23 黙れ、クソガキ
ジュール王子と対面した五日後、私は、お祖母様と共に王都パジにあるボワデフル子爵家の館にやってきた。レオンの三歳の誕生日会に招待されたのだ。
あの出会い(異世界転生したので再会ではなく出会いという事にする)以降、レオンからの接触はなかったから、お茶会などの貴族の催し以外で個人的に会う事はなくなったのかと思っていた。
それならそれでよかった。
いくら前世の記憶があっても、転生して別人になったのだ。
互いに前世の事など気にせず今生の人生を生きればいいのだ。
だのに、ボワデフル子爵からの手紙で、「レオンがジョゼフィーヌ嬢と個人的に話したい事があるそうなので、ぜひジョセフィン妃とご一緒にレオンの誕生日会にお越しください」とあったのだ。
手紙をもらって、レオンは私に接触してこなかったのではなくできなかったのだと分かった。レオンも私も肉体は幼子。保護者の許可なく誰かに会いに行ったりはできない。まして、いろんな柵がある貴族。身分差があればあるほど会うだけでも面倒な手順を踏まなければならないのだ。
レオンが会いたいのは私だけだろうが、国王の寵姫でブルノンヴィル辺境伯でもあるお祖母様を無視できないからボワデフル子爵は「ジョセフィン妃とご一緒に」と書いてきたのだろう。
私とお祖母様がボワデフル子爵家に到着した時には、もうすでに多くの貴族が集まっていた。誕生日会の主役のレオンと同年代の子供ばかりか、その親達もいる。幼子の誕生日会であっても、貴族である以上、社交の場になるのだ。
誕生日会の会場となった庭でボワデフル子爵家の人々に挨拶したりされたりしていると周囲がざわめいた。目立つ一団がこちらに近づいて来るのに気づいた。二人の美女と二人の幼児だ。幼児の一人はジュール王子だった。
一人は王妃の二十歳頃を思わせる美女。その容姿で初対面(ジョゼフィーヌの記憶にもない)だが一目で分かった。王妃の姪でフィリップ王太子の従妹でもあるアンヌ王太子妃だ。
もう一人は、ジュール王子によく似た二十歳前後の美女。小柄で華奢な王妃や王太子妃と違って、女性にしては背が高く、すらりとした肢体。髪はジュール王子と同じ眩いばかりの金髪だが瞳は彼とは違い空色だ。これまた一目で分かった。レティシア妃だ。ジュール王子の生母でフィリップ王太子の妾妃、そして、お祖母様の姪でジョセフの従姉だ。
最後は、この体と同じ年頃の男の子。お祖父様と同じ色の髪と瞳、顔立ちもよく似ているので、この子がフランソワ王子だと分かった。フィリップ王太子とアンヌ王太子妃の息子、ジュール王子の異母弟、今生の私のもう一人の従兄だ。
フランソワ王子は、なぜか食い入るように私を見つめている。
前世では、しょっちゅう注がれていた視線だ。前世の私、相原祥子は、自分で言うのも何だが幼女の頃から整った容姿だった。初対面の人間には必ずといっていいほど凝視された。
けれど、なぜ、平凡な容姿になった今生の私に、この眼差しを向けられているのかは理解でできなった。
彼らも先程の私とお祖母様同様、まず誕生日会の主催者であるボワデフル子爵家の人々に挨拶したりされたりしていた。
彼らの会話によると、レオンの母親マチルダが王太子妃とレティシア妃の友人なので彼女の息子の誕生日をお祝いしたくて来たようだ。こういう言い方は何だが、なぜ子爵の孫息子の誕生日会に王家の人々が来たのか不思議だったのだが納得した。
ボワデフル子爵家の人々との会話が終わると、王太子妃とレティシア妃は、お祖母様に向き直った。
「ごきげんよう。ジョセフィン妃。お久しぶりです」
王太子妃が、にこやかに、お祖母様に声をかけた。
「ごきげんよう。妃殿下。レティシア妃」
お祖母様も、にこやかに挨拶を返した。息子であるジョセフに会う時は憂鬱そうで、一応「夫」であるお祖父様と会う時は素っ気ないのに、王妃や王太子妃、レティシア妃という王家の女性達に対しては、そんな事は全くなく心から会えた事を喜んでいるのが分かる。……ジョセフとお祖父様が落ち込みそうだ。
