を失った妹、香純。
香純は当時八歳だったが賢くない上、自分の都合のいいように解釈するお花畑な思考の持ち主だった。幼くても、ああいうタイプは、まず女性に嫌われる。母が自分の母親との事がなくても愛せなかっただろう。私と前世の父は妹を嫌う以前に関心すら抱けなかったが。
前世の私達家族と、この王家を重ねるのは間違っているだろう。秘密結社に所属していた家族と異世界の王家だ。
それでも、母親に比べられる兄弟という構図だけで、どうしても重なってしまう。
さらに重なる事に、ジュール王子も弟に関心がないのだ。前世の私が妹に関心がなかったように。
「話が終わったのならお帰りを。王子様」
前世の私の家族とフランソワ王子の家族が重なろうと、今生の私には関係ないし興味もない。
小うるさいガキの愚痴など聞くつもりなど毛頭なかった。
フランソワ王子は悔しそうな泣きそうな顔で私を睨みつけると、来た時と同じ勢いで部屋から出て行った。




