30 やらかした責任
レオンと共に誕生日会の会場である庭に戻ると、ジュール王子が近づいてきた。
私は内心(げっ!)と思ったが顔には出さないように気をつけた。
腹の探り合いは苦手だが、前世では秘密結社の実行部隊の一人として卒なくこなしてきた。今生は貴族令嬢として生まれ変わった以上、前世以上にしなければならなくなる。私は気を引き締めた。
「やあ、ジョゼフィーヌ嬢。初めまして、レオン・ボワデフル」
「……ごきげんよう。ジュール王子殿下」
「初めまして、ジュール王子殿下。先程は失礼いたしました」
頭を下げようとするレオンを意外な事にジュール王子は止めた。
「愚弟がどう扱われようと、わたし自身はどうでもいいし、何より、妃殿下が許されたんだ。君が頭を下げる必要はないよ」
父親を同じくした弟だろうと、ジュール王子にとってフランソワ王子はどうでもいい存在のようだ。
「にしても、本当にジョゼフィーヌ嬢は、おもしろい人だね」
にっこり笑いかけるジュール王子。同じ年頃の幼女なら、ぽーっと見惚れるだろうが生憎、私の好みは壮年の美形。まして、幼い今でも腹黒さを感じる彼に素直に見惚れる事などできやしない。
「……私のあなたへの無礼な態度を、お祖父様や王妃様に言わなかったのですね」
てっきり、お祖父様や王妃様、そして、お祖母様から叱られると覚悟していたのに――。
「あれくらいで告げ口したりはしないよ。わたしに会った人達って両極端なんだ。君のように、わたしを蛇蝎のごとく嫌うか、命を捧げるほど心酔するかなんだ」
分かるような気がする。その美しさや聡明さ、幼い今でも感じる底知れなさ。それらに心酔する人間もいるだろうが、私のように見るのも嫌という人間もいるだろう。
一人の人間として生きるには大変そうだが、国を支える王族としては、彼のその資質は何よりも重要なものになるだろう。
「……何にしろ、ありがとうございました」
叱られずに済んだのだからと、私は一応お礼を言った。
「お礼を言われる事じゃない」
ジュール王子はそう言うと、なぜか困ったような顔になった。
「ジョゼフィーヌ嬢って、わたしも嫌いだけどフランソワも嫌いになったみたいだね」
「初対面の時にも言いましたが、私は子供が嫌いです。特に、腹黒いお子様やうるさいお子様は」
言外に「あんたら兄弟みたいな子供は大嫌いだ」と告げると、ジュール王子は苦笑した。とても四歳児とは思えない大人びた微笑だ。
「でも、レオンは例外みたいだね。レオンと彼の家族を庇うために、フランソワを足蹴にして暴言を吐いたんだろう?」
「フランソワ王子の言動にむかついただけですよ」
レオンのためだけではない。
「あなたの仰る通り、確かに、レオンは例外になると思います」
前世で彼を庇って死んだ上、互いに前世の記憶を持ったまま異世界に転生し出会ったのだ。私にとってもレオンは「特別」になるだろう。
だからといって、彼のために何かしようとは思わない。前世では無意識に体が動いて彼を庇ったにすぎないのだ。
今生は自分のためだけに生きたい――。
「フランソワも前途多難だ。まあ、あいつの自業自得だけど」
ジュール王子が何やら一人で納得しているが、私は彼自身にも彼の今の発言にも興味がないので冷たく言った。
「話は終わりましたか? では、私はこれで」
貴族令嬢らしくスカートをつまみ上げて一礼しようとしたら、こちらに歩いて来る二人の女性に気づいた。お祖母様とレティシア妃だ。
「……全く無茶をするわね、ジョゼ」
お祖母様は呆れた視線を私に向けた。
「ジョゼフィーヌ嬢は悪くありません。僕と僕の家族を庇ってくれたのです」
レオンは私が叱られると思って言ってくれたようだ。
