2 お祖母様も転生者らしい
先程の「今の私」に似たメイド服の女性が新たに二人連れてきた。
「今の私」は髪と瞳の色はともかくメイド服の女性同様、顔立ちは日本人っぽい。けれど、新たに現れた二人は、どう見ても欧米人みたいだ。話す言葉もメイド服の女性同様フランス語だ。彼らの外見には合っているが。
それより何より、私が驚いたのは二人の服装だった。メイド服の女性同様、ヴィクトリア朝時代の人間のような、何とも時代がかったものだったのだ。
私は異世界転生ではなくタイムスリップしたのだろうか?
精神だけ、この女の子の中に入ったという事だろうか?
あれこれ考えている私をよそに三人は会話している。その内容は、昨日、「今の私」の三歳の誕生日会の最中、突然「今の私」が倒れて丸一日、意識不明になったというものだった。
しかも、昨日は四月三十日、前世でも私の誕生日で命日になった日だ――。
新たに現れたうちの一人、壮年の男性は医師だった。彼の診察では体に異常はないらしい。前世(だろう、たぶん)の人格が目覚めてしまったが。さすがにそこまでは医師も気づいていないようだ。
私を診察した医師が出て行った後、部屋にいるのは、私とメイド服の「今の私」に酷似した女性、そして、三十代半ばほどの絶世の美女だった。
この絶世の美女、顔だけでなく体もすばらしく中背で華奢ながら出るべき所は出ている女性美の極致だった。髪と瞳は「今の私」と同じ色だ。
「ロザリー、この子と二人きりで話したいの。出て行ってくれる?」
顔や体だけでなく声まで美しい。口調は柔らかいが明らかに命令している。
ロザリーと呼ばれたメイド服の女性は、一礼すると部屋から出て行った。
絶世の美女は、じっと私を注視した後、呟いた。
「……やはり、違うわね」
彼女は納得したように、今度は、はっきりと言った。
「今までのあなたとは違う」
私は内心ぎくりとしたが、さらに追い打ちをかけられた。
「――あなた、転生者ね」
最初は誤魔化そうかと思った。けれど、私は「今の私」が何者なのかすら分からない状態なのだ。これからの事態を対処するためにも、この絶世の美女からできるだけ情報を引き出したほうがいいだろうと判断した。
「……あなたも転生者なんですか?」
会話を成立させるため私は久しぶりにフランス語を遣った。
前世で特殊な教育を受けた私は、世界中どこでも暮らしていけるくらい様々な言語を習得している。フランス語も、そのうちのひとつだ。
久しぶりに遣ったフランス語だが幸い通じたらしい。
「たぶん」
私の幼女らしからぬ言葉遣いに彼女は全く驚かなかった。私の外見と中身の年齢が違う事に気づいているのだ。
「たぶん?」
私を転生者だと見抜いたのだ。彼女も十中八九、転生者だろうに、なぜ、断言しないのか?
「わたくしもあなたと同じ三歳の誕生日会で意識不明になり翌日目覚めたら、この世界にはない知識が次々と浮かんできたの。あるのは知識だけ。前世のわたくしが、どういう人間かは全く憶えていないわ」
前世の記憶ではなく知識だけを抱えたまま転生したという事だろうか?
異世界転生ものだと大抵、前世の記憶と知識、両方を持って転生するものだけれど彼女は違うらしい。
「教えてください。『今の私』は誰で、あなたとの関係は?」
「『今の自分』の事を忘れたの?」
彼女は少しだけ驚いた様子だ。
「はい。この体で経験した事は、何ひとつ憶えていません」
これまた異世界転生ものによると、大半は前世の記憶がよみがえっても、ちゃんと今生の記憶も保持しているのに、私は、すっぱりと今生の記憶が欠落している。
「あなたはジョゼフィーヌ・ブルノンヴィル」
『……ジョゼフィーヌ。ナポレオンの奥さんの名前ね』
私は思わず日本語で呟いていた。ただの独り言、しかも、日本語での呟きだ。反応されるとは思いもしなかったのだが――。
『ナポレオンを知っているという事は、わたくしが元いた世界からの転生者のようね』
彼女の美しい唇からこぼれるのは、それは見事な日本語だった。
目を瞠る私に構わず、彼女はフランス語で話を続けた。
「わたくしはジョセフィン・ブルノンヴィル。このラルボーシャン王国のアルフォンス国王陛下の妾妃でブルノンヴィル辺境伯、そして――」
やはり、ここは異世界だったのだと納得した私に、彼女は衝撃の事実も告げてくれた。
「――あなたの祖母よ」
「祖母~~!?」
「今の私」の姿を鏡で見た時と同じくらい驚いた。
確かに、髪と瞳は同じ色だ。けれど、顔は全く似ていない。
それに何より、三歳児の祖母にしては若い。いや、この世界では結婚が早いのだろうと思い直す。
「……では、あなたを『お祖母様』とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」
「ええ。あなたがそれ以外の呼び方をしたら、皆、変に思うわ」
今までのジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルは、当たり前だが祖母である彼女を「お祖母様」と呼んでいたのだ。
「……では、そう呼ばせていただきます」
精神年齢的にはさして変わらず、しかも若々しく美しい彼女を「お祖母様」と呼ぶのは気が引けるけれど。
「見たところ、あなたの精神は、ずいぶん大人のようね」
お祖母様の言葉に私は頷いた。
「ええ。私は三十です」
「ずいぶんと若くに亡くなったのね」
この世界でも三十で亡くなるのは早死にらしい。
「……三十になった誕生日に子供を庇ってトラックにひかれて気がついたら、この子になっていました」
三十になった誕生日、これから本当の自分の人生を歩むのだと決めた日に、私は死んだ――。
けれど、何の運命の悪戯か、前世の記憶を持ったまま、異世界の辺境伯令嬢に生まれ変わったのだ。
今度こそ人生を謳歌してやる!