27 私が殺した男
話が終わったので、私とレオンが温室から出ようとしたら話し声が聞こえてきた。温室の外、扉の近くで話しているようだ。
話し声は二つ。どちらも綺麗なボーイソプラノで、その一つは――。
「アンディ?」
私は急いで温室の外に出た。
すると、やはり話していた一人はアンディだった。もう一人は見知らぬ少年だ。
アンディとロザリーは、私とお祖母様についてボワデフル子爵家に来たのだが、まさかアンディだけ、こんな所でうろついていたとは思わなかった。お供に来た使用人は控室で待っているものなのだ。
「何しているのよ? アンディ」
声だけが聞こえてきた時は、ただ会話しているようだったが、アンディの表情が何とも険しいのだ。氷人形に相応しく常に冷静沈着な彼がこんな顔をするとは只事ではない。
「何でもありません、お嬢様。レオン様と一緒に会場にお戻りください」
明らかに私を遠ざけたがっているアンディに私は眉をひそめた。
アンディにこんな顔をさせたのは、この見知らぬ少年だろう。
私は、じっと少年を見つめた。
少年は、おもしろそうに私を見返している。
年齢はアンディと同じくらいか。中背痩躯。端正な顔立ち。貴族に多い金髪碧眼。身形もいいので、レオンの誕生日会に来た貴族令息だろう。
「……あなた、転生者?」
その少年の瞳や表情からアンディと同じものを感じるのだ。十代前半の少年ではありえない、人生の辛苦を味わった者だけが持つ老獪さ。
少年は、にやりと笑った。その笑みも、やはり少年には見えないものだ。
『さすがは、《ローズ》だ』
日本語、しかも、私を《ローズ》と呼んだ。
「……《アネシドラ》の関係者ね」
アンディが私を遠ざけようとした理由が分かった。
前世で私は幹部達を殺して《アネシドラ》を壊滅させた。
その記憶を持ったまま転生し、前世で自分を殺した「私」と出会ったのなら――。
「……私を殺したい?」
私の発言に驚いたのだろう。レオンは、ぎょっとした顔で私を見た。
「私が『殺したい』と言えば、その命をくれるのか?」
少年は今度はラルボーシャン語で話した。彼にとっても今生の体に馴染んだ言語で話しやすいのか、ただ単に周囲に合わせているのかもしれない。
「いいえ」
私は、きっぱりと言った。
「せっかく生まれ変わったのだから、今度こそ人生を謳歌したいわ」
レオンのほうが余程その権利がある。
けれど、私だって前世の記憶を保持したまま生まれ変わったのだ。
ジョゼフィーヌとしての今生の人生を終えた後、二度と転生できず煉獄に堕とされても構わない。
今度こそ人生を謳歌したい――。
「前世で数多くの人間を手に掛けたくせに、人生を謳歌したい、ね」
皮肉に嗤う彼に対して私は目を眇めた。
「あなたに言われたくないわね。あなただって《アネシドラ》の幹部だったのなら、私と同じでしょう?」
たとえ、実際に手を汚す事はしなかったとしても、部下にやらせていたのなら同罪だ。
「まあ、そうだな」
彼は、あっさり認めると意外な事を言いだした。
「安心しろ。君を殺す気はない」
目を瞠る私に、彼は苦笑した。
「信じられないか?」
「……ええ。前世の記憶を持っているのなら、自分を殺した『私』が憎いでしょう?」
「『今の私』は、君に殺された武東吉彦、《マッドサイエンティスト》じゃない」
「《マッドサイエンティスト》!? あなたが!?」
《マッドサイエンティスト》(Mad Scientist)、英語で狂科学者という意味だ。
《エンプレス》と共に《アネシドラ》を創立した彼女の双子のコードネームだった。
《エンプレス》生存中は彼女が総帥で《マッドサイエンティスト》がNo.2だった。《エンプレス》が亡くなった後、彼が《アネシドラ》の総帥になったのだ。
けれど、そのコードネーム通り、自らの研究にしか興味がなく《アネシドラ》の運営は実質、No.2となった《アイスドール》、前世のアンディがしていた。
私が彼を手に掛けた時、彼は九十代のご老人だった。それでも若い頃は、さぞや美形だっただろうというのがうかがい知れる端正な容姿をしていた。
生まれ変わったのだ。アンディはともかく、私とレオンは前世とはまるで違う姿になった。前世とは似ても似つかぬ姿になったとしても驚く事ではない。
「今の私は、ウジェーヌ・アルヴィエ。アルヴィエ子爵の次男だ」
「……アルヴィエ子爵家って、お祖母様の母親の実家の?」
確認する私に答えたのは、《マッドサイエンティスト》、いや、ウジェーヌ・アルヴィエだった。
「ああ。今生の私の父親アルヴィエ子爵は……《エンプレス》、前世の私の双子の姉の祥子、今生の君の祖母ジョセフィン妃の従兄だ。私は今生の君の父親のはとこになる。今生でも君とは親戚だな」
奇しくも《エンプレス》の名前も「祥子」なのだ。
「……知っているのね。お祖母様が《エンプレス》だと。アンディに教えてもらったの?」
ウジェーヌは長い睫毛を伏せた。
「……教えられなくても分かる。どれだけ姿が変わっても、彼女に前世の記憶がなくても、『彼女』なら私には分かる」
すごい自信だ。けれど、それだけの想いを彼は《エンプレス》に、前世の双子の片割れに抱いているのだ。
「君に殺された時、私は九十三だった。いつ死んでも悔いはなかった。まして、祥子の曾孫で祥子に似た君の手に掛かって死ぬのは悪くなかった。だから、前世の記憶はあっても、君に恨みはない」
確かに、前世で私が彼を殺そうとした時、彼は全く抵抗しなかった。
「……それを信じろと?」
言ったのはレオンだ。幼児とは思えない鋭い眼光をウジェーヌに向けている。
「今の彼女は、国王と寵姫でもある辺境伯の孫娘だ。彼女を殺せば私の身が危うい」
わざわざ、そんな危険を冒したりはしないとウジェーヌは言いたいのだろう。
「前世の事で恨んでいるのなら危ない橋を渡っただろうが、生憎、恨んでないし、せっかく生まれ変わったんだ。ウジェーヌ・アルヴィエとしての人生を謳歌したいよ」
嘘を言っているようには見えなかった。