「分かっているわ」
お祖母様は頷いた。
「たまたま妃殿下があのような方だったから、あなた達はお咎めもなしで済んだけれど、いつもこうとは限らない。貴族に生まれた以上、やらかした責任は個人だけでなく家にもいくの。それを心に留めて行動しなさい」
「「……申し訳ありません」」
私とレオンはお祖母様に向かって頭を下げた。
王子を足蹴にし「クソガキ」呼ばわりした事は全く後悔していない。けれど、自分のやらかした事で自分だけでなく家にまで責任を追及されるのは、さすがに看過できない。
いくら今生は自分のためだけに生きたいと思っていても、誰かを犠牲にするつもりは毛頭ないのだ。
「とはいっても、わたくしも偉そうな事は言えないのよね」
何を思いだしたのか、お祖母様は、くすりと笑った。いつも峻厳な彼女には珍しく柔らかな表情だった。
「初夜……結婚当初、陛下を足蹴にしてしまったから」
肉体は幼い私とレオン(彼は肉体と精神の年齢を合わせても幼児だけど)とジュール王子がいるからか、お祖母様は「初夜」ではなく「結婚当初」と言い直した。
「……初夜に、お祖父様を足蹴にしたんですか?」
感情の赴くままに行動するのが大半な女性だが、お祖母様は辺境伯らしく感情よりも理性で行動する人だ。
結婚当初なら彼女は十六で今よりは理性的ではなかったとしても、「夫」で国王である人を足蹴にするなど彼女らしからぬ行動だと驚いた。
「だってね、ジョゼ。新婚なんだから、政務は優秀な部下に任せて、わたくしといちゃいちゃしたいなどと、ふざけた事を抜かす……仰るんですもの。反射的にベッドから蹴りだしてしまったわ」
気品に満ちたお祖母様が乱暴な言葉を遣った事はスルーするとして、その時のお祖父様の気持ちは分からないでもない。愛する女性が妾妃になったのだ。お祖父様でなくても大半の男性は、しばらくは「いちゃいちゃしたい」だろう。
けれど、お祖母様は――。
「わたくしが嫁いだのは、アルフォンス・ラルボーシャンという一人の男性ではなく、アルフォンス国王陛下なのよ。あの方が国王で、わたくしを望まなければ、妾妃などという不安定な立場になどならなかったわ」
「妾妃」などという御大層な称号を与えられようと要は愛人だ。国王の愛人だから他と一線を画すために「妾妃」という称号が与えられたのだ。
国王の愛が醒めようと、王妃ならば国家が認めた正式な国王の妻だ。臣民全てから敬意を払われる存在だ。
けれど、国王の寵愛がなくなった妾妃には何の力もない。妾妃が後宮内で我が物顔で振る舞えるのは、実家の権力よりも「国王の寵愛」があってこそなのだ。
「だから、一時でも国王である事を疎かにする事は許さない」
お祖母様が妾妃になったのは彼女の望みではない。国王が望み、王妃が説得した結果だ。
お祖母様の気持ちも分からないでもないが……愛する女性から「あなたが国王だから妾妃になった。あなたを一人の男性としては見ていない」と言われるのは、何ともつらくないだろうか?
「陛下を足蹴にしてしまったんですもの。いくら妾妃でも許してはもらえないと思ったから、反射的に後宮から逃げ出してしまったのだけれど、追って来た陛下は笑って許してくださったわ。ちゃんとさぼらず政務もすると約束してくださった。だから、わたくしは、今も妾妃でいるのよ」
お祖父様が一時でも国王の政務を疎かにしたら、お祖母様は今度こそ捕まらないように逃亡するという事だろうか?
だから、お祖母様を逃がさないために、お祖父様は良き国王でいるしかないと?
まあ、それで国が安泰なら何よりだ。
それに、何だかんだいっても、愛する女性を妾妃にしたお祖父様は幸せそうだ。




