31 彼に惚れた今生の母親
レオンの誕生日会から帰ってきて、寝る支度をしていた時だった。
私は、いつもとは違う様子のロザリーに気づいた。
ロザリーは「私」と人格が入れ替わる前からジョゼフィーヌに対して、あくまでも侍女として接している。
お祖母様のいうように、彼女は侍女としては優秀だ。
痒い所に手が届くというのか、私が言い出す前に、お茶会に呼ばれた日、自宅で過ごす日など、その日に相応しい衣類や小物を用意していたり、部屋も塵一つなくきれいで、寝具もいつも清潔に整えている。
だのに、この日は、就寝前の私の髪を梳きながら、どこかぼーっとしている。ジョゼフィーヌの記憶にも、ロザリーがこんな様をさらした事などなかった。
この体の生物学上の母親だけど、私にとっては(今生の私もだったが)侍女でしかない。
だから、はっきりいってロザリーの事はどうでもいいが、彼女がいつまでもこの調子では、私の生活にも支障が出てしまう。娘の傍にいられるようにというお祖母様の配慮か、ジョゼフィーヌの世話を主にする侍女は彼女だからだ。
「アンディから聞いたけど、あなた、ウジェーヌに会ったのよね」
その際には信じられない話も聞いてしまった。
ロザリーは「ウジェーヌ」の名を聞くと頬を赤らめた。アンディの危惧は当たったようだ。
アンディもロザリーも私とお祖母様がレオンの誕生日会に参加中、控室でおとなしく待ってなどいなかった。
ロザリーは、魂は同じでも、おとなしいジョゼフィーヌとは違う人格を持つ「私」が何をやらすか心配でならなかったようだ。実際、彼女の危惧通り、王子様を足蹴にし「クソガキ」呼ばわりしてしまった。
アンディは主である私とお祖母様に何かあった時、すぐ対処できるように人ごみにまぎれていた。前世と同じ人目を惹く容姿の彼だが、いざとなれば周囲に埋没する気配くらい作れるのだ。
その最中、ウジェーヌと遭遇した。
ウジェーヌは、フランソワ王子を足蹴にした事で会場中の注目を集めた私を一目みて気づいたらしい。「《ローズ》だ」と。
前世の自分を殺した女の生まれ変わりだと――。
ウジェーヌは前世の恨みを言う気は毛頭なく、ただせっかく今生で会えたのだからと純粋に挨拶するために、レオンと二人きりで話そうと会場から離れた私を追ってきたのだ。
アンディは温室の前で語ったように、今生では人生を謳歌したい私を慮って前世を思い出させるウジェーヌと会わせたくなかった。だから、ウジェーヌをとめようとしてアンディも温室までやってきたのだ。
二人の只事ではない様に子気づいてロザリーも追ってきたのだが、アンディに冷たく追い払われた。
けれど――。
「彼に、ウジェーヌに、惚れた?」
「えっ!?」
ロザリーは非常に驚いた顔になった。いくら私の精神が三十女だと分かっていても、外見は三歳児だ。こんな事を訊かれるとは思わず、かなり衝撃を受けたらしい。
「ウジェーヌを見る目が、かなり熱のこもった、明らかに恋した女のものだったとアンディが言っていたから」
アンディは基本的に他人に興味がないくせに人の心の機微に聡い。でなければ、秘密結社のNo.2や辺境伯家の(実質)家令などできやしない。
「ジョセフの次はウジェーヌとはね。あなたって男を見る眼がないね」
私はロザリーを馬鹿にして言っているのではない。真実そう思ったから言ったのだ。
言ったのが我が子とはいえ、むっとしてもおかしくはない科白だ。けれど、ロザリーは怒るよりも自分の聞きたい事を優先したようだ。
「……『貴女』は、あの方の、ウジェーヌ・アルヴィエ様の前世と係わりがあると聞きました」
「アンディから聞いてないのね」
まあ、聞いていれば、いくら「私」が彼女の娘と同じ魂を持っていても、態度が変わっていたはずだ。
「『私』が前世の彼を殺したの」
「……今、何と?」
ロザリーには受け入れがたい事だろう。聞き返された。
「前世の私が前世のウジェーヌを殺したの」
私は、はっきりと言ってやった。
「……どうして」
ロザリーがようやく言えたのは、この言葉だった。
「どうして、ね。彼の死が必要だったからとしか言えないわ」
《アネシドラ》の総帥だった《マッドサイエンティスト》、前世のウジェーヌ。
前世の彼はお飾りのトップで、実質的に《アネシドラ》を運営していたのは《アイスドール》、前世のアンディであっても、《アネシドラ》が壊滅したと世間に知らしめるためには、トップだった彼の死が必要だった。
「……そんな」
ロザリーは、これ以上は何も言えなくなったらしい。
「そんな事で彼を殺したのか!?」あるいは「そんな事で人の命を奪っていいと思っているのか!?」と言いたいのだろうか?
「私にとっても彼にとっても前世の事よ。あなたにも誰にも非難される筋合いはないわ」
黙り込むロザリーに、私は淡々と告げた。
「前世の私は数多くの人間を殺した。そして、それを悔いてもいない。あなたが惚れたウジェーヌだって同じだわ」
直接手を下さなくても《アネシドラ》のトップとして部下にやらせていた。それだけでなく、彼は自らの研究の実験動物としてマウスではなく人間を使っていたのだ。ある意味、ただ殺していた私よりも質が悪い。
「ウジェーヌのどこに惚れたかは知らないけど」
どんな極悪非道な相手でも恋に堕ちる時は堕ちてしまう。……私がそうだった。
「あなたの恋は実らない。彼には唯一無二の大切な女性がいる」
彼の想いは、ただ単に「恋」ではないだろう。生まれ変わっても、外見が変わっても、前世の記憶がなくても、「彼女」だと見抜けるほどの強く深い想いだ。
誰も彼にとっての「彼女」の代わりにはなれない。
「……私は、あの方の恋人になりたい訳ではありません」
ロザリーは声量は大きくないが意外なほど強い口調で言った。
「……ただ、あの方を想っていたい。それだけなのです」
「……あなたが誰を想おうと勝手だけどね。私の邪魔だけはしないでね」
ウジェーヌも今生の自分の人生を謳歌したいと言った。
前世と違って今生で敵対する事はないだろう。
それでも、もし万が一、彼と再び敵対し、ロザリーが娘よりも惚れた男の味方をするというのなら――。
この体を産んだ母親だろうと容赦はしない。
全力で叩き潰すだけだ。