「お義母様には、もうお会いしたのですよね。わたくし達も公務がなければ、もっと早くに、あなたにお会いしたかったですわ」
王太子妃が残念そうに言う。
「こうしてお会いできましたわ。そうそう、この子がジョゼ、ジョゼフィーヌです」
お祖母様が私の両肩に手を置くと、そっと王太子妃とレティシア妃の前に押し出した。
「まあ、あなたが」
「転生者だと聞いたわ」
王太子妃とレティシア妃が興味津々という様子で私の顔を覗き込んできた。二人とも「私」の事をお祖母様やお祖父様から知らされているのだろう。
二人が美女だからか、その眼差しに悪意がないせいか、そうされても不愉快ではなかった。
「初めまして。ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルです。王太子妃殿下、レティシア妃、フランソワ王子殿下」
私はスカートをつまみ上げて一礼した。三歳児にしては見事な一礼だと思う。
「まあまあ、立派な挨拶ね。フランソワにも見習わせたいわ」
王太子妃は私を褒めながら息子には呆れたような眼差しを向けている。
それを見て、私は(おやっ?)と思った。
確かに、王族である以上、幼い事を言い訳に失敗は許されないだろう。挨拶も勉強も全てにおいて完璧を求められるのは想像に難くない。
それでも、実の母親が人前で我が子に対して他の誰かと比べたり呆れた眼差しを向けるものだろうか?
当のフランソワ王子は王太子妃のそんな言動を全く気にしていない。未だに、なぜか私だけを一心に見つめている。
「おい! おまえ!」
突然、フランソワ王子が、つかつかと私に近づいてきた。
相手が王子でなくても「お前」呼ばわりされた事に腹は立たない。私にとって二人称も名前も他と区別するものにすぎないからだ。
けれど、次のフランソワ王子の行動は許容できなかった。
「話がある! ちょっと来い!」
フランソワ王子は、そう言うと断りもなく私の腕を摑んで歩き出そうとした。
私が腕を振りほどこうとする前に、歩み寄って来たレオンがフランソワ王子を突き飛ばした。
(……これはやばくないか?)
私と同じ危惧を抱いたのだろう。ボワデフル子爵家の人々の顔色も悪くなっていた。
さらに、レオンはしでかしてくれた。
「おねえさ……ジョゼフィーヌと話す約束を先にしたのは僕だ。お前は引っ込んでろ」
確かに、レオンの祖父、ボワデフル子爵から「レオンがジョゼフィーヌ嬢と話したい事がある」という手紙を貰ったから、レオンの誕生日会に来た。
それでも、レオンが今喧嘩を売った相手は、王子様だ。
レオン自身は勿論、今生の自分の家族にも迷惑がかかるとは思わないのだろうか?
レオンも前世の記憶を持つ転生者のはずだ。私を日本語で「おねえさん」と言ったのだから、まず間違いないだろう。
前世で私が助けた時は四、五歳くらいの女の子だった。あれから天寿を全うしていないのだろうか? フランソワ王子に対する言動から天寿を全うした人間、長く生きた人間だと感じられないのだ。
「行こう。おね……ジョゼフィーヌ」
私を促して歩き出そうとするレオンだが、明らかに怒っているフランソワ王子が割って入った。
「なんだ!? おまえ! ぼくを誰だと思っているんだ!?」
「フランソワ王子だろう?」
「だから、何だ?」と言いたげなレオンに、フランソワ王子の怒りは増したようだ。
「子爵家の子供ふぜいが王子のぼくにさからうな! おまえこそ、ひっこんでろ!」
私はドレス姿だったが構わずフランソワ王子の背中に思い切り蹴りを入れた。フランソワ王子は見事に顔から地面にダイブした。少しすっきりした。
「――黙れ、クソガキ」
私は決して大きな声を出してはいなかったが、この一言で、この場が静まり返った。




