22 王子様と対面したけど……さっさと帰りたい
翌日さっそくジュール王子と会う事になった。
昨日、王妃様と一緒に「私」と会わなかったのは、「私」と二人きりで会いたいからだという。
ジュール王子の現在の住まいは後宮だ。十歳になったら王子宮に移り住むらしい。後宮は王の女性達、王妃や妾妃のための住居、王子とはいえ王以外の男性をいつまでも傍に置く訳にはいかないのだ。
ジュール王子の私室の居間で会う事になったのだが――。
ジュール王子は、幼いながら整った容姿の王子様だ。輝くばかりの金髪。白磁の肌。王族特有の紫眼。
今生の私なら、ぽーっと見惚れただろうが生憎、私の精神は三十女で壮年の美形が好みだ。幼児相手に見惚れたりはしない。
何より、目の前の外見だけは美しく幼い王子様に、何か底知れないものを感じるのだ。
……さっさと帰りたい。
「初めまして。ジョゼフィーヌ嬢。ジュール・ラルボーシャンだ」
にこやかに自己紹介してくるジュール王子だが、その目は全く笑ってない。はっきりと私を観察している。……これが四歳のお子様のする事か?
「初めまして。王子様。ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルです」
ジュール王子が私を観察しているように、私もジュール王子を観察している。
ジュール王子は、アンディや私のように肉体と精神の年齢に大きな隔たりがある転生者ではない。肉体が若くても老成な精神は目や表情に現われるものなのだ。
ただの大人びたお子様のようだ。ただし、底知れぬ何かを感じて近づきたくないなと思う。
「ジョゼフィーヌ嬢は転生者だと聞いた」
「ええそうです。訊きたいことがあるなら、どうぞ。全ての質問にできるだけ答えますから、さっさと帰らせてくださいな」
私はアンディと違って腹の探り合いは苦手だ。今生では貴族の家に生まれた以上これでは駄目だろうが、現在の肉体は幼女で今は公式の場ではなく王子様と個人的に話しているのだ。多少の事は多めに見てほしい。
今まで誰からも、こんなざっくばらんな言い方をされた事がないからだろう。ジュール王子は少しだけ驚いた顔になった。そういう顔をすると、やはり子供だなと思える。
「……嫌々、わたしに会いに来たようだな」
「はっきり言ってそうです。王妃様に言われたから来ただけです。私は子供が嫌いなんです。それに――」
私はジュール王子と目を合わせて、はっきりと言ってやった。
「こうしてお会いして確信しました。子供だという事を抜きにしても、あなたは私の嫌いなタイプの人間だと。だから、もう二度とお会いしたくないですね」
まあ、彼が王子で私が貴族の令嬢である限り、どこかで顔を合わせてしまうだろうが。それは我慢するしかない。
「君は面白い人だな! ジョゼフィーヌ嬢!」
ここまで言われれば、さすがに怒るかと思ったのだが、ジュール王子は声を上げて笑った。
「転生者には何人か会ってきたが、皆、王子の前だと萎縮して思ったほど彼らの前世の世界の話を聞けなかったんだ」
(あなたが王子だからではなく、底知れなぬ何かを秘めたあなたという人間に萎縮しているのでは?)
そう思ったが、わざわざそんな事を指摘してやる気はない。そういう事は、親しい人間がするものだ。私は、この王子様と親しくなる気は毛頭ないので。
「唯一、まともに話が出来たのが、あなたの家の執事アンドリュー・グランデだったな」
アンディは実質ブルノンヴィル辺境伯家の家令だが、世間的に知られている我が家の家令は、今生の彼の父親アルマンでアンディは執事だ。執事としても若すぎると思うけれど、幸いこの世界は肉体と精神の年齢に大きな隔たりがある転生者が多いので皆、不思議に思わないようだ。
「前世の私とアンディが生きていた世界は同じです。彼から話を聞いたのなら別に私が話す必要はありませんね」
ジュール王子にとっても祖父である国王の妾妃(お祖母様)に仕えているアンディが転生者だと知り、今の私のように対面の運びとなったのだろう。ジュール王子が望まなければ、辺境伯家の執事に過ぎないアンディと親密な話など出来るはずがないのだから。
まあ、とにかく、これでこの得体の知れない王子様と話す必要はなくなった。
私は内心でアンディに深く感謝しつつ、座っていたソファから立ち上がるとスカートをつまみ上げ一礼した。三歳児にしては見事な一礼だと思う。
「それでは、失礼します。王子様。公式の場以外で会わない事を願っていますわ」
言外に「もう個人的に呼び出すな」と釘を刺すと、何かを言われる前に、さっさと居間から出て行った。
不敬だろうが知った事か!
長時間気に食わないガキ……いや、ジュール王子と二人きりで過ごすくらいなら、後で、お祖母様や王妃様に叱られたほうが余程マシだ。




